13.絶望、開始
絶え間なく襲いかかってくる激痛。
のたうち回って、
より、傷が深くなる。
檻の隅へ逃げても、
嘲笑うように、短剣は刺さる。
そしてそれが止むと、治療魔法がかけられる。
そして、
もう一周。
基本的に二周すると満足するのか、部屋から出て行く。
そして時折、違う奴が入ってくることがあった。
公爵は、その者たちに自慢するかのように、俺たちをいたぶる。
その後、そいつらも許可が出たのか、短剣を手にする。
「おお、この容姿で男、と?」
「ええ、しかも異世界人で、五日間であらゆる魔法を習得するほどの才」
「なんと! それは貴重な……」
「それだけではないですよ、鑑定まで持っているのです」
「鑑定!? 本来なら、どこぞの機関のお抱えになるレベルではないか」
「ふふふ、まあ、使ってくださいよ」
ああ、こいつら。
ぜってぇぶっ殺す。何が何でも殺す、と歯をギリギリと食いしばる日々。
時間が経つ。
カグヤたちが助けてくれることを願って。1日1日、待つ。待ち続ける。
いつか抜け出す。そしてこいつらを……
「あああ゛あ゛っっ!!!」
こいつらを……
「があ゛あ゛あああぁぁっっ!!」
絶対に……
「あがああぁぁぁっっ!!!」
ああ…………
「が………あ……ぁ……」
……無理だって、もう。
復讐なんて考えは、圧倒的な暴力の前には軽々と霧散する。
この牢の中で、そんな事を何度も思い知らされた。
終わりが見えない恐怖というのは、ここまで恐ろしいのかと。何日経ったのかも分からない。
寝ている時に急に魔法を打たれた。
体が焼けて、苦しかった。呼吸が上手くできなかった。
僅かな飯を食べている時、水球で溺れかけた。
苦しかった。水球を叩いても手応えがなかったのが、自分に死を連想させた。
毎日ビクビクと、怯えながら過ごした。
いつ死ぬのか、気が気でなかった。
ドアが開く音だけで息が詰まった。
足音だけで震えが止まらなかった。
助かる事を考えるのは、無駄だと知った。
ある日、こう思った。
死にたい
俺が死ねば、もう苦しむことは無くなる。こんな想いはしなくて済む。
それに俺が死ねば、アイツは悔しがるだろう。アイツは、他の貴族らしき奴らに俺たちを自慢していた。
コレクションが無くなるんだ。悔しいだろう。
アイツが地団駄を踏むところを想像した
ふふっと、いつぶりか分からない笑みがこぼれた。俺が、俺の力で、アイツを悔しがらせる。やり過ぎた、と後悔させる。
いいな、それ。そうしよう。
舌を噛みちぎろう。いや、首を掻っ切るべきか。魔法を使えば、できる。アイツの悔しがる顔を見れないのは残念だが。
アイツの眼の前で、俺を壊そう。
なんだかいい気分だ。
ここに来てからこんな気持ちになったのは、初めてだ。一時的なものでも、こんな気分になれて最高。
俺がそんな風に思考を巡らせていた時、
奴隷の一人が死んだ。
俺がしようとしたように、自殺した。
なんの種族かは知らないが、唐突に魔力を感じて、そちらを見てみたら、渋めのおじさんが身体中を火魔法で覆いつくして焼身していた。
――ラッキー。
これでアイツの顰めっ面を拝める。ちょっとした心残りも、無くなる。
口角が上がるのを抑えることもせず、公爵が来るのを待つ。
アイツが来るのを待つ《・・》なんて初めてだな。どうにも待ち遠しい。
と思っていたら、足音がした。
来た。
ドアが開く。ギィ、と音を立て、ゆっくりと。奴隷たちの恐怖を、ことさらに煽るように。
入って来た。が、足音がピタリと止まった。
そちらへ顔を向けると、アイツが、その死体を呆然と見ていた。
笑いを、声を出さないように堪えながらその横顔を動かない体を動かして覗いた。
アイツは―――
―――笑っていた。
その瞬間、俺は全てを悟った。
他の二人の奴隷が、おっさんが死んだ事に、大してリアクションを取らなかった理由。これまで死ぬという行動を取らなかった理由。
それはアイツらに誇りがあり、強いから。
それを、何度も見てきたから。
アイツにとって、奴隷が自殺する事は、完全な屈服の証明になる事を、知っているから。
俺が無理矢理いたぶられるのは、俺の意思どうこうというものではない。
まだ耐えられる。俺の心は、負けていない。
だが、
だけど、
俺が、
俺の意思で、
アイツを悦ばせる?
