Part-4
ー 秋雨のお話 ー
あれから一週間が過ぎた。
冷たい雨が降り続く日々が、ただ時間を食い潰していくだけで過ぎていく。
庭の手入れにも身が入らなくて、頭の中はただ一つのことでいっぱいで、そのせいでこの雨もなにか意味があることなのではと考えずにはいられなかった。
月並みな表現だけれど、空が泣いているように思う。
この灰色の雲の向こうで、どんな思いであの少女はいるのだろう。あの光景がずっと頭から離れない。少女の中に、黒い塊が入っていった。俺のような役目が欲しいだなどと、そう望んだ声の通りに。
気づけば眉間が強張っていた。自分の動きがいつもより乱雑で、落ち着きがなくて、ひとところに止まっていられない。
会えないこの時間が気が狂いそうなほど長く感じられた。あの日あの時、黒く染まっていく後ろ姿がずっと脳裏で繰り返されている。考えないようにしようとすればするほど、それはつきまとっていた。
少女の役目は、少女自身が望んだことだった。思えば、俺に色を取り戻すことを役目だと思っていたのは状況的な判断だっただけで、少女が望んだことじゃない。
初めてはっきりと口にしたあの役目が欲しいという声に呼応して、月があの瞬間に力を与えたのかもしれない。
はやく雨があがることを願った。変わらない姿がそこに現れたらいいと、願う反面そうにはならないんじゃないかという確信も抱く。
少女のことを考える時も、自分のことを考える時も、俺はいつも相反する二つの感情や考えに板挟みで、いつだって結果待ちだ。自分で答えを出すより先に時間は進んで、どうすればよかったのか後になって悔やむ。最近それの繰り返しばかり。やって後悔することもあるかもしれないけど、今の在り方よりも自分で納得出来る形になるかもしれない。
あのとき、少女が負った少年たちの怨嗟の声は、俺が引き受けるべきものだった。何が起こっているのかわかっていながら見ていることしかできなかった自分が…許せないという感情を抱く。あのどす黒い底無しの闇が今少女を苦しめているのだとしたら、そう考えただけで体のあちこちが疼いて引きつった痛みを訴えてくる。火傷を負った時みたいな、細い針がチリチリと皮膚を刺す痛み。
怒りというものを初めて知った。いや、忘れているだけで本当は抱いたことがあるのかもしれない。
思えば少女が現れた夜からの記憶の方が鮮明で、それまで自分がどうに過ごしていたか思い出すことができない。無感動に時間を貪って、心を無にすることでいろいろな感覚を閉じていた。
今それが少しずつ紐解くように緩んでいるのだとしたら、それは…俺にとっていいことだろうか。
雨のやまない空を見上げる。
窓の水滴がひとつ、またひとつと繋がって、大きな雫がすっと流れる。この小さな四角い窓枠の中に、いつか見た夜空が閉じ込められているみたいだ。蝋燭の揺らめきで光って、流れ星が無数に落ちていた。
少し視点を奥にやると、ガラスに映った自分の姿と目があった。相変わらずの無表情でまっすぐ突っ立っている。夜に紛れて、目を凝らさなければ見えない。あの淡紫の中で見る姿と全然違う。どっちも本当の見え方なのに…こっちのほうが自分にふさわしいと思うのに…
目を閉じて、雨音に耳をすませる。
もう後悔はしたくない。
少女が再び黒く染まる瞬間を、もう二度と見たくない。
その思いが一体自分の内側のどこからくるものなのか、追及はしなかった。きっと名前をつけることができるし、だてに本ばかり読んでるわけでもない。ただ自分でも抱いたことのない感情に実感がわかなくて、簡単にそうとも納得できない。
笑っていてほしい。ずっと綺麗なものを見ているだけでいい。
この世界でたった一人、俺がありのままの姿を見ることができた彼女が、壊れていくのを見たくない。
ただそれだけの思い。
そんな得体の知れない、間違いなく生まれて初めて得た感情のために、俺は今まで背いてきた自分の役目に戻ろうとしている。
あんなに辛かったのに。あんなに、苦しくて仕方なかったことなのに。正解がなんなのか自問自答して、身が擦り減って心まで失って、そうまでして俺がやってることなんか知らん顔で世界は綺麗になっていく。嫌になって逃げ出した時も、激しい葛藤を抱えながら今まで繋いできた。
ただ色を取り戻したくてやってきた今までを、自分の意思でぶち壊そうとしている。役目に戻ったら、今度こそそれを願うこともやめなくてはならない。
自分の願いか、少女の笑顔か。
二つを乗せた天秤がぐらぐら揺れる。その結果を見たところで、自分の意思は結局別のところにある。どっちに傾こうと、俺が取るべき行動は一つしかない。
目を開けると、再び自分に見つめられた。
やっぱり、この闇に呑まれている方が自分にふさわしい。
窓に背を向けて、館を出た。宵闇の中でぼやけた輪郭の手を見つめる。不思議と、怖いとは思わなかった。あの押しつぶされそな圧迫感もない。
冷たい秋雨が肌をやさしく濡らしていく。
いなくても感じる少女の気配が、自分を包んでいると思うから。これからすることを思えばこんな程度の暗闇、なんでもない。
妖精も眠る仄暗い庭を通り抜けて、より濃く見える街に向かった。
闇に染まっても、まだあの瞳は……少女は、俺を見つけてくれるだろうか…
第1話 春 Part-1、一部修正いたしました
小説紹介文を加筆いたしました
結末が決まってからというもの、詰めの甘い部分を書き直したく悶々としております…
一度完結した後リメイクとしてストーリーを補ったものを挟んでいこうと思います




