攻略対象者の勢ぞろい
「ゆりか!」
昇降口にまで行くと、狩野となぜか兄が居た。
「お兄様」
ゆりかが足早に兄の元に駆け寄る。
高等部に通う兄だ。
中学と高校は棟と棟を渡り廊下で結んだだけで、同じ敷地内にある。
昇降口も中高一緒だった。
「また気分悪くなったんだって?
寝不足?」
心配気にゆりかの前髪をかきあげ、顔色を確認する。
「少し気分が悪くなっただけです」
「なら良かった……」
安堵したような顔を見せたかと思うと、兄はすぐにハッとしたように、言い直した。
「まあ、どうせゆりかのことだから、また夜更かしして遊んでたんでしょ?」
「………」
なぜここで急にツンツンしだすのか。
全く可愛くないわ。
少しは可愛い妹を心配してたんだと、素直になりなさいよ、お兄様。
「ところでどうしてお兄様までここに?」
「狩野から報告を受けたんだ」
「……報告……?」
ゆりかがチラリと狩野を見ると、狩野が気づいたのか、顔を明後日の方向に向けた。
一体誰にどこまで報告しているのか。
想像するだけで、誰も彼もを疑いたくなってしまう。
「思ったより元気そうで良かった。
付き添って帰りたいところだけど、僕はまだ文化祭が終わるまで帰れないんだ。
悪いけど狩野、ゆりかを頼むよ」
「はい、もちろんです」
狩野が礼儀正しくぺこりと兄に一礼する。
すると貴也が一歩前へ出て進言した。
「僕と悠希がゆりかさんに付き添いますよ」
兄がゆりかたち一行に目を向け、見慣れない顔に気づいたのか、千春と宗一郎の顔をマジマジと見つめる。
「彼らは?」
「クラスメートの松原千春さんと中等部1年の江間宗一郎君です」
ゆりかが2人を紹介をすると、千春がいつになく興奮気に一歩前へ出て、早口で喋り出した。
「ゆりかさんのお兄様、はじめまして!衣装素敵です!その服は執事ですか?」
よくよく見れば兄は、俗に言う執事ファッションをしていた。
黒の燕尾服。
しかもなぜか兄の真面目っぽい雰囲気にやたら似合っているではないか。
「ありがとう。
そう、クラスで執事喫茶をしてたんだよ。
普通、本物の執事は燕尾服を着ないよね」
苦笑気味の兄に、千春が激しく首を振る。
「いえ、メチャメチャお似合いです!」
千春の物言いがやたら力強い。
千春さんの好みは執事なのね……。
しかしできれば、お兄様の執事喫茶とやらに少し…いや、かなり行ってみたかった。
ツンデレお兄様がツンツンしながら、お茶を出してくれるのか。
はたまたここは仕事と割り切って、従順な執事として接客するのか。
家族としては見ものだったのに……。
ゆりかは残念そうに隼人の燕尾服姿を見つめていると、そんなゆりかのただならぬ視線を感じたのか、兄が話を切り替えた。
「ええっと……じゃあ、貴也君と悠希君に付添いを頼もうかな。
いつもこんな役回りばかりで悪いね」
「いえ、大丈夫です。慣れているんで」
悠希がさらりと失礼な言葉を口にしたので、ゆりかはその言葉に眉を顰める。
「慣れているってなによ?」
「胸に手をあてて訊いてみろよ」
ゆりかは胸に手をあてて、ワザととぼける振りをしてみる。
「…………なんのことかしら?」
「お前ってやつは……全く」
呆れ声とともに悠希が溜息をつき、ゆりかの頭をコツンと拳で叩いた。
「っ!」
今日で何回目よ!
またもや喰ってかかろうとした時、「あれ?」と小さく声がした。
声の方向に目をやると宗一郎の視線が狩野に釘付けになっている。
そんな狩野も宗一郎に気づき、ヘラッと困ったように、後ろ首をかいて笑っている。
そうだった!
狩野と宗一郎は以前、駄菓子屋で会っているではないか!
だ、が、し、や、駄菓子屋!
