理由
どさっ、という音を立ててローレンスが尻餅をつく。彼の前には真っ二つに切り裂かれた指輪が落ちている。
勝敗はあっさりと決した。
ローレンスも、周りの観客も、みんな唖然として歓声は沸かず、寝静まっているように静寂に包まれていた。
それもそうだろう。これは誰も予想しえなかったことなのだから。
ほとんどの観客はローレンスが勝つと思っていた。Dランク如きの魔導師が勝てるとは思わなかった。
けれども、現実は違う。レアルは勝ったのだ。
『勝者 レアル・フリーシア』
闘技場の中にベルグラントの声が響き、試合終了の合図となる。
それと同時に闘技場の中にどよめきが広がった。
レアルは手に持っていた長剣を手放す。長剣は手から離れるとすぐに砕けて消えてしまった。
「そんな・・・・何で・・・僕が・・・」
試合に負けたローレンスは目を見開いたまま消え入りそうな声で何度も呟く。レアルに負けたことが自分でも信じられないのだろう。
もしかしたら挫折したのが初めてなのかもしれない。
あれだけいつも自信満々だったのだ挫折なんて知らないだろう。もしくは挫折するようなことは避けていたのかもしれない。
もしも、そうなら本人にとって挫折のショックは相当のものだろう。何せ、自分が見下していた相手に自尊心をへし折られたのだから。
だが、そんなものはレアルの知るところではなかった。
試合に勝ったのでもうここにいる必要はないと判断したのかレアルは入口の方に戻ろうとした。
けれど、立ち去ろうとしたレアルに向かってローレンスが叫んだ。
「イカサマだっ!!」
それを聞いてレアルはうんざりした様子で振り返る。すると、ローレンスはよろよろと立ちあがってレアルを睨みつけてきた。
「一応聞くけど、何でそう思うわけ?」
「僕はBランクなんだぞ!?貴様のようなDランクの屑に負けるはずないんだ!!だから、貴様が何か卑怯な手を・・・」
「はいはい、要するに理由はないわけだ」
レアルは大体の言いたいことは分かったので強制的に会話を打ち切った。
これはローレンスがただ負けを認めたくないから悪あがきをしているに過ぎない。ただの負け惜しみだ。
そうと分かれば、もう相手にする必要ないないのでレアルは再び立ち去ろうとする。
「勝敗について言いたいことがあるなら俺じゃなくて審判に言え」
そんなレアルの態度を見て、ローレンスは自分を馬鹿にしているのだと勘違いした。
優位な立場にいたと勘違いしていたローレンスの自らの立場が崩れ去った喪失感をレアルに対する理不尽な怒りへと変えた。
湧き上がる怒りはやがて衝動となり彼の体を動かす。
ローレンスは迷うことなくゆっくりと落ちている剣を手に取った。
「うあああああああ!!!」
そして、絶叫とも呼べる声を上げながら背を向けるレアルに向かって斬りかかった。
この光景を見ていた観客は顔が青く染まったに違いない。
けれど、またも観客の予想は裏切られる。
絶叫を聞いて振り返ったレアルはとくに驚いた様子はなく、さきほどと変わらない面倒くさそうな顔をしていた。
必死の形相で迫ってくるローレンスを見ても表情の変化は見られない。
自らに振り下ろされようとしている剣をレアルはローレンスの手を蹴りあげることで防いだ。手放された剣は宙を舞って地面に突き刺さる。
ローレンスは蹴られた手を押さえて攻撃を中止した。
だが、レアルの行動はまだ終わっていない。
レアルは前へと踏み出し、ローレンスの口を塞ぐ。そして、そのまま背中からローレンスを地面に叩きつけた。
叩きつけられたときローレンスは悲鳴を上げたが口が塞がっていたのでぐぐもった声となってほとんど聞こえなかった。
「一回ぶちのめされなきゃ分からないって言うなら続けてやろうか?」
押さえつけているローレンスに普段より低い声でレアルは言った。
その時ローレンスに浮かんだのは恐怖だ。脅された恐怖に怯み、ローレンスは目元を潤ませた。
『そこまでだ。試合終了後の戦闘行為は禁止されている。両者ともすぐに控室に戻るんだ』
見かねたのかベルグラントが仲裁に入ってきた。
レアルにはこの後ローレンスを同行するつもりはなかったのだが、傍から見ているだけではそんなことは分からないだろう。
仲裁も入ったのでレアルは素直にローレンスの口元から手を放した。
その後は一度も振り返ることなく控室に戻った。
◇◆◇◆◇◆
「あなた本当にDランクなの?」
「何だいきなり」
一試合目を終えたレアルは夕方まで試合がないので図書館で時間を潰していた。
すると、すぐに昼となってしまったので食堂でいつもの日替わりランチを頼んで昼食をとっていた。
そんなレアルのところにやってきたアイシャは出会いがしらにそういってきた。
「とりあえず、座る?」
レアルに促されてアイシャは席に座った。その隣に付き添いであるユーナを座る。
そんな二人を見て、また変な噂が立ちそうだなとレアルは考えてしまった。
「エテオクレスもDランクの俺が勝ったことが不満なