第6話 幼馴染み
碧伊がこの町に来たのは、まだ小さい頃だった。
母の再婚で、この城下町の屋敷に住むことになった。
碧伊の一家は、近くの家族とも顔見知りになり、交流を持つようになって、
その家の息子が和史だった。
碧伊とは、年齢が同じだったこともあり、すぐに仲良くなった。
二人の家の周りは、昔からの屋敷町で、どの家にも庭を囲むように土塀があり、その中に、もみじや椿などの樹々が植えられていて、池がある。
二人は、それぞれの家を行ったり来たりして遊んだ。
厚みのある土壁に、窓のように嵌め込まれている格子、庭の一隅にある蔵。
そうした景色の中で、池の鯉に一緒に餌をやり、並んだ庭石の上をぴょんぴょん跳んだり、近くの公園に行ったりした。
碧伊が和史の家に行くと、
「いらっしゃい、碧伊ちゃん。何て可愛い綺麗な子!」
と、和史の姉や母親が、歓待してくれる。
妹の翠が付いて歩けるようになった頃には、一緒になって小さな子供達同志で遊んだ。
碧伊と和史は、小学校にも一緒に行き来するようになった。
5月生まれで、もともと背の高い碧伊に比べ、和史は翌年の3月生まれで、まだ背が低かったせいもあり、同級生なのに小学校頃まで、碧伊にとってはずっと弟のような気がしていた。
後年、碧伊より背が高くなっても、和史には、未だ少年の名残りがあった。
彼の、弟のようだったり、友人のようだったりする、その涼しげで変わらない眼差しは、碧伊にとって爽やかな風のように、いつも気持ちを楽にしてくれるものだった。
図書館の横の、赤みがかった土壁が続く道を、2人はよく一緒に帰った。
この道を、色々な話をしながら歩いた。
大抵は、借りた本だったり、読んだ本のことを話したりする。
家で嫌なことがあっても、和史に会うと、
「碧伊、宿題もうやった?」
と、いつもの涼しい笑顔がある。
和史は最近、碧伊と同じ背丈になった。彼は、碧伊のように複雑な家庭ではなく、円満な家庭で、曇りなく明るく生きている。
それが羨ましかった。
「和史君、図書館で一緒に宿題しようよ」
と言った。
「うん、いいよ」
煉瓦造りの図書館は大きな紅葉の樹々の緑がずっと夏中日影を作り、高い天井では大きな扇風機がいくつもぐるぐる回り、風が抜けて涼しかった。
宿題が済むと、彼らは近くの門前町の駄菓子屋で、アイスキャンディーやかき氷を買って食べるのが楽しみだった。
義兄が帰省して、閉館時間まで居た時も、和史は何も聞かず付き合ってくれた。
「碧伊、家に帰らないの?」
夏休みに入って、午後ずっと図書館にいる碧伊に、和史が言った。
「うん、もう少し居るつもり」
碧伊は言った。
「夏休みなのに?」
また夏休みになったので、兄は2週間位帰省している。
碧伊は、剣道や様々な課外活動、女子学生の奉仕活動すべてに参加して、なるべく兄との接点を少なくしていた。
今日はそうした用事もなかったので、友達と一緒に宿題をすると言って出かけてきていた。
「今、兄さんが帰って来ているからね」
碧伊が、兄を避けているのは、和史も知っている。
昔から、碧伊の兄は、下の子供たちが遊んでいても無視していたし、冷淡な様子だった。
碧伊は、和史にも、それ以上の理由までは言えなかった。
家族の恥になるし、自分も恥ずかしいことだと思っていた。
でも、自分の家に帰りたくないというのは、辛かった。
和史は、家に帰りたがらない碧伊を見つめた。
「じゃあ、新しい本が入ってたから、閉館ギリギリまで読もうよ」
その後、家までついて来てくれる。
いつもそこにある、幼馴染の笑顔に救われていた。
夕食頃からは、父も帰り、家族全員揃っているので、兄と2人きりになることはなかったので、ほっとするのだった。
その後、妹の翠も、どんどん育ってきて、大人びた発言力を持つようになり、同時に碧伊を慕ってくれて、碧伊は、自分ひとりで気を使わなくても済むようになった。
妹の翠は、
「碧伊ちゃん」
と呼んで、碧伊と一緒に行動するのが好きだった。
翠にとって、碧伊は美しい自慢の姉だった。
和史とともに、碧伊の心強い味方だった。
二人が歩くのは、もみじの枝が陰を作り、いつもは、しいんと静かな道。
しかし、今日は、夏祭りが近づいているので、この時間になると、太鼓の練習の音が聞こえてくる。
その日も、太鼓の音が聞こえていた。
夏祭りが近い。
「碧伊、祭りどうするの?」
和史が、何気なく聞いた。
碧伊は…… 夏祭りに行かないかと、青年達に何人もそれとなく、誘われていた。しかし、
「前から友達と約束してたかもしれないから、はっきりわからないの。ごめんなさい」
そう言って、この頃はやんわり断っている。
一度会うと、一度では済まなくなる。相手によっては、何も約束していないのに、逆に恨まれたりする。
妹の翠を誘っても良いし、別に誰とも行かなくてもいい。だから、
「まだ、決めてないの」
そう答えると、
「じゃあ、一緒に行く?」
と、和史が言った。
「うん、行く」
すぐに答える。
和史は、にっこり笑う。
「じゃあ、決まり」
皆、夏まつりに行く先約は和史だったと、思うだろう。
子供の頃から、家族ぐるみで、和史とはよく神社のお祭りに来ていたものだ。
周囲もそれに慣れている。
碧伊と和史をいとこだと思ったり、少なくとも遠縁にあたる親族や、家つながりの幼馴染みと思っているようだ。
碧伊は先日、母と翠と買物に行ったときに買った、白い夏のワンピースを着ることにした。それは店のウィンドウに飾ってあった。
和史は、碧伊が誰と親しくしても、何も変わらない。
爽やかな風や暖かい陽射しがあるように、幼馴染みはそこに居てくれた。
碧伊が何か困ったときは、その存在や笑顔や、言葉で助けてくれる。
幼馴染のそばで、碧伊は心が軽くなり、笑顔になれた。




