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043「傘を取りに」※ツカサ視点② 

「誰か先客があったんですか?」

 両手に紙袋を抱えた参藤が、ローテーブルに置かれた二つのマグカップや、誰も座っていない座布団を見ながら言うと、ツカサは、往年の刑事ドラマで活躍したハードボイルドな警視のように苦み走った顔と渋い声を作って言う。

「その通りだよ、山田刑事」

「何でコミカル担当なんですか。響刑事が良いです」

――よく、咄嗟に引用先が分かったものだ。マニアックな小説を多く扱ってるだけあって、さすがにサブカルチャーに詳しいな。これだから、参藤は侮れない。

 反論する参藤に対し、心の中で褒めてるのか貶してるのか分からない賞賛を送りつつ、ツカサは、パソコンを閉じて棚にしまったりマグカップを片付けたりしながらローテーブルに荷物を置く空間を作り、いつもの気だるげな調子で言う。

「パッショナブルをお望みか。――荷物なら、そこにでも置いて」

 言われるままローテーブルの上にドサッと紙袋を置いた参藤は、窓辺に立ち、洗い上がりと思しき柔軟剤の香りがするカーテン、黒ずみの無い強化ガラスやアルミサッシ、そして、木製の桟に残された輪染みを見ながら言う。

「煙草は、もう辞めたんですね。プルタブを取ったアルミ缶が見当たりませんけど」

「そうだよ、明智くん」

 洗い篭からグラスを二つ手にして布巾で水滴を拭って置き、冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出してそこに注ぎながら、何気ない調子で言うと、参藤は、座布団の上に座りつつ、その背中に向かって、お高く澄ました気取った調子で言う。

「探偵なら、瀬在丸さんにしてくださいな」

「やめてくれよ。今の僕は、お嬢さまとお話ししたくない気分なんだ」

 ツカサが、グラスを両手に持ったグラスをローテーブルの上に置いて座布団の上に座りつつ、やや疲れた表情で言うと、参藤は、畳の上へ無造作に置かれた茶封筒に気付き、それを手に取って袋口から中身を覗き込みながら言う。

「見合い話が来てるが乗り気でない、と。なるほど、なるほど」

「勝手に見るな」

 ツカサが参藤の手から茶封筒を取り上げ、適当に口紐をグルグルと回してから棚の中に置くと、参藤はツカサの腕に肩をグイッと寄せ、肘で脇を突きながら、楽しそうに言う。

「それ、九条さんが持って来たんでしょう? 三谷財閥の一人息子に縁談を申し込むくらいなんだから、優良株に決まってるのに。この、贅沢者め」

 ツカサは、ベタベタとスキンシップを図ろうとする参藤から拳ひとつ分の距離を置くと、無言でグラスを取り上げ、ポーカーフェイスでコーラを口にする。参藤は、その様子を見て微笑ましく思いつつ、こめかみに指を当て、小首を傾げながら言う。

「急にダンマリを決め込むときは、図星を指されたときなんですよねえ。ということは、他に気になる人がいるんですか? う~ん。あっ、四宮さんと言ったかしら。あの子は、どうなんですか?」

「ケホッ、ケホッ」

 動揺して噎せたツカサは、ローテーブルにカンッと乱暴にグラスを置き、側にあったティッシュで口元を拭うと、それを丸めてゴミ箱に放り投げながら、息も絶え絶えに言う。

「よ、四宮は、か、関係ない、だろう?」

 必死に否定するツカサを面白がりつつ、参藤は平然と言ってのける。

「大ありですよ。明るくて、ひた向きな、頑張り屋さんですよ。先生のタイプにドンピシャリじゃないですか」

「何で、僕の好みを、把握してるんだよ」

「作家のことを知るのも、編集者の仕事の内です。そうだ。行きたくないなら、私が代わりにお見合いして来ましょうか?」

「どうして、そういう結論になるんだ。そんなことしたって、先方が驚くだけだ。それとも、何か? 最近、夫婦仲が冷めてきたのか?」

 落ち着きを取り戻してきたツカサが、話題の矛先を参藤のほうへそらすと、参藤はポッと頬を赤く染めながら言う。

「ダーリンとは、出会ったときと変わらずラブラブですので、ご安心を」

――すっかり、人妻としての振る舞いが板についてるなあ。感心するやら、呆れるやら。

 そう言って、グラスを手にしてコーラを口にした参藤を見ながら、ツカサは、冷めた口調で言う。

「それは、熱々ですこと。電撃で火傷しそうだ」

――いや、胸焼けかな。恋愛要素の過剰摂取。

「私の話は、置いときましょう。それより、先生。先生の単行本を読了したファンの皆さんから、素敵な贈り物が届いてるんですよ」

 クールダウンした参藤が、ビジネスライクに話を切り出すと、ツカサは、目の前にある紙袋を見ながら、斜に構えた調子で言う。

「そのようだね。愛憎が、いっぱい詰まってそうだ」

「今回は、そんなサスペンス劇場みたいにドロドロしたものじゃありませんよ。ご心配なく。中を見せましょうか?」

 紙袋の口に手を添え、参藤が中身を出そうとすると、ツカサはそれを片手で制止して言う。

「これは、あとで一人で見させてもらうよ。それより、取りに来るものがあったんじゃなかったのか?」

「ああ、それなんですけどね。どこにも見当たらないので、また今度にします」

 部屋の中をグルッと見渡しながら参藤が言うと、ツカサは不思議そうな目をしながら、腑に落ちない感じで言う。

「そう。それなら、次にしよう」

――何を取りに来たんだ? 前に来たとき、何か忘れ物をした様子は無かったと思うんだけど。

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