044「昼休み」※ユキ視点
――憧れと恋愛の境目は、どこにあるんだろう?
「カッコいいとか可愛いとか、その人のことを考えると胸がいっぱいになって頭が働かなくなることが、恋愛なんじゃないっすかねえ。それで、どうだったんすか、あのあとは?」
「どのあとだ?」
しみじみと言ったあとに飛び出した伍代の質問に対し、ユキが端的に疑問を投げかえすと、ニヒヒと歯を見せて笑ってから、すかさず伍代が元気よく言う。
「決まってるでしょう。例のギターボーカルくんとのことっすよ」
「ああ、そのことか」
事も無げに言って口を噤むユキに対し、伍代は喜劇俳優のようにコテッと前のめりにズッコケてみせながら、食い気味に言う。
「リアクションが薄い! ようやく、雪が融けて花が咲こうとしてるのに。どこまでいったんすか? 手を繋いだんすか? キスは? ムギッ」
立ち上がって詰め寄る伍代の両頬を両手の三指でつまむと、ユキは、嗜虐的な笑みを浮かべながらグーッと左右に引っ張りながら言う。
「他人の恋路に茶々を入れて邪魔する気なら、このまま耳にくっつくまで引っ張るぞ。口が裂ける前に、謝れ」
――無駄に柔らかいんだよな、こいつの頬は。なんだか、コーギーと戯れてる気分だ。
「ごめんなさい!」
伍代が片手でユキの腕をタップしながら降参すると、ユキはパッと両手を放す。そして、両手でモチモチと頬を触って確かめている伍代に対し、ユキは、あっさりと事務的に言う。
「あのあとは観覧車に乗って、それから手を繋いでアパートまで一緒に帰った。が、あんたが期待するようなことは、本当に何もないんだ」
「ふ~ん。攻撃的な見た目に反して、案外、中身は繊細で傷つきやすいタイプなんすかねえ。まっ。下手に変なことをして、返り討ちに遭うのが怖いだけかもしれな、イッ!」
疑わしげな眼でジロジロとユキの横顔を見ながら分析する伍代を、ユキは、左右の肩甲骨のあいだを拳で強めに小突いて止め、話題を転換する。
「私のことは、どうでもいい。それより、この写真について説明しろ」
ユキは、臀部にあるポケットからスマホを取り出すと、数回スライドしたりタップしたりし、ソファーベッドで脱力しきって涎を垂らしながら眠りこけている伍代の画像を提示する。
「わっ。いつの間に、こんな写真を」
画面を見ながら驚く伍代に、ユキは呆れた調子で言う。
「ロックぐらいかけておけ。おおかた、私にメッセージを送った状態で、そのままにしておいたんだろう?」
「ああ。たぶん、そうっすね」
「しっかりしろよ。それより、誰なんだ、この写真を撮った女は?」
「え! どうして、撮ったのが女の人だって分かるんすか?」
「あんたには、女物のブランドバッグを買う趣味も、買える貯金も無いだろう?」
画像の片隅に写っているバッグを指さしながらユキが言うと、伍代は、感心しながら白状する。
「先輩って、結構、勘が良いんすね。エヘヘ。実は、ひょんなキッカケから、年上のお姉さんと付き合うことになったんすよ」
――大丈夫か、こいつ。フープピアスとか、巨乳とか、安産型の尻とか、揺れるものに、すぐ反応するからなあ。
「伍代。まさか、騙されてるんじゃないだろうな? 何か、よく分からない紙に『伍代ヒトシ』と書かされそうになったら、ペンを持つ前に私に電話しろよ。いいな?」
真顔でユキが忠告すると、伍代は、グイッと背中をそらし、胸を握り拳でドンと叩きながら自信満々に言う。
「大丈夫っすよ。俺がド貧乏なのは、向こうも初対面で分かってることっすから。ハハッ」
――胸を張って自虐するな。その通りだから、笑えない。
何も考えずにのほほんと笑う伍代を、少しばかり憐れな目で見つつ、スマホをポケットに戻してアルミ戸のほうへ歩きながら言う。
「戻るぞ。あと三分だ」
「アイアイサー」
アルミ戸を引き、湿気でムワッとした廊下に出るユキの背中を、伍代はヒョコヒョコとついて行き、後ろ手で戸を閉める。





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