045「イージーモード」※アヤ視点
「触り心地が硬くなったな、バステト。冬毛が抜け切ったんだな」
股座で目を細めて丸くなっている白斑の黒猫を、胡坐をかいているヒビキが撫でまわしながらポツリと言う。そこへ、洗濯籠に衣類を山積みにしたアヤがやってきて、ヒビキの隣に正座し、服を畳みながら言う。
「それで、さっきの話の続きだけど、アパートに帰ってからは?」
ワイシャツやバスタオルを手際よく折って山にしていきつつ、アヤが片手間に訊くと、ヒビキは黒猫を触る手を止めて、素っ気なく言う。
「からは、って言われても、そのあとは、お互いの部屋の前で解散したから、それだけだよ」
「なんだ。せっかく心情を暴露して交際をスタートできたって言うのに、手を繋いだだけで終わったのね。やーい、やーい、ヘタレチェリー」
アヤがヒビキの臆病さや意気地なさを揶揄してはやし立てると、ヒビキはムッとして口をへの字に曲げながら言う。
「うるさいな。バツイチに言われたくない」
――痛いところを突いてくるわね。もう、とっくに過去のこととして清算済みなのに。
「チャラい見た目に反して、意外と恋愛に奥手なのよね、ヒビキは」
「いいだろう、別に。徐々に経験値を稼いで、レベルを上げていくタイプなんだよ。いきなりラスボスに挑んで失敗するより、ずっとマシじゃないか。――あっ、寝ちゃったか」
アヤに自分のことを指摘されたことに拗ね、眼を閉じて尻尾に顔をうずめた猫に視線を移してヒビキが小声で言うと、アヤは、ハンカチや靴下を小さく畳みながら言う。
「でも、彼女は私と同じくらいの年頃なんでしょう? あんまり悠長に構えてもいられないんじゃない?」
――アラサーになると、たとえ周囲には、恋愛なんて興味は無いと嘯いていても、コンビニや書店では、コッソリと人目を忍んで、デート指南書や結婚情報誌を読み漁っていたり、同僚や家族には内緒で、婚活サイトや交流パーティーに申し込んだりしているものだ。私だって、口では一度で懲り懲りと言いながらも、本音では再婚したいと思っている。
「それは、そうだけど、こういうことには、手順ってものがあるだろう? ヒノキの棒と布の服だけじゃ、伝説の龍を倒すことはできない」
ゆらりゆらりと動く猫の尻尾を見ながらヒビキが言い返す。
――たとえがアールピージーなのは気に入らないけど、ゲーム脳のヒビキにはわかりやすいから、このまま話を合わせるか。
アヤは、畳んだ服を持って立ち上がり、それをヒビキの背後にある引き出し式の衣装ケースに、下段から順にしまいながら言う。
「正攻法で戦うのも立派だけど、時にはチートを使っても良いものよ?」
「何だよ、それ。現実に、チートなんかあるのか?」
ヒビキが胡散臭そうにアヤを見ながら言うと、アヤは引き出しを閉めて振り返り、ニッコリと計算高そうな笑みを浮かべながら言う。
「最短ルートを教えてあげるから、お姉ちゃんに任せなさい」
――普段、男性優位の職場で肩で風を切ってバリバリ働いていて、女性扱いされることに不慣れだとすれば、攻略法は単純明快だ。





夏休みのオトモ企画 検索ページ