俺の行動で、アイツがあんな顔をする。
体が冷えるのを感じ、それとは裏腹に感情が昂ぶるのを感じた。
俺がしたいのは、あいつに後悔させること。その為に今俺がすべきことは何だ、あいつを憎んでいる暇はあるのか。
考えよう。逃げるための方法を。
この奴隷契約紋を消し、このミスリルの部屋を抜け出し、警備を抜け出す方法を。
感情なんかどうでもいい。頭を回そう。
コレン公爵を見る。
その顔は堪えきれない、と笑っている。
嘲笑っている。
悦んでいる。
その肢体は自分で戦う事がないのだろう、傷が見当たらない、事務ばかりをやっている体。
その服はとても豪華。金の刺繍や、純白の生地で綺麗に彩られている。
いつか、何年か後でもいい――これを壊そう。
俺は決めた。誓った。
自分の、傷だらけの肢体に誓った。
/////
〜カグヤ視点〜
潜入成功。コレン公爵家の騎士に配属された時、そう思った。
やっとだ。やっとルイを助けに行ける。
もしかしたら私が助ける前に、ルイなら逃げてしまうんじゃないかと思ったが、流石にそんな事はなかった。
私はドア前の警備をやる事になった。どうやらあの部屋の番は相当信頼されていないと配属されないらしい。
自分から名乗り出るのも怪しいし、まあ、ここに配属されただけいいでしょ。最初からそんなにうまくいくとも思ってない。
コレン公爵家の屋敷は、最高位の貴族ということだけあって、でかい。
そしてその隣に、小さめの工房がある。コウの工房だ。
とりあえず、ルイの捕まっている部屋がわからないと厳しい。上手く使用人たちから聞き出せればいいんだけど……
配属されたばかりの私より、コウの方が信頼はあるはず。
ということでコウに聞き出させたところ、屋敷の二階の部屋だと言う情報を得た。コウが使用人の女の子に聞いたら、頰を染めながら答えてくれたらしい。
そういえばこいつイケメンだった。忘れてた。
屋敷は一階から三階まで、中央のホールのような所が、吹き抜けになっている。
つまり部屋から出せれば、そこから飛び降りて一階に降りれる。
でも、まだまだ情報も、策も足らない。もっともっと頑張らないと。
コウにもどんどん指示を出す。自分で素材を見極めたいからと、倉庫に行かせた。部屋の前の警備は一人だけだという情報を得た。
私もしたくはなかったが、使用人に色仕掛けをして、中に入れさせてもらったりした。ちょうどご飯を運んでいるところを見れた。
入る時、鍵を開けてからも、部屋の外から檻に居ることを確認していた。逃がさないように徹底しているんだろう。
相当、逃したくないらしい。コレクション公爵なだけはある。だが、公爵は昼間あまり屋敷にいる事は無い。お陰で結構動きやすい。
よしよし、このまま上手くいけばいずれルイを……
だけど、やはり物事はそう上手くは進んでいかないらしい。
それは、五日ごとに行なっている、コウとの集会の時に起こった。コウにこれからの指示を中庭で出している時、唐突に後ろから声が聞こえてきた。
「公爵家の警備ってのはぁ、いいもんだぁ」
振り返ると、恐らく三十代後半の、黒い髭を蓄えた、髪型はオールバックの男性。
その顔はどちらかと言うと事務職的な顔をしており、体型と同じように、スラリとしている。そして着ている黒のコートは地面につくほどの長さ。手には黒い革製の手袋を嵌めている。
そんな男が、コートを引きずりながら空を見上げて何事か呟いていた。
「収入は高いし、何より安全だぁ。あの男に言われた通り、誰も逃さなければ食いっぱぐれるなんて事もないぃ」
あの男、と言うのは恐らく公爵だろう。
「まぁ、A級冒険者ともなれば、食いっぱぐれるなんて事は、まずないんだがなぁ」
A級冒険者。
今この男はそう名乗った。いや、名乗ってこそないがそう仄めかした。と言う事は、この男が―――
「と言うわけでなぁ。俺は奴隷らを逃がすつもりはない訳、だ」
コレン公爵家屋敷を警備しているA級冒険者。
「お前らはぁ……」
――一法のレイリー。
「どうするんだぁ?」
光った、と幻視してしまうほどの鋭い眼光で睨まれ、空気が歪むほどの殺気が叩きつけられる。空気が変わった。
足が震える。まともに立てず、尻餅をついてしまう。
隣からもドサッという音がした。コウもそうなったんだろう。
カチカチと、自分の歯がぶつかる音がする。
――殺される。そう思った時、私はその場から逃げ出していた。
が、逃げ出した途端急に視界が反転した。それと同時に背中に強い衝撃が走る。
え? 何が起きた?
