魔導大会開催
「これはまた・・・」
週六日の登校義務を終えて、一日の休息を得たあとの翌日。レアルは目の前の掲示板に張り出されている紙を眺めていた。
張り出されていた紙は今日の魔導大会の対戦表だ。
魔導大会に参加するのは全部で三十二人の二年生、三年生の生徒。参加している数は三年生の方が多い。今日の午前から夕方にかけて予選の一回戦と二回戦を行い、明日に上位八名による決勝トーナメントを行う予定だ。
二日間かけて行われるのでその間の授業は休みだ。多くの生徒たちは闘技場に足を運んで魔導大会の見物に来ている。この二日間の行動は特に制限されていないので自室で休んだり、どこかに出かけたりすることも可能だ。
レアルにとっては授業が休みというのは願ってもないことなのだが、今日は生憎授業よりも面倒なことがある。
依頼承諾の際に提示された魔導大会の参加、レアルにとっては編入試験のようなものだ。
これには低ランク魔導師であるレアルをなぜ編入させたのか疑問に思っている教師たちと、レアルが学院に来た理由を知っている教師たちの不満を解消するためでもある。
なのでレアルはその教師たちを認めさせるだけの実力を示さなければならないことを意味している。
優勝する必要はない(レアルはそこまで頑張るつもりはない)が、かといって無様な成績を晒すわけにもいかない。
どの程度の実力を示せばいいか分からないのでレアルはどうしようかと悩んでいたのだ。
その悩みに事情を知らない教師たちは含まれていない。彼らはDランクであるレアルが魔導師として戦えることが分かれば納得するからだ。
問題は事情を知っている教師だ。先日あったベルグラントも見ていて分かるが実力は相当のものだろう。あれくらいの教師が他に数名いるなら、もしこの学院が貴族狩りの対象となっても問題はなく対処できるはずだ。
なので、ここでレアルが活躍しなければ普通に解雇ということもあり得る。主な依頼は噂の調査であるが有事の際の護衛を外されたらこの学院にはいられなくなる。
そうなるとあそこの図書館の利用も難しくなるのでそれは避けたかった。
そして、目の前の掲示板はそのことで悩んでいるレアルにため息を吐かせるだけの効果を持っていた。
「爺さんもちょっとせっかち過ぎるんじゃないか?」
対戦表の左端、そこには第一回戦の選手の名前が書かれていた。
“一回戦 第一試合
レアル・フリーシア 対 ローレンス・カルフ”
『なるべく、早く依頼を熟して欲しいという催促ではないのか?』
レアルは本来の依頼である貴族狩りの調査をまだ一度も行っていない。それは先ほど言った教師の不満や魔導大会で実力を測ること終えていなかったからまずはそちらを済ませようと考えたからだ。
学院長にこのことは伝えてあるので職務怠慢ではない。
「それにしても、あからさまに仕組んでるだろ」
今のレアルの境遇を知ってか知らずか、いや、知っているからこそこの組み合わせにしたのだろう。
『名誉挽回の機会を与えられたと思えばいいではないか』
「いや、こいつに勝っても俺の評価が回復する保証はないぞ。むしろ、なんで勝てたのか疑われそうだ」
『どうせなら、完膚なきまでに叩きのめしてやれ。そしたら、教師どもも納得するだろう。その後は棄権でもすればいい』
「一回戦目から本気って疲れるんだけど。これ以上目立つのも嫌だし、ほどほどにくらいでいいじゃん」
『私はお前が馬鹿にされて腹が立ったのだ。それくらいはやれ』
「どんな理屈だよ」
二クスに恥ずかしげもなく言われた言葉にレアルは呆れる。けれど、それと同時に少し嬉しくも思った。
どんな時であろうと彼女だけは自分の味方でいてくれて、無条件に優しさをくれる。レアルはそれを感じて少しだけ安心した。
「始まったら、やるだけやるさ」
『・・・・・』
「ん、どうした?」
『・・・・・』
「おーい、二クス」
『・・・・・』
「あれ、おかしいな?急に黙り込んでどうしたんだ?」
突然、二クスが応答しなくなった。レアルは何度も呼びかけてみるが結果は同じだった。
