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夢か現か幻か

 家に帰ると、ゆりかはすぐに自室に(こも)った。

ふらつく足取りでそのままベッドへ倒れ込むと、フカフカのベッドに身体が埋もれる。


 ゆりかのお気に入りの天蓋付きの高級ベッド。

この世に生まれ出てから当たり前のように、与えられていた物。

この広い部屋も、海外から取り寄せたアンティーク風の勉強机も本棚も、小さい頃にもらった大きな大きなテディベアも――


 なのに今は、この世に存在するすべてが創り物のように感じられる。

だれかに創られた物で、すぐに消えてしまいそうな――壊れてしまいそうな――


 「……夢か現か幻か……か」

ぽつりと口から零れ落ちた言葉だったが、妙に切なく胸が苦しくなる。

今の『ゆりか』も小さい頃の思い出の『ゆりか』もみんなみんな夢なのかもしれない。


 本当は、自分は『真島ゆりか』で、夢を見ているんじゃないか……。


 そんなことを考えていると、ポケットに入れていたスマホが鳴り、ふと着替えもせずにいたことに気付く

「制服が皺になっちゃう……」

気怠い身体を起こし、ポケットからスマホを取り出すと、その画面には『相馬貴也』の名が表示されていた。

「貴也君か……」


 頭の中にさっきの貴也の言葉が響く。

――罪深いと公開断罪されちゃうよ


 ぶるりと身体が震え、思わずゆりかは自分の身体を抱きしめた。

怖い……。

鳴り響くスマホをじっと見つめる。

貴也に訊きたいことは山ほどあるのに、出るのを躊躇われた。

勇気を出して応答ボタンに触れると、スマホの向こうから、貴也の声で『ゆりかさん、ゆりかさん?』と聞こえた。


 「……はい」

『体調はどう?』

「……さっきと大差ないわ」

『そっか』

「………………」

『………………』


 二人の間に沈黙が流れる。

数秒の沈黙を破って、ゆりかは思い切って話を切り出した。

「……ねえ、貴也君」

『なに?』

「……前世で『イケメン学園』って乙女ゲームのこと知ってた?」

『……うん』

数秒考えるかのような間をおいて、貴也がはっきりと答える。

「悠希君と貴也君の名前が出てくるのも?」

『うん』

「……高円寺ゆりかの名前が出てくることも……?」

『うん』

「じゃあ、この世界が『イケメン学園』の世界にそっくりってことも……?」

『うん』


 貴也のはっきりとした口調とは対照的に、質問すればするほど、ゆりかの声は弱々しくなっていった。

そして次に発した貴也の言葉にゆりかは愕然とする。


 『ここがゲームの世界だってことに、ゆりかさんに出会う前から気付いてたよ』


 ゆりかと出会ったときには既に、貴也はすべて知っていたのだ。

ここが乙女ゲームの世界だということも、ゆりかがあの悪役令嬢の『高円寺ゆりか』だということも、自分が攻略対象者の『相馬貴也』だということも、そして悠希のことも。


 なのに、全て知っているにも関わらず、ゲームのことについて、ゆりかに何も話してくれなかった。

ゆりかが前世の記憶を持っているという秘密を明かしていたのにも関わらず、ゲームのことに少しも触れてこなかった。


 貴也は何か知っている筈だと思っていたが、敢えて彼の言葉でハッキリ言われると、ショックだった。