数秒経ってから、今自分が仰向けになっている事を理解した。
ああ、転ばされたんだ、一瞬で。
どうやったのかも分からないけれど。
ザッ、ザッと言う足音が頭上から聞こえ、視界上に、渋い男の顔が入って来る。
「俺もなぁ、この歳になって殺したくもない奴を、この手にかけるなんてしたくはないんだぁ。それも可憐で、礼儀の正しい女の子ときた」
「はぁっ…! はぁっ…!」
圧迫感で、威圧で、鼓動が速まる。息が、上手くできない。
「助け出したいのは、お前にとって親友かもしれない、恋人かもしれない、はたまた恩人。いや、もしかしたら生き別れの兄弟なんて事もぉ、あるかもなぁ」
男は、表情も変えずに淡々と話す。
「例えそうだとしても、辞めさせられたくはないんでなぁ。万が一は無くして起きたいもんだろう?」
――辞めておけよぉ……
男はそう言い残して去って言った。その後も私は、暫くは震えが止まらず、立つ事すらままならなかった。だがそれでも、頑張って上体を起こす。
背中が痛い。今はこれだけで済んでいるけど、もし本当に脅威だと思われたら……?
想像しただけでブルリと体が震える。手で体を抑えても震えは止まらない。
コウも過呼吸気味になって、目の焦点が合っていない。
でも、
それでも、私は―――
/////
〜コレン公爵家の騎士〜
「なんか外に、白い、人型の化け物が出たらしいな」
空っぽな夜中の屋敷の廊下に、そんな声が響き渡る。
「ああ、魔法研究所で、例の女がやらかした結果らしいぞ。紫色の一つ目をした巨人って話だな」
「本当か! 何かやらかすんじゃないかとは思っていたがなぁ……」
「なんでも、上級騎士たちや、B級冒険者たち、A級まで出張って、総出で倒したんだとさ。
その化け物の出す紫色のモヤが厄介で、いろんなものを腐らせるんだと。魔法でもなんでも」
「うへぇ……そんな厄介なのと戦うなんて、帝国騎士どもも大変だなぁ」
片方の男が、顔をしかめる。
「そんでな、その死体があまりにもでかいってんで、スラムの奴らに食べさせて処理する事にしたらしいんだがな?」
話す男の身振り手振りが段々と大きくなっていく。
「それがもう、食った奴が片っ端から苦しみ始めてよ。体が段々と腐っていって、絶命するらしい」
「うへぇ………」
「そしてその様を見たコレン公爵様がな、処理を名乗り出たんだとよ」
「はぁ? 奴隷に食べさせるためか? そんなの全員死ぬだろうよ」
「さてな、一人くらいなら大丈夫だとでも思ってんじゃねぇか?
一年前に入った奴は、天才とかって呼ばれていたらしいし」
「うわぁ……気の毒だな、そいつ。俺はそんな死に方だけは絶対に嫌だね」
「ああ、違いねぇな」
そして二人は、夜の警備を続ける……
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