「何がおかしいの?」
「うあっ」
今度は後ろから声を掛けられてレアルは驚いた。もしからしたら先ほどの会話を聞かれたかもしれないと思い、ぎこちなく顔を向けた。
するとそこにはアイシャとユーナが立っていた。
「おはよう」
「おはようございます」
「お、おう、おはよう」
挨拶をされたのでレアルもつられて返した。
「さっきから掲示板に向かってぶつぶつと言っていたけどどうかしたの?」
「え、あ、いや・・・えっとな」
二クスが黙ったのはこの所為か。けれど、今はレアルの頭の中で声が聞こえるだけなので二クスが取った行動には特に意味はなかった。
と、そこでレアルは二クスにからかられたことを確信した。
「ちょっと面倒なことを思い出して、それをどうしようか考えてたら声に出たんだろう」
「そう、その癖は直した方がいいわね。ユーナに頭がおかしいと思われるから」
「え!?わ、私思ってませんよ、そんなこと!!」
慌ててアイシャに言われたことを否定するユーナ。アイシャはユーナをからかうのが好きなようだ。
「その格好で出るの・・・?」
「ん、何かおかしいか」
レアルの今の服装はこの学院の制服ではなく、旅をしていた時に来ていた服だ。大会に参加する服装は特に決まりはなく、問題はない。
「おかしくはないのだけれど・・・・」
「そんなに軽装で大丈夫なんですか?」
ユーナは心配そうに聞いてくる。
レアルはそれを聞いて彼女たちが何を心配しているのか分かった。
レアルが来ているのは単なる服で鎧など身を守るためのものは装備していない。学生の大会と言えど、魔法が飛び交う競技だ。防具くらい身につけるのが普通である。
「一応、外套もあるけど・・・」
「それでも今と大して変わらないでしょ」
「そもそも鎧とか持ってないし、鎧ってがちゃがちゃして動きずらいから」
「え、でも、危ないですよ」
「まぁ、何とかなるだろ」
心配してくれている彼女らに対してレアルは能天気な反応を見せる。
「本当にやる気あるのかしら?」
「鎧を付けなきゃやる気がないってのは違うんじゃないか」
「そっちじゃないわ。思考が楽観的だと言ってるの」
「手厳しいねぇ。臆病風に吹かれるよりはましだと思うけど」
売り言葉に買い言葉のようになぜか言い合いみたいになってしまった。
それを見てユーナは喧嘩をしていると勘違いしたのか無駄に狼狽え始めた。
「なんか、結構気が立ってたりする?」
「この前あれだけ私に言ったのに、あなたが勝つ気があるのかないのかはっきりしない態度を取るから少し注意しようと思っただけよ」
「そりゃ悪かったね。とりあえず負ける気はないから」
「そう、それは良かったわ。なら、嘘つきにならないように頑張りなさい。行くわよ、ユーナ」
「え、あ、はい。頑張ってくださいね」
二人はそれぞれレアルに励ましの言葉を残して大会の会場である闘技場へと向かっていった。
レアルはそれを見送った後、ため息を付いた。そして、少し恨みがましく虚空を見つめた。
「知ってたんなら教えろよ」
『お前の驚いた顔はなかなか良かったぞ。久しぶりに面白いものを見せてもらった』
二クスはクスクスと笑いながら答える。
「面白くねぇよ。危うく、俺は独り言を言う変態になるところだったぞ」
『今更悪評が増えたところでどうにもならんさ』
「いや、そうなんだけどさぁ」
レアルは返す言葉が見つからず、仕方なさそうに呟いた。
「はぁ、もういいや。そろそろ俺らも闘技場に行くか」
『そうだな』
二クスが頷いたのを確認してレアルは歩き出す。
闘技場へと歩いていくさなかレアルは一回戦目の相手の事を思い出して小さくため息をついた。
◇◆◇◆◇◆
「お、レアルじゃねぇか」
「ん、誰だっけ?」
開会式を行うため闘技場の中心に集まっていたレアルは突然声を掛けられて後ろに振り向く。すると、そこにはいつかの食堂であったカイトがいた。
けれど、一度しか会っていなかったのでレアルは咄嗟に名前が思い浮かばなかった。
「カイトだ、カイト・オルフェウス」
