第37話「決着」
告げられた言葉にゴクリと生唾を飲み込み、仲間同士で出方を探り合うように視線を交わされる黒服さん達。
その間にも会場の外から、屋敷の敷地内へと入って来た軍勢の足音が、徐々に徐々に近づいて来ています。
もはや遮る者もいないのか、争い合う音も、悲鳴も、鉄の打ち合う音も、鬨の声も聞こえず。
ただ粛々と近づいてくる足音だけが、パーティー会場の外から近づいて来るのです。
それは黒服さん達にとって、真綿で首を絞められるような気分を味合わせる物である事でしょう。
音が近づくたびに、緊張から額に脂汗が浮かび。
音が近づくたびに、呼吸をするのが苦しくなり。
音が近づくたびに、決断を迫られる。
クロムウェル様の言われた通り、黒服さん達は既に詰んでしまっています。
ここにいる護衛の方々40人だけで、500人の兵と相対するなど不可能と言っていいでしょう。
更に剣を持てば国内でも最高峰の実力を誇る王子様までいるのです。
内に外に難敵を抱えている現状、どうあっても勝てる訳がありません。
なのに、ここまで降伏を渋る理由は何か。
恐らくはその矜持が故でしょう。
ここにいる方々はサイアス様によって特別に目をかけられ、護衛として取り立てられた方々なはずです。
自らの剣の腕前には並々ならぬ自信をお持ちでしょうし、王国の第一王子の護衛である自分自身を誇りに思っているはず。
それが故に降伏を即断できない。
ここで折れてしまっては、これまでの自らの人生を全て否定することに繋がるから。
しかし、このままでは皆様方、全員……。
「クハハハハッ……!」
動かぬ護衛の方達を見てか、サイアス様が笑いながらクロムウェル様へと告げました。
「貴様の甘言になど釣られる物か! ここにいる者たちは! 私が見出し! 私が用い! 私がこれまで恩を与え続けて来た者たちだ! 貴様の言葉など聞くものかよ! さぁ! 全員何をしている! さっさと奴らを殺せ! そして私をここから逃がすのだ!」
「………………」
「何のために今の今まで重用して来たと思っている! 何のために、高い俸禄を与え続けて来たと思っている!! いざと言う時に! その命を賭けて私の命令を遂行するためであろうが! 何を押し黙っている! 死ぬ気で行け! 数人が斬られても構わん! 死ぬ気で組み付いて、奴の息の根を――」
続くサイアス様の言葉を遮るように、ガキャリという金属質な音が響きました。
王子様が手に持ったショートソードを投げ捨てられたのです。
己が手に持つ唯一の武器を手放されて。
そしてそれ自体はなんて事ないかのように、自然体で前を向かれますと。
護衛の方々へとクロムウェル様は告げられました。
「死ぬな。生きろ」
遠く響く足音にさえ、かき消されてしまいそうな小さなお声。
ですが、それは不思議と会場中にジンと響き渡り、聞いた者たちの心を深く揺さぶりました。
サイアス様でさえ、命令を下していたお言葉を止めプルプルと震えています。
「……………」
そして、告げられた当人である護衛の方々は全員、信じられない物を見たかのように目を見開いて王子様のことを見つめていました。
息を詰め。体を硬直させ。
ただひたすらに、自らへ『生きろ』と告げたクロムウェル様の事を見つめ。
そして――
「……こ、降伏いたします、クロムウェル王子」
――そう一人が口にしたのを皮切りに、次々と降伏の言葉を口にしながら、引き抜いていた剣を鞘に納め、それを地面に投げ捨てると、右膝を付き顔を伏して許しを請われ出しました。
その場にいる約40人の護衛の方々、クロムウェル様によって打ちのめされたお方も含めて、その全員がそうしてひれ伏して、王子様へと投降される。
ほんの2つの言葉。
『死ぬな。生きろ』
たったそれだけの言葉で。
武に生きる者たちの心を掴み、地面に膝をつかせた。
こ、こんなの……こんなのって……。
「ぅぉぉっ…………!」
と、鳥肌ビンビンですわ!
み、見ました今の!
あの人こそが私の婚約者ですわ!
あんなカッコよくて、人間が出来てて、器のドでかい殿方が私の婚約者!?
し、信じられません!?
今更ですけど、私ってばとんでもないお方の婚約者になってしまった物ですわね……!!
うぅっ! こ、この興奮を誰かに伝えたい!
声に出して誇り散らかしたい!
