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105/105

105(了),「よい冒険者ライフを」。

 

 アリシアが目覚めると、朝陽が窓から差し込んでいた。


 ベッドの足元には、肉の塊が蠢いている。

 二つの目玉と口、それに耳や髪の毛の一部などが確認できた。


「おや、これはどちらさまでしょうかね?」


 錬成スキルで分析すると、これは〈銀行〉の現総裁であるジェイデンだと分かる。


「あぁ、ジェイデンさん。そんな姿になってしまって……おや、意識疎通ができるのですか?」


 というのも肉の塊には、無数の小さな脚があって、それで這って逃げようとしている。カタツムリより遅い速度だが。


 すべては、錬成店をはじめたころに遡る。

 さまざまな敵が予想できた。〈銀行〉、冒険者ギルド、王政府情報機関〈裏鼠〉。

 ところで〈裏鼠〉は結局、アリシアと対決せずに退いたようだ。王都では、最も賢明な機関だったといえる。


 とにかく、まだ借金完済をしていなかったころの話だ。

 アリシアは、このゲームの途中離脱だけは避けねばならないと思った。そして、万が一なにかあるとしたら、それは健やかに眠っているときだろうと。

 気持ちよく眠っているときにナイフで心臓を刺されたら、それでおしまい。睡眠とは、短い死ではあるけれども。まだ死ぬのは早い。


 そこで自身のパジャマに次の効果を付与した。


『装備者が睡眠中に襲われたときのみ発動。襲ってきた者を、無害な異形に変形する』と。


 装備者とは、もちろんパジャマを着ているアリシアということになる。そしてジェイデンは、昨夜ついにはじめての犠牲者となった。

 襲ってきたのはジェイデンなので、自業自得ではあるが。


 お隣が玄関扉をノックしてきたので、出てみる。

「おはようございます。どうされました?」


 お隣のおばさんが、疲れた様子で言う。

「大丈夫だったかい? 昨夜、男の人の悲鳴がずっと聞こえていたんだよ?」

「おや、そうでしたか。お騒がせて申し訳ありません」


 どうやら『無害な異形』、すなわち、グロテスクな肉の塊に肉体変形するのに、長時間の激痛に苛まれる時間が必要だったようだ。

 ジェイデンは悲鳴をあげながら、徐々にその肉体を、この肉の塊に変形していった。


 アリシアはひとつ疑問に思う。さすがにそばでそんな悲鳴が起きていたら、夜中でも目覚めそうなものだが(お隣さんは目覚めたようで、睡眠不足の様子だった)。

 おそらくジェイデンが、睡眠効果のある魔法などを使ってきたのだろう。

 つまりジェイデンは、アリシアの健やかな眠りに一役買ったのだ。


「親切なかたですね、ジェイデンさん。私が旅立ちの朝、寝不足にならないようにと。あなたは私のためを思って睡眠魔法でも使ってくださったのですね──いえいえ、いまのは皮肉というものですよ」


 ジェイデンの肉の塊を塵取りに押し込む。

「ご安心ください。あなたを殺しはしません」


 どうやらジェイデンは、このような形態になっても、いちおう聴覚はあるようだ。脳がどこまで維持されているか分からないが、アリシアの言葉を理解したように思える。

 すると、肉の塊にくっついている口がぱくぱく動き、


「あ……あ……」


 と言う。


 アリシアは小首をかしげてから、肉の塊をトイレに流した。


「下水道で元気に生きてくださいね」


 王都の素晴らしいところ。上下水道が常備されていること。


「さぁ、出発しましょうか」


 といっても持ち運ぶのは、『収納1000倍』効果付与の小袋だけだが。


 王都を歩いていると、まず物陰にいる冒険者ギルドのギルマスであるエドガーを見つけた。

「おはようございます、エドガーさん」


 エドガーはびくっとして、ひきつった笑顔を浮かべた。

「お、おはよう、シェパードさん。その、元気そうだね?」


「ええ。とても素敵な朝ですし、私は元気ですよ。それとエドガーさん。私、余計なことかもしれませんが忠告いたします。いつまで待っていても、ジェイデンさんは戻ってきませんよ?」


 アリシアの言いたいことは分かったようで、エドガーは顔面蒼白になり、逃げるようにして走っていった。


「あら」


 王都の出口では、ケール、エブリ、チェットが待っていた。

 チェットは、ミィをだっこしている。


 ケールがアリシアに握手を求める。

「アリシアさん。あなたには、いろいろとお世話になりましたな。決闘のときはしてやられましたが」

「ロンとの決闘のときですね。最後ですし、ご忠告を。他人の女性は寝取らないほうがよろしいですよ」

「ははっ、気をつけますよ」


 つづいてエブリとも、別れの握手。

「〈テンプルナイト〉としてこれからも励んでくださいね」


 エブリは涙ぐみながら、

「はい。ありがとうございます、アリシアさん」


 一方、チェットは大泣きしていた。

「店長ぉぉぉぉ!」

「はいはいチェット君。お手紙書きますから、そんなに泣かないでください」

「店長、僕、僕、やりましたよ! 冒険者に復帰して、最初の試練を受けてDランクになりました! 自力で! このことを、店長の出発前に知らせたいと思いまして!」

「チェット君…………え? 冒険者に戻って、自力でDランク? え? え?」

「……え?」

「……チェット君。あなたは唯一、この私の度肝を抜いたかたですよ」

「よく分からないですけど、誇りに思います」


 アリシアはそのまま立ち去ろうとしたが、ふと思いついて振り返り、みなに言った。


「では皆さん。良い冒険者ライフを!」


 こうして王都を旅立ったアリシアは、乗り合い馬車に乗ることもなく、のんびりと街道を歩いていく。しばらくすると、シーラが後ろを歩いているのに気付いた。


「あら、シーラさん、おはようございます」

「おはよう。気配を殺していたのに、君はいつも気づくね」

「それは私が気配感知能力に長けている、というよりも、単純にシーラさんだから気づくのではないかと」

「ふーん。それは百合なニュアンスで?」

「さぁ、どうでしょうね」

「で、どこへ行くんだっけ?」

「海をわたり、おとなりの大陸へ。そこのユルドガ帝国というところでは、こちらの王国よりもだいぶ技術も発展していると聞きます。知的好奇心を満足させるのに充分でしょう」

「ふーん。そこの帝都で錬成店を開くとか?」

「錬成店はもう開きませんよ。錬成スキルも使う予定はありません」


 シーラはくすりと笑ってから、首を横に振った。

「どうかなぁ~。君は、錬成スキルからは逃れられない運命だと思うねぇ。きっとまた、錬成スキルで革命を起こすことになると思うよ。君は覇王なんだし?」

「覇王? なんのことでしょう。ところでシーラさん」

「ん?」

「もしや、あなたも一緒についてくるのですか?」


 シーラは傷ついたフリをしてから、言った。

「当然じゃないか。私は、君の傭兵なんだからね」


 アリシアは珍しく、心からの笑みを浮かべた。


「それは頼もしいですね」



             ~END~



最終話までお読みいだたき、ありがとうございました!

よろしかったら評価など、お願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作品の題名に偽りなく、淡々と我が道を行くアリシアがとても素敵な作品でした 面白い作品を読ませていただきありがとうございました
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