「そう言えば、そんな感じの名前だったな。お前も出るんだっけ」
レアルはあの日の食堂で帰り際に言われたことを思い出す。
「そうだ。お前が出るなんて驚いたよ。面倒事には目を瞑る方だと思ってたのに」
「俺もできればその方がよかったんだけど・・・」
「どうした?」
「いや、なんでもない」
レアルは小声で本音を漏らしたが変に勘ぐられては面倒なのですぐに誤魔化した。
「それにしてもみんな強そうだな」
カイトは周りの選手たちを見ながら呟いた。
魔導大会に参加している生徒は二年生より三年生の方が多い。魔法の技量や実戦経験で言えばこの学院の中で最も多いと言える。
卒業すれば、軍に入隊したり、宮廷魔導師になったりするため訓練もしているようで、二年生とは纏っている雰囲気も違う。
けれど、レアルは全ての三年生が強そうだとは思わなかった。
鍛えてきた年数で言えば一番長いだろうが、それはこの学院の中でだけの話だ。比べるとレアルの方がまだ長い。
レアルにしてみれば、所詮は学生で脅威にはなりえない。
「そうだな」
だが、実際にそうとは言えないので話を合わせておく。
まだ、開会式は始まらないのでレアルも少し周りを見渡してみた。
見渡してみて気づいたことだが、三年生の中には女子生徒も何人か参加しているようだ。参加しているとは言っても片手で数えるほどだ。
その中でレアルは一人の女子生徒に目を惹かれた。惹かれたといっても一目惚れとかそういうのではなく、珍しい格好をしていたからだ。
他の女子生徒はローブやマントといった動きにくそうなものを来ているのだが、その女子生徒は鎧を身に付けていた。
鎧と言っても重厚なものではなく、手や足、胸といった急所を守る形で身に付ける簡素なものだった。来ている服もどうやら男物のようだ。
髪はうなじくらいまで伸ばした金髪で背も女子にしては高い方だろう。後ろ姿だったので顔は見えなかった。
「お、そろそろ始まるみたいだぜ」
カイトの声が聞こえたので女子生徒から意識を外した。見てみると入口の方からオズワルドとベルグラントがこちらに歩いているのが見えた。
二人がこちらに到着すると生徒たちは横二列に並び始めた。レアルもそれに合わせて列に紛れ込む。
生徒が並び終えたのを見計らってオズワルドが用意されていた段の上に上がった。
「これより、魔導大会開会式を行う」
ベルグラントの言葉で開会式が始まった。
壇上に上がっているオズワルドの口元に緑色の魔法陣が現れる。風属性の魔法のようだ。
「長々と話をするつもりはないのでの。楽にしておれ」
オズワルドの声が闘技場の中に響く。目の前の魔法陣は声の振動を増幅しているようだ。
「まずはこの大会にこれだけの人数が参加してくれたことを嬉しく思う。わしは普段の君らを知らんのでな。このような機会を楽しみにしておった。今日は諸君らの培ってきた経験、学んだ知恵、鍛えた実力を遺憾なく発揮し、素晴らしい試合を見せておくれ。そして、今日という日の経験を自らの糧とし、日々の修練にさらに邁進できるよう願っておる。以上だ、それぞれに期待しておるぞ」
オズワルドは挨拶を終えると壇上から降りた。
そして、次に壇上に上がったのはベルグラントだった。
「それでは、今から魔導大会のルール説明を始める。大会は一対一のトーナメント方式で行う。本日は予選を行い、勝ち上がった八名が明日の決勝トーナメントに出場することができる。武器や防具についてはとくに制限は設けない。試合中は配布していた指輪を必ず身に付けておくこと。身に付けていない場合は失格と見做す」
レアルは事前に渡されていた指輪に目を落とす。指輪には細い鎖が通されていてレアルの首にかけられている。
「相手を気絶させるなどの戦闘不能状態に追い込めば試合は終了。そして、相手の指輪を破壊した場合も終了とする。その場合は指輪を壊された方が負けとする。試合の途中で棄権するのも可能だ」
相手が強くても隙をついて指輪を壊せば勝てるようだ。二年生と三年生の実力差を埋める措置だろう。
