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怪談



 夜の住宅街でも怖いのに、田んぼがあるような広い人気の無い所、そしてお寺はなかなか怖かった。生ぬるい風が、さらに雰囲気を出している。明りの少ない闇って、根源的な恐怖を感じる。

 だが、フジさんのお寺からは暖かい光がこぼれていた。みつもフジさんも、玉葉くんもいるから、心強いというのはあるかもしれない。


「邪魔するよ。フジ、連れてきたぞ」


 枝野さんが、光のついているお堂の方の扉を開け、入っていった。私達もそれぞれ、お邪魔します、こんばんわー、と言いながら続いて入る。


「やあ、今夜は呼び出してしまって悪かったね。ゆっくりして行ってくれ」


 お堂の中には、作務衣のフジさんが待っていた。広いお堂は畳張りで、その中央には豪華な仏様が奉られている。そしてその横に、長いポールで吊るされた、昔の掛け軸が飾られていた。床の間などに飾られるような、縦長の和紙に描かれている絵は、女の幽霊。黒髪をだらりと垂らし、白い着物を着て足が無い。テンプレートな昔の幽霊だ。

 私がその絵を見ていることに気づいて、フジさんが朗らかに言った。


「今日は、この掛け軸の前で怪談をしようかと思ってね。なかなか風流だろう」


 そうだろうか。私には趣味悪いとしか思えないが。


「そうだ、フジさん。これが玉葉、良いでしょ」

「ああ、そのこが。悪い感じはしないね。もちろん、良いよ」


 みつが、また玉葉くんを無造作に抱き上げ、フジさんに聞いた。フジさんは玉葉くんを一瞬じっと見ると、すぐに笑顔で頷いてくれた。よかった。


「さて、それじゃあ、その辺に適当に座ってくれ」


 フジさんのその言葉を合図に、それぞれその掛け軸の前に用意されていた座布団に座り始めた。掛け軸を頂点とした円のような位置だ。……あれ?何故か、私が掛け軸の目の間になった。いつの間に。

 私から向かって右にフジさん、掛け軸、柿森さん。そしてフジさんの横にみつ、その横に私と玉葉くん、私の左に枝野さん。みつ、柿森さん避けたわね。


「それでは、皆も座ったようだし、そろそろ納涼怪談を始めようか。今宵、俺が話すのは、世にも奇妙な掛け軸の話」


 フジさんが、皆が座ってくつろいだ様子を見て、話し始めた。横に置いてある麦茶を一口啜る。


「話は、江戸時代まで遡る。ある、無名の絵師がいた。彼は絵師になったは良いが、その日食う物にも困るほど貧乏で、困窮していた。彼の書く美人画は、美しいが、生気が無いと言われて買い手がつかなかったんだ」


 流石お坊さん。お話が上手だ。自然と話しに引き込まれていく。


「彼が、いよいよこの命もこれまでかと諦めかけた時、彼の目の前に、女性が現れた。それはそれは美しい女性で、しかし、この世のモノではなかった。

 彼はついにお迎えが来たのかと、覚悟を決めた。だが、あまりにもその女の幽霊が美しく、そして恨めしそうであったのが、彼の心を揺さぶった。


 死ぬ前に、どうしてもこの女の姿をこの世に残しておきたい。


 その妄念か執念か。絵師は死の床から這い上がり、なけなしの墨と紙で、その女の幽霊の姿を描き始めた。


 その絵は、次の日に絵師の家を訪れた知人によって見つけ出された。生気の無い、といわれた彼の画風が妙に女の幽霊と一致し、しかも内にこもる恨みつらみを見事に表現しており、鬼気迫る迫力にあふれていた。

 それを見た人々は手のひらを返したように、彼をもてはやした。が、彼は既にこの世には居なかった。

 知人はせめてもと、その幽霊画を高値で売り、彼の墓を作ってやった」


 怖い話と身構えていたが、何だ、良い話じゃないか。

 これで終りかと拍子抜けしていたところ、フッと、明りの数が少なくなった。気のせいか? 何だか、ちょっと寒くなってきた気がする…?


「彼の絵を高値で買ったのは、ある商家だった。彼は、江戸の頃流行っていた百物語という怪談話の時にその掛け軸を披露する事を思いついた。

 そして、数人が集まり百の怪談を話し終えたその時」


 フジさんが掛け軸を見、そのまま流し目で私達の方を見た。


「女の幽霊が、現れた」


 フッと、明りが消えた。


「ひっ」


 な、何?! 何!! 思わず私の横で丸まっていた玉葉くんを抱えあげ、抱きしめた。ぐぇっと音がしたので少し力を緩める。何、なんでみんなそんな冷静なの!


「女の幽霊は、それから度々彼の前に姿を現すようになった。夜中、彼の枕元で、何も言わずただ、恨めしそうに悲しそうに立っているだけ」


 そして、何でフジさんはそのまま何事もなく怪談を続けるの! もう暗いのを良い事に涙目だよ!


「彼は困り果て、幾人もの僧や修験者、巫女などあらゆる人を呼び寄せ祈祷させたが、女の幽霊は消える気配がない。やつれ疲れた彼は、ついに絵を手放すことを決意する。あの百物語をした日、この絵を飾っていたのがいけなかったに違いない、と」


「みつ、みつ」


 小声で、みつを呼ぶ。暗闇に少し目が慣れてきて、横にいるはずのみつが見えた。


「なぁに? 大丈夫だよ、かおちゃん」


 みつも小声で返す。……みつがそう言うのなら、大丈夫よね。本当に、大丈夫なのよね?


「その後、商家の手から離れた掛け軸は、人々の手を転々とした。

 そして、その行く先々で、女の幽霊は出た。枕元に立ち、恨めしそうな悲しそうな顔で、突っ立っているだけ。

 その幽霊見たさに掛け軸を欲しがる輩も出てきた。

 掛け軸は人々の手を渡りながら、姿を現していた。だが、誰も、その幽霊を払う事はできなかった。どうも、絵と関係があるようだが、高値を払った絵を傷つけるのは忍びない」


 フジさんの声が、どんどん低くなってきている気がする。聞く者を怖がらせる声音だ。


「……そして、今日。みなみなさまの目の前にあるこの掛け軸こそが、そう、何を隠そうくだんの女の幽霊が出る掛け軸なのです!」


 フジさんの口上を合図のように、暗さが一段と深まった。そして、ひんやりと流れる冷気。

 間違いない、気のせいじゃない!

 何か、いる。

 目の前に、そう、ああ、白くぼんやり浮かびあがる女の幽霊の姿が!


「みつ」

「はいっ」


 それは、一瞬だった。

 フジさんの声が聞こえ、みつが応じる声があったかと思った瞬間、鈍く一筋光るものがった。

 そして次の瞬間、女の幽霊は音も無く消え、ドサリと何かが落ちる音がした。 

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