で、でも、今そんな雰囲気じゃありませんし、ここは我慢、我慢をぉ……。
「クロムウェル!!」
と、私が一人で悶えている、サイアス様の声が響きました。
目を向けてみれば、不健康なお顔をさらに青く染めたサイアス様が、床に落ちていたショートソードの一本を拾い上げ鞘から抜き放つと、それを重そうに王子様へと向けたところでした。
「お前は……! お前はっ!」
「兄上……」
クロムウェル様もそう応えながら、サイアス様へと向き直られます。
その手には武器も何も握られていません。
まぁ、それでも剣を持ったサイアス様より王子様の方が圧倒的に強いでしょう。
ショートソードを重たそうに両手で構えているあのお方を見れば、力量の差は明らかです。
「クロムウェル……。これで……これで私に勝ったつもりか!? ええ!? どうなんだ!?」
「剣をおろせ、兄上。もう終わったんだ。全部もう終わったんだよ……」
「終わっただと!? 何がだ!? まだ何も終わってなどいない!! 私は! 私はまだ生きているぞ!! まだ終わってなどいやしない!!」
「あんたじゃ俺には勝てない。それが分からない兄上じゃないだろ」
「ウウウウゥウ~ッ!!」
荒い息をつきながら汗を流し、剣を握り直されるサイアス様。
普段、稽古などしてこなかったのでしょう。
既に剣先がプルプルと震え始めています。
「お前は……! お前は! 王になる器などない人間だ! 分からないのか、クロムウェル!? お前は自らの言葉でこの者たちを降伏させたと思っているのだろうが、それは違う! この者たちは死を恐れて降伏したのだ!」
「……………」
「迫りくる500の兵と! お前の暴力に恐れをなして降伏したのだ! 国を治めるには徳と理を持ってこれをなすべし! 貴様には徳も理もない! お前には! お前には力しかないんだよ! 王にはふさわしくないのだ!! 何故それが分からん!?」
なんだか凄いブーメランな発言してますけど、ご自身で気付かれないのでしょうか……。
徳も理も、不当に私を殺そうとしたサイアス様にありまして?
もう完全に錯乱されていらっしゃいますわ。
そんな兄君を見て、クロムウェル様が一つ息をつくと言葉を返しました。
しかし、何故でしょうか。
その瞳がどこか悲し気に揺れているような……。
「そうだよ。兄上の言う通りだ。俺に王の器なんてない」
それを聞き、一瞬ポカンと口を開けたサイアス様が、我が意を得たりと言わんばかりに喜色満面なご様子で口を開かれます。
「そうだろう! そうだろうとも! 王にふさわしいのは私なのだ! 私こそが王位を継承するに最もふさわしい人間なのだ!! 分かってるじゃないか、クロムウェル!」
「ああ、良く分かってるさ。俺なんか王になる器じゃない。兄上が最もふさわしかったんだ。俺の器じゃ、いいとこ一軍の将か地方の内務官がやっとだ。それで……。それでよかったんだよ……」
胸の奥底にある物を小さくこぼすようにして、王子様の言葉が続きます。
「内に兄上、外に俺。国家の基盤を兄上がガッチリ掴んで、俺は細かい所でその手助けをする。兄上が出来ない事を俺が裏で支える。それが今後30年の、アイリス王国のあるべき姿だったんだ……」
その言葉を聞いて、私はハッと気がつきました。
クロムウェル様がこれまでこなされていたお仕事を考えてみましょう。
兵の練兵。新式農法の視察。近衛兵の特訓。細々とした書類仕事。エトセトラ、エトセトラ……。
どれもこれも病弱で体の弱いサイアス様では手の回らない仕事ばかりで、それでいて重要度の高い物です。
つまり、クロムウェル様は……ずっとサイアス様が王位に就いた後のことを考えて……。
あのお方を支えるために、ずっと行動し続けておられたと言うのでしょうか……。
目を見開き王子様の背中を見てみれば、その背中はどこか小さく震えているように見えました。
「なんで……。なんでこうなっちまったんだろうな……俺たち……」
「………………」
声を聞き、呆然とした様子で言葉を失ってしまうサイアス様。
膝をついている黒服さん達も、王子様の言葉に体を震わせ、中には涙をこぼしている人までいます。
本当に何故……。
何故、このようなことに……。
兄弟仲良く国を盛り立てて行ければ、それが一番よかったのは間違いありません。
それが、いったいどうしてこのような結果に……。
「クハハッ……ハハッ……ハハハハハハハハハハッ!」
その場にいる全員が沈痛な面持ちで押し黙る中。
サイアス様の大きな笑い声が突如として響き渡りました。
見れば、天井を見上げ、右手で顔を押さえたサイアス様がパーティ会場中に笑い声を響かせています。
そうしてしばらくその声は続き。
そしてふと、それを止められると。
今にも泣きだしそうな顔でクロムウェル様の事を見つめられて。
「クロムウェルゥッ!!」
そう名前を叫びながら、剣を両手で握り、振りかぶると共にサイアス様は駆けだしました。
それを見て、王子様が軽く腰を落とすとそれに相対しようとして――
シュウゥゥゥゥギィン!!
「アグウアアッ!!」
――瞬間!
空気を切り裂く痛烈な音が響くと、ギャランッ!と派手な音を立ててサイアス様の握られていた剣が床に落ち。
その勢いに押されてか、かのお方は右へと倒れ込まれました。
私はそれを確認して、すぐさま音の発信源へ、右方向へと視線を向けてみますとそこには――
「あらぁ……もしかしてちょっとタイミングが悪かったかしら……?」
多くの兵を引き連れて、赤い狩衣に身を包み、弓を構えたお母様と鎧を着たお父様が会場の入り口付近に立たれており。
「ッ!?」
そしてその横には、濃紺の短髪を揺らす白装束の男性。
コウ・マクガイン様が抜き身の剣を手に持って立たれていたのです。