「相手を死に至らしめる攻撃は禁止。故意にその行為に及んだ場合も失格とする。毒といった危険な薬品を使うのも禁止だ」
魔法を撃ち合うこと自体が危険なのだが、魔導師は本能的に体の周りに薄く魔力を張って身を守っている。これはすべての魔導師に共通している。その魔力は魔法の威力を軽減してくれたり、物理攻撃も防いでくれたりする。意識して魔力を流すことでより強固にすることも可能だ。なので多少魔法に当たったくらいではどうということはないのだ。
「もし危険行為をした場合は審判が止めに入る。けれど、それが間に合わなかった場合の措置として指輪の機能を使ってほしい。この指輪は魔力を流すことで攻撃を防ぐ障壁を張ってくれる。ただし、それが使えるのは一度きりだ。それを使えば指輪は壊れていしまう。もしもの時はそれで身を守ってくれ。説明は以上だ。質問はあるか?」
すると、一人の男子生徒が手を上げた。
「もしもの時以外に指輪の機能を使えばどうなるのですか?」
「その時は降参と見做し、失格とする」
極力自分の身は自分で守れと言うことだろう。
「それ以外質問はないな。それでは開会式を終了とする」
開会式が終わり選手たちはぞろぞろと動き出した。自分の試合の準備や試合の観戦などするため控室に戻って行っている。
すると、またカイトが声を掛けてきた。
「レアルって確か第一試合だったよな?」
「ああ、そうだが」
「それじゃあ、俺はじっくり観戦させてもらうとするぜ。楽しみにしてるからな。頑張れよ」
短い言葉を交わしてカイトと分かれた。観戦するために上に行くのだろう。
「さて、頑張りますか」
レアルは少し気合を入れて控室へと戻った。
◇◆◇◆◇◆
開会式が終わって闘技場の中はいよいよ始まる大会に期待が高まり、より一層ざわめきに包まれた。
闘技場は円形で周りからだんだんと中心に向かって階段状に低くなっている。中心部は丸く陥没しており、そこで選手たちが闘うことになっている。
その周りは観客席となってほとんどがほとんどの場所が人で埋め尽くされていた。今日は魔導学科だけでなく、一般学科も授業は休みなのでその生徒たちも見に来ているのだろう。
観客の数は魔導学科と一般学科の生徒を合わせて千人は超えているだろう。
観客席ではこれから始まる試合に期待の花を咲かせて友人たちと騒いでいるものがほとんどだ。
そんな中、別のざわめきに包まれている場所があった。そのざわめきの中心には先ほどレアルと別れたアイシャとユーナの姿があった。
彼女らの周りはあまり人はよっておらず、間隔を空けていた。
その理由はアイシャが近づきにくい存在であるのだが、それでも学院の有名人とお近づきになれる好機。周りの生徒は隣に寄っていくべきか、そのまま距離を保つか迷っていたのだ。
アイシャはそんな視線に胸のうちでため息を付いた。入学当初から続いていることなので慣れたといってもこれだけ大勢の人から視線を向けられればため息の一つや二つは付きたくもなる。
「アイシャ様、大丈夫ですか?」
そんなアイシャの様子を見てユーナは心配そうに聞いてきた。付き人兼護衛をしているのでアイシャの心境の変化には結構敏感なようだ。
「ええ、大丈夫よ。心配しないで」
ユーナを安心させるためアイシャは少しだけ微笑んで答える。この程度の事でユーナを心配させることは悪いと思ったのだろう。
アイシャは公爵家の一人娘だ。なので、幼いことからこういった視線やこれよりもっと不快な視線を向けられたこともあった。
アイシャ自身、そういったものを向けられるのは仕方ないと思っていたし、一々感情を揺らがせていてはキリがないと感じていた。
なので、こんなことで弱気になってはダメだと改めて自分に言い聞かせた。
「ちょっと隣いいかい?」
すると、横から声が聞こえたのでアイシャはそちらに顔を向けた。そこにはカイトがいた。
「別に構わないわよ」
断る理由もないのでアイシャは素直に席を勧めた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「あなた、もしかして大会の選手なのかしら?」