 「なんで……なんで教えてくれなかったの!?」

ゆりかが珍しく声を荒げる。

ゆりかは感情の起伏は大きいものの、悠希のようにそれをあまり表に出すことはない。

抑えきれない感情に余程自分が怒っているんだと、ゆりかにもわかった。


 しかしそんなゆりかを制するかのように、貴也の口調も強くなった。

『ゆりかさんが思い出すまで言う必要はないと思ったからだよ。

知ったところで、僕は『相馬貴也』として、ゆりかさんは『高円寺ゆりか』としての運命からは逃れられないでしょ?』

「そんなこと……」

『そんなことあるよ。

現に僕たちは出会い、ゆりかさんは悠希と許嫁になったじゃないか』


 ドクンとゆりかの心臓が跳ね上がった。


 小さい頃の記憶がゆりかの頭の中を駆け巡る。

生まれ落ちた時の記憶、そして初めて見た父、母、兄の顔。

聖麗学院の幼稚園に入園して、悠希と貴也に出会ったこと。

悠希が許嫁となったときのこと。

そして聖麗学院の小学校進学し、宗一郎と出会った。


 これは紛れもない『高円寺ゆりか』の運命だ。

でもその記憶の中の一部に『高円寺ゆりか』の運命とは相容れない記憶があった。


  一人の人物の顔が浮かぶ。


 「でも……この世界には『真島司』がいるわ」


 そう、前世のゆりかの元夫――『真島司 』の存在。


 『そうだね。

それが僕にも不思議なんだ』

それまで強い口調だったはずの貴也の声色が和らぐ。

「え……?」

『僕にとってはここはゲームの世界なんだよ。

でも君にとってここは現実とゲームの世界が入り混じった世界……つまりパラレルワールド的な世界なんだよね。

どうしてこんなことになっているのか不思議なんだよ。

それに悪役令嬢の『高円寺ゆりか』は我儘で高飛車なお嬢様なはずなのに、ゆりかさんはだいぶ違う気がするし……』


 最後の方は独り言のようにぶつぶつと呟いている感じだった。

急に普段の口調で話し始めたスマホ越しの貴也に、ゆりかはベッドの上に座りながら、ぽかんと口を開けていた。


 「……ねえ、私、貴也君のこと怒ってるのよ?」

『うん、知ってる』

「知ってるって……」

『今まで言わなかったことで不快になったなら謝るよ。

でもそれは君が、『イケメン学園』のことを知らないかもしれないっていう可能性もあったから言わなかったんだよ。

小学校の入学式の写真をずっと側に飾ってたのに、思い出せなかったでしょ?』

「う……」

『ゲームのことを知らない人に、この先起こることを教える必要はないでしょ?』

「確かに……それはそうだけど……」

貴也の言い分を聞いていると、次第にゆりかに非があるように感じてきてしまい、言い返せない。

ゆりかが押し黙ってしまうと、貴也がふっと笑った。

『大丈夫だよ』

「え?」

なにが大丈夫なのかわからず、ゆりかが首を傾げる。


 『『高円寺ゆりか』の運命から逃れられないけど、『高円寺ゆりか』の宿命が終われば、君は自由になれる。』

「宿命が終われば?」

『そう。公開断罪されて悠希に婚約破棄された後、その後の人生はゲームのシナリオにはない』

「つまり、その後は悪役令嬢役じゃなくなるってことね」

『そうゆうこと』


 おお!悪役令嬢じゃなくなるなんて、なんて朗報!