マズイ……。
すると狩野が苦笑いをしながら、口元に人差し指を当て「しーっ」と、宗一郎にしてみせた。
幸いにもその姿に誰も気付いた者はいないようで、特に触れる者はいない。
狩野!そうよ!
あれは内緒なの!
よくできた付き人だわ!
ゆりかが無言で2人の様子を伺っていると、その様子を察した狩野が天の一声をかける。
「ささ、お嬢様。帰りましょうか」
「ええ、ええ。もう帰りたいわ!」
さっきから変な汗が止まらないゆりかは、狩野の言葉に即答した。
「じゃあ、千春さん、宗一郎君、申し訳ないけれど、お先に失礼するわね!」
「私は姉を待つからご遠慮なく。
ゆりかさん、お大事にね」
「ゆりかちゃん、お大事にね」
ゆりかがペコリとお辞儀をすると、千春と宗一郎が手を振る。
その時の宗一郎の顔が少し寂しそうに見えた気がした。
「宗一郎君!」
ポケットから宗一郎から借りたハンカチをとり、ハンカチを振ってバイバイをする。
ーー休み明けにね。
それを見た宗一郎が口元を緩ませ、ふっと笑った。
いつも通りの優しい笑顔。
ゆりかは安堵し、クルリと後ろを向いて歩き出した。
「おい、ゆりか、そんなハンカチ持ってたか?」
ゆりかの脇を固める様に悠希と貴也、その後ろを狩野が歩く。
右側にいた悠希に怪訝そうに見つめられた。
「あ、あれは宗一郎君の借りたハンカチなのよ」
「はあ?」
「お化け屋敷で泣いてたから、ハンカチ貸してくれたの。汚しちゃったから、洗って今度返さなきゃ」
「ハンカチなんて洗って返す必要ない。
なんなら、新品の最高級品を俺が送ってやる」
つまり、アレか。
ひとが汚したハンカチなんて、使えないってことか?
ハンカチなんて使い捨て。
ちり紙がなけりゃハンカチを使え。
かのマリーアントワネットの『パンがなければお菓子を食べればいいじゃない』みたいな。
ちっ、金持ちめ。
「これだから、金持ちは…」
「お嬢様も大概金持ちかと」
ゆりかが呟くと、背後から狩野が突っ込む。
「うーん、そうゆう意味合いで悠希は言ったんじゃないと思うけど。ね?」
貴也が苦笑しながら、悠希に同意を求めるが、悠希はプイと顔を背けてしまう。
「どうゆうこと?」
ゆりかが下から悠希の顔を覗き込むも、悠希は目を合わせてくれない。
「…………」
「ゆりかさんってそういうところ、魔性だよね。
小悪魔というか…すっとぼけてるというか、鈍感というか、ズレているというか。
悠希が不憫だよ」
「ちょっと、失礼なことばかり言わないでよ。
それに小悪魔は貴也君でしょ…あ」
ゆりかが思わず口を摘む。
手で抑えたが、時は遅しで、貴也にはバッチリ聞かれていた。
チラリと貴也を目だけで見ると、口端に笑みを浮かべているのがわかった。
こわい、怖すぎる……。
慌てて視線を逸らすと、耳元にフワリと息がかかった。
気づけば貴也がゆりかの耳元に顔を寄せている。
そして小さな声で囁かれた。
「ゆりかさん、罪深いと公開断罪されちゃうよ」
一瞬ゆりかの身体に電流が走るかの如く、ビクリと動きが止まる。
そうだ。
すっかりみんなのフォローで落ち着いてきていたが、つい先ほどとんでもない事実に気が付いてしまったのだ。
今日居合わせた攻略対象者たちーー悠希、貴也、宗一郎、兄――
将来、私は悠希君に婚約破棄され、彼らに断罪されることになる。
そして貴也君はこのことをずっと前から知っていたに違いない。
そう思うと背筋が凍るような気分が一気に襲ってきた。
――彼はほかにも何か知っているの?
帰りの道中、ゆりかは上の空だった。
自分の目に映る景色がセピア色の作り物の世界のように、初めて感じた。