「ああ、よく分かったな」
「服が違うもの」
「あ、本当だ」
カイトは単純なことに気づかなかったことを恥じるように頭をかく。カイトの服装は戦闘の妨げにならないような動きやすい服を着ている。
「こんなところで油を売っててもいいの?」
「敵情視察ってやつだよ。こっからの方がレアルの試合がよく見えるからな」
「レアル?彼と知り合いなの?」
アイシャがカイトの言葉に食いついた。
「お、やっぱ気になっちゃうか?」
「そういう言い回しは誤解を招くからやめて」
「悪いな、気を付けるよ。まぁ、知り合いって言っても食堂で一回話しただけだけどな」
「その割には随分親しいように見えるけど」
「俺が仲良くやろうって言ってるんだ。向こうはまだ煙たがってるけど」
アイシャはその言葉を聞いて驚いた。あの噂を聞いてレアルと仲を深めようとする人物がいるとは思わなかったからだ。
「何故、彼と?」
「ん、そうだなぁ。なんていうか、違うからかな」
「違う?」
「そう、雰囲気が他のやつと違うっていうのかな。よく平民を見下す貴族がいるから俺のこと見て怯えるやつがいるんだけど、あいつは全然そういうのないし、普通に話してくれるしな。あんただって、だからあいつを気に入ってるんじゃないか?」
「え・・・・」
カイトは突然アイシャに問いかけてくる。その所為ですぐに言葉を返せなかった。
しばらくアイシャは何も答えないまま視線を落とした。そして、頭の中でどうしてあの時食堂でレアルに声を掛けたのか思い起こしてみた。
「・・・・そうかもしてないわね」
静かに呟かれた言葉を聞いてカイトは満足げに笑みを浮かべた。
「お、そろそろ始まるみたいだな」
カイトの声を聞いてアイシャは対戦場に目を向けた。
そこにはちょうど一試合目の選手である、レアルとローレンスが入口から出てきているところだった。
「どんな試合になるのか、ん、あいつ・・・」
◇◆◇◆◇◆
試合開始時刻となったのでレアルは先ほどいた対戦場へと足を踏み入れた。
ローレンスもちょうど反対側の入り口から入ってくるのが見えた。全身に重厚な鎧を身に纏って、腰には剣をさしている。
『両者とも中央に集まってくれ』
どこからともなくベルグラントの声が聞こえた。先ほどの声の振動を増幅する魔法で語りかけてきているようだ。
「どうやら、逃げずに来たようだな」
「参加するって言ったのに来ないのはおかしいだろ」
「まぁいい。これで宣言通り、貴様を叩き潰せる」
「はいはい、宣戦布告が無駄にならなくでよかったな」
レアルが皮肉を言ったのでローレンスの顔が険しくなる。
『両者、揃ったようだな。では、まず対戦者を紹介する。第一試合の対戦者は二年魔導学科、ローレンス・カルフ、同じく、二年魔導学科、レアル・フリーシア』
レアルの名前が呼ばれた途端、闘技場には様々な野次が飛び交った。
「貴様武器はどうした?」
すると、ローレンスが聞いてくる。
レアルは今武器は持っておらず、ほとんど丸腰の状態だ。準備したものと言えば外套くらいしかない。
「俺は魔導師だからな。魔法使って闘うんだよ」
「Dランクの魔法で何ができる。大方、武器を用意できなかった言い訳だろう」
ローレンスは勝手に決めつけ、嘲笑う。
『それでは、これよりエールトリス魔導学院、魔導大会第一試合を開始する!!』
「すぐに決着を付けてやる!!」
ローレンスは腰の剣を抜き放ち、切先をレアルに向ける。
すると、ローレンスの前に茶色の魔法陣が現れる。ローレンスが使うのは土属性の魔法のようだ。
【土塊針】
魔法陣から出てきたのは五つの土でできた針だ。針と言っても人の腕の太さくらいあるものだ。
【土塊針】はまっすぐレアルの方へと飛んでいく。
けれども、レアルは避けなかった。避ける必要はなかったのだ。
それを見ていたものすべてがレアルに【土塊針】が当たると思っただろう。
だが、レアルは無傷だった。
代わりに観客やローレンスの表情が驚きに変わった。