ゆりかは一瞬にして憑き物が取れたような軽い気持ちになるが、ハタと気づいてしまう。


 「……でも待って!それって結局、私は悪役令嬢として公開断罪されて、悠希に婚約破棄される運命は逃れられないってことよね……?」

『うん。宿命からは逃れられないからね』

「……………」


 貴也の言葉に、またもや再びどん底の谷間へ突き落されたような気分になり、ゆりかは(こうべ)を垂れる。


 『ゆりかさん、一瞬浮上してまた落ちたでしょ』

「……よくわかるわね。電話越しで」

『そりゃあ、長い付き合いだし、ゆりかさんと悠希の考えてることは大体わかるよ』


 全てがお見通しというわけですね。

私は貴也君の掌で踊らされてたってことかしら。


 『ねえ、ゆりかさん。

君は確かに悪役令嬢の『高円寺ゆりか』だけど、悪役令嬢の彼女とは違うよ。

だから彼女とは全く別の人生を歩めるはずだ』

「それは……どうゆうこと?」

『そうだな、例えば悪役令嬢の彼女は悠希と婚約してたはずだ。

だけど、ゆりかさん、君はしてない……とか?』


 そういわれればそうだった。

ゲームの中では幼い頃に決められた婚約者となっていたはずなのに、今のゆりかは許嫁だ。

両親たちの話では18歳になったら、婚約の予定と聞いているが、本当にそうなるのかもわからない。


 「それは婚約さえしなければ、公開断罪されないってこと?」

『いや、そもそも婚約してなければ、許嫁の約束の破棄っていう展開のがあり得るんじゃない?』


 公開断罪されて、悠希から許嫁の約束を破棄されるというパターンか。

確かにこれが一番今のところ可能性が高そうだ。


 『それに僕に先のことはわからない。

神様じゃないから。一市民、一攻略対象者。

強いて言えば……前世であのゲームをよく知る人間ってくらいだから』


 この時のゆりかには貴也の言っていることが正直よく理解できなかった。

でも一つだけわかったことがある。

やっぱりこれから先も貴也君の掌で踊らされるのだ。

このことを貴也に言うと、貴也は突然フフッと笑った。

電話越しなのに不穏な笑い声に聞こえる。

 

 ゆりかが不気味がっていると、貴也が爆弾を投下させた。

『そういえばさ、ゆりかさんって乙女ゲーム好きだったんだね』


 「!!」

突然の爆弾投下にゆりかは口をパクパクさせた。

『千鶴さんのくれた『イケメン学園』の続編、興味深かったよ。

登場人物名が違うだけで、まるで前世の『イケメン学園』の設定をそのままにしたみたいだった。

今後の道しるべになるかもね』

貴也の言葉に慌てふためいたゆりかはベッドの上を右往左往する。

後からこれが電話越しで良かったと思えた程だ。


 「わ、わ、私、そこまで興味ないのよ!

でも貴也君がそんなに言うなら見てみるわ!」

ゆりかの最大の秘密が貴也にバレてもなお、羞恥心が捨てきれず、バレバレな虚栄を張ってしまう。

それを面白そうに貴也が電話越しに笑う。

『クスクス。そうだね。あとゲームもやってみた方がいいかもね』


 なんだか悔しい。

言ったそばから、掌で踊らされているではないか。

ゆりかはベッドの上で布団をギュッときつく握りしめて、堪える。


 『言いそびれてたけど、江間先輩から紙袋見つけたって連絡があったよ。

週明けゆりかさんと約束したときに渡すって言ってた』

「そういえば、貴也君に連絡がいくようになってたんだっけ。

……今日は色々ありがとう」

ゆりかは今までのことを考えると素直にありがとうと言い難いが、今日の帰り際の貴也の対応は素晴らしいと思っていた。

一応ゆりかなりに感謝はしている。


 『どういたしまして。

…………そろそろ切ろうかな。

ゆりかさん、少し落ち着いたみたいだね』

「え、あ、うん」


 貴也の言葉にゆりかは驚く。

まさか貴也はゆりかを宥めるために電話してきたなんて、夢にも思わなかったのだ。


 ――罪深いと公開断罪されちゃうよ


 あんなに恐ろしい言葉を言ったのは貴也君なのに――


 『じゃあ、おやすみ。

明日は休みだからゆっくり休んでね』

「うん、おやすみなさい」


 ――今はこんなに優しい言葉を口にしている。

ゆりかには貴也という人物が少しわからなくなった。

敵でもなく味方でもなさそうで、でも友達で、前世の記憶を持つ仲間。

そして神様でもないのに、乙女ゲーム『イケメン学園』の世界をよく知っている人物。


 ――彼は一体…………


 電話を切った後、ゆりかは腕組みをしながら、小首を捻った。

「んー?……オタク仲間?」

珍しく4000字超えてしまいました。

いつもの倍近く!


次はもう1回宗一郎さん。

これで第3章、小学生編終わり予定です!


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