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旅人と黄金色の文字  作者: 白藤あさぎ
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      Part-6




   ー 言の刃(ことのは)のお話 ー




血、血、血…どこをみても血だらけの真っ赤っか。そこらじゅう鉄の匂いがして視界が濁って見える。汚い、穢い。


ああ…本当にきたないな。

ここで何人生きてるんだろう。何人分の感情を吸い取ればいいんだろう。たくさん死んでたらいいのに。

いや…生きてても死んでても関係ないか…結局恨みが残ればそれも浄化しなくちゃいけないんだから。


血と床の隙間からどろどろと滲み出している黒い汚泥が、自分の方にゆっくりとにじり寄ってきていた。

それが塊になって蠢きながら、ある一つの形になろうとしていた。ここで生まれた憎悪が斧の形でそこに出来上がった。それが、この場所で起きたすべてを見せた。


裕福な家に押し入った数人の強盗。パーティか何かの途中だったのか、大勢の視線がそいつらに釘付けになった。幸せな空気は一変、屈強な腕に握られた斧が無慈悲に振り下ろされ、まず一人目の男が首筋から体を二つに割られて死んだ。みぞおちのあたりまでぱっくり割れて、血が飛び散った。切り株に刺さった斧を抜くときと同じ仕草で、大男はその人間からぬめった刃を引き抜いた。

悲鳴と、嗤い声と、赤ん坊の泣き声。耳障りだと喉を潰され、顔を蹴られて気絶する子どもを庇う母親。

どうしようもない悪というものに害されてしまった一見被害者の人々。


「お前のせいで…」


過去を見ていた自分の耳に、すぐ近くで声がした。切られた腹を抑えた青年が立ち上がって、黒くぎらついた目が噛み付くような視線を向けていた。その手に、憎悪で作られた斧を握って。


こんなとき、いつも思う。普段は人間に見えていないはずの自分は、今どう映っているのだろう。強盗のひとりの姿にでも見えているのだろうか。

ぼんやり頭の奥でそんなことを思っている間に、青年は持っていた斧を振り下ろした。


激痛が全身を巡る。衝撃に立っていられなくて床に倒れこんだ。右肩から腹部にかけて裂かれた腹から血がどくどく勢いよく吹き出る。醜く歪んだ顔ががくんと前後に触れて、再び斧がこっちをめがけて振り下ろされた。


「くそっ!くそっくそがぁっ!!親父を殺してまで得た財力だぞ!あんな野郎共に奪われてたまるか!!!」


ああ…そんな恨みか。

そんなことのために俺は今、こいつの憎悪のはけ口になっているのか。


何度もなんども、男は斧を振り下ろした。こいつだけじゃない、いろんな声が一度に刃を通して体に突き刺さってくる。そこに、殺された子供の声はなかった。本当の意味で理不尽に命を奪われたのは、子供たちだけだった。気が狂ったように叩きつけることをやめない男をじっと見つめて思う。


本当に、汚い。

これは報いだ。自分たちの傲慢さに気づかずに汚いことをして幸せになろうだなんて。恨む権利があるのは、お前たちじゃないのに。


なあ神様。なんで俺は、こんな人間の恨みを引き受けなきゃいけないの?


蓋を開けてみればこんなことばかりだ。怒りや憎悪を自分の力で悲しみに変えられない人間は必ずと言っていいほど、過去に誰かを傷つけてる。いつか報いを受けるのに、そのことを都合よく忘れて、自分がやられたときにはこうやって被害者ぶる。正当性のある憎悪なんて稀で、あったとしても、こんなふうに俺を使わない。静かに怒りを手渡して、悲しみと幸せな思い出を受け取るだけ。


「もうおわりだ…何もかも……」


いつの間にか攻撃が終わって、男は弱弱しくそう呟いた。傍でうずくまって、額を押さえて項垂れている。 ようやく怒りが収まったらしい。

その手の下から涙が落ちた。


痛みも忘れて笑い出しそうになる。

愛と悲しみしかない世界の悲しみの一つには、こんな形も許されるみたいだ。それは本当に…出来上がる世界はさぞ綺麗なんだろうな。



ー*ー



「無様な姿ですね」


声に閉じていた目を開けると、いつからそこにいたのか、フードの魔物が見下ろしていた。


「体はそんなに傷つけられているのに、憎たらしいその顔は一切傷つけられていないなんて」


声音に明確な悪意を感じる。俺がまた役目に戻っているから腹を立てているのだろう。そういえばこいつには、火事の一件以来会っていなかった。心情の変化を問われても面倒だし、消してしまおうか…


「…顔の傷は隠せないから、避けさせてるだけだ…何か用か?」

「傷を見せたくない相手でもいるんですか?ああ、あなたが最近頑張って足掻いているのは、その方のためなんですか」


挑発するような言動と声音に苛立ちが強くなる。仰向けの状態で覗くフードの中で、目だけがぎょろりとこちらを睨み下ろしていた。それだけで不快な感情が首筋を這うように伝うのに、逸らせなくなる。


「もうすぐ願いも叶うのに、何を今更。失った愛を取り戻せるはずがないから、あなたのこの苦労は永遠に続くんですよ」


これが永遠に…

永遠って、どのくらい…?終わりがない?前の時は、こうして出回らなくてもいいくらい世界は綺麗になった。

でももうそんな下火はやってこないってこと…


後悔しないために選んだ先で、後悔してる。感情に任せて、いっときの綺麗事に酔いしれてよく考えずに役目に戻ってしまったから。


「愚かですねぇ。くくくっ。あなたが後先考えずに気持ちを優先させる存在はどんなものやら」


嫌な笑いを聞きたくなくて目を逸らした。もう掬い上げた怨嗟の声も勢いをなくしつつある。今夜もまた、約束通りあの館に帰らなくちゃいけない。

ささくれ立ったこんな心の状態を、少女はどうにかしてくれるだろうか。あの淡紫を見たら、あの穢れのない純白を見たら、少しは落ち着けるだろうか。


重い上体を起こしてゆっくり立ち上がる。血の匂いに塗れたこの家を早く出たい。悲しみにくれたこの一家はもう誰を傷つける気力もないだろう。もう、ここから連鎖は生まれない。


今日もまた、窓から世界を見て。

そうして綺麗になったと笑ってほしい。ただそれだけが…この苦痛の良薬になるから。灰色の墓に一輪添えられた花みたいに、普通に咲いているより柔らかく優しく感じるそんな救いになるから。



けれど、その日の夜。少女はあらわれなかった。

新月の夜、月のない真っ暗闇の夜は星の明かりが絶えずとも深い闇に覆われた心は照らしきれない。

いつもあるはずの迎え入れる声も、聞こえてくるはずの足音もないとわかった青年は闇に覆われる恐怖に抗えずに溺れた。


ひとりでいた頃の夜を思い出す。

逃げようのない圧迫感。今はそれに黒い声が付きまとう。自分がどこにいるのかもわからない。体がみえないのに、感じる心がある。存在してるのかしてないのか、不確かな自分が怖い。


耐えられない。

誰か。


誰か…


はやく、夜を消して。





この物語を考えている時、

平井堅さんの 『half of me』が頭から離れません


秋はまだまだ続きます

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