第33話「狂気」
「意外だったよ。お前が抵抗せずにあっさり捕まるなんてな」
「………………」
夜。
王宮のすぐ近くにあるサイアス・ウルニム・アイリスの私邸。
そこにある広いドーム状のパーティー会場。
その中心には今、丸いテーブルが設えられ、二人の人物が座っていた。
一人はサイアス・ウルニム・アイリス。
病的に白い肌に、こけた頬。そこに満面の笑みを浮かべて、ワイングラスを揺らしている男が一人。
そしてその対面に座っているもう一人の人間。
サイアスの弟、クロムウェル・クォーツライト・アイリス。
雁字搦めに縄で椅子に縛りられ、文字通り手も足も出ないような状況で、身動きも出来ずただただ兄を睨みつけている男が一人。
その弟を見返しながら、サイアスが口を開く。
「まぁ、抵抗出来る訳ないだろうな。お前には守るべきものが多すぎた。一人なら何とでもなったろうに。つくづくいい子ちゃんだよ、お前は……」
「…………なぜ」
沈黙を保っていたクロムウェルが、一度瞳を閉じ、大きく息をついた後、ゆっくりと言葉を発した。
「なぜ、こんな真似をするんだ、兄上。人の婚約者を死刑にして、他国の外交官を暗殺しようとして、とても正気の沙汰とは――」
「――黙れ!!」
ピキリと音がなり、サイアスの手にあるワイングラスにヒビが入る。
「私が何も知らないと思っているのか、クロムウェル? 全て、私は全てを知っているのだ。お前が王位継承権を狙っている事も! そのために軍部との繋がりを強めている事も! 他国と密約をかわそうとしている事も! 私は、私は全て知っているのだ!」
「誤解だ! 俺にそんな野心はない!」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ!! 私は! 私は知っているんだ!! 全て、そう全てをだ!」
王国の第一王子が頭を掻きむしりながら言葉を続ける。
「お前のせいだ! お前のせいで、お前のせいで! 私はここ数年ろくに眠れない! お前が皆の羨望を集め、私を貶める度に! 私は毎夜毎夜、この地位を失う不安で眠る事が出来ない!」
「そんな訳ないだろ。誰が兄上の事を――」
「――黙れと言ったのだ! 私の! 次期国王の命令を無視してしゃべるな!」
言葉と共にグラスを投げ捨てたサイアスが、机に手をつき荒い息を吐き出しながら、前のめりになってクロムウェルの事を見た。
「クロムウェル……。クロムウェル、クロムウェルクロムウェルクロムウェル。お前の名が響くたびに、私の頭蓋に虫が這いずる! お前は! お前が! お前を! 私はどれほど疎ましく思っていた事か……!! 分かるか、お前に!?」
「……なら、なんでまだ生かしてる? 俺を殺したいだけなら、幾らでもチャンスはあっただろ?」
「クハッ、クハッ! クハハハハハハッ! よくぞ聞いてくれた! 私はな! お前に絶望して欲しいのだよ! お前のそのすかした表情が! 苦痛と怒りと後悔と絶望と哀しみで染まる所が見たいのだ! 私をこれまで苦しめて来た分! お前にも苦しんでほしいのだよ! クハハハハハハッ!」
また大声で笑いながら、サイアスが一つ指を鳴らすと、近くに控えていた黒服が近づいてきて、その顔を彼へと近づけた。
「始めろ」
その一言に頷き、黒服が会場から外へと歩き去っていく。
消える足音の方向へと視線を向けるクロムウェルへ、サイアスが告げた。
「何が始まるか分かるか?」
「………………」
「クハハハハッ……。まず届くのは指だ。親指、人差し指、中指、薬指、小指。次に耳、鼻、唇、目、舌……」
「兄上……」
「並べられた『彼女』を前に、お前が苦しむ所を見せてくれ。そして無様に死んでくれ。それでようやく……。ようやく私は安らかに眠れる。私の安眠のために、苦しんで死んでくれ、クロムウェル」
「狂ってるぞ、あんた……」
「だとしたら、狂わせたのはお前だ。お前なのだよ、クロムウェル」
クハハッという笑いがまた響き。
それを見るクロムウェルは何かを堪えるように、縄で縛られた体に力を込めるのであった。
――――――
ボガボグドガゴキドグガタドチャッ!!
「ふぅ、だーから6人じゃ足りないって言ったんですわ、まったくもう」