それはレアルの手に一本の剣が握られていたからだ。レアルはその剣を振るって【土塊針】を切ったのだ。
握られている剣は鉄や銅といった金属でできたものではない。刀身から持ち手の部分まで全て透き通った水晶のようなものでできていた。
その長剣はレアルが隠し持っていたものではない。レアルが腕を振るうとすでに握られていたのだ。
何もないところから剣を生み出したのだ。
「な、何だ!?どこにそんなものを!!」
ローレンスは突然現れた長剣を見て狼狽した。
「言っただろう?魔法を使って闘うって。この剣も魔法だよ」
「剣を生み出す魔法だと!?そんなもの聞いたことないぞ!!出鱈目を言うな!!」
「みんな知ってると思うんだけど。まぁいいや。今は説明する必要なんてないしな」
今度はレアルが攻撃に出た。
少し体を屈め、長剣を両手で握る。
すぐに距離を詰められたローレンスは咄嗟に剣を振り下ろした。
だが、その剣はレアルが振るった長剣によって弾かれる。
剣自体は手放さなかったものの、ローレンスは大きく体勢を崩されてしまう。
レアルは体を回転させて長剣の腹の部分でローレンスを殴った。
「がはっ!?」
攻撃を受け止めた腹部の鎧は大きく凹み、ローレンス自身も後ろに弾き飛ばされてしまった。
ローレンスは何度か転がって停止する。
「意外と吹っ飛んだな」
レアルは弾き飛ばしたローレンスを見ながら呑気なことをいう。
「ごほっ、ごほっ、貴様よくもこの僕を・・・!?」
「いや、よくもって試合なんだから」
「黙れ!!平民風情が僕を気づ付けたことを後悔させてやる!!」
転がっている間に口を切ったのか少し血が流れている。鎧も土まみれとなって薄汚れていた。
立ち上がったローレンスは手を前にかざす。
すると、地面に巨大な土属性の魔法陣が現れた。
「大地よち生まれし胎児よ、我が僕となり、その力を振るえ!!」
【土人形】
魔法陣からはいつものも土の塊が出てくる。土の塊は空中でさらに固まりながら大きさを増していく。やがてその塊は人の形に変貌した。
【土人形】は人の形を成すと、ズシンという音を立てて地面に着地する。
大きさはレアルの身長を二倍して少し足したくらい。
「結構でかいの作ったな」
「今更謝っても遅いぞ!!行け!!」
ローレンスの指示で【土人形】がレアルに向かってくる。
土でできた拳を握りしめ、レアルを殴ってきた。
レアルは後ろに飛んでそれを躱す。
代わりに殴られた地面は大きく抉られて土煙をまき散らした。
見かけによらず速さもあるようだ。
「踏み潰してしまえ!!」
【土人形】は地面を蹴り、大きく飛び上がった。着地地点はレアルの頭上だ。
巨体が落下して地鳴りと轟音が闘技場に鳴り響いた。
大量の土煙に包まれてレアルの姿は見えない。もしも、下敷きになっていたのなら即死だろう。
ローレンスの顔に笑みが浮かぶ。
だが、それはすぐに収まった。
土煙の中から何かが飛び出す。
それはレアルだ。常人ではありえないほど跳躍している。魔法による肉体強化をしているのだろう。
レアルは【土人形】の方の部分に着地して長剣を後ろに構える。
すると、長剣は光が消えるように弾け、別の形へと変わった。
細長い柄に先端が円柱状に太く大きくなっている。
「砕けろ!」
一瞬にして完成した大槌をレアルは思いっきり振りぬいた。
大槌は【土人形】の頭部を見事に粉砕した。
頭部を粉砕されたことによって【土人形】が体勢を崩して後ろに倒れた。
レアルは【土人形】が倒れる前に飛び降りて地面に着地する。
着地したと同時にレアルは大槌をまた長剣へと変える。
そして、盛大に倒れる【土人形】を尻目にレアルはローレンスとの距離を詰めた。
【土人形】を倒されたことによって唖然としていたローレンスは反応が遅れた。
レアルは長剣を振り下ろしてローレンスを目にも止まらぬ速さで切り裂く。
だが、切り裂いたのはローレンスが来ていた鎧だけだった。
鎧の中から首に下げていた指輪が出てきた。
レアルは迷わず飛び出してきた指輪を真っ二つに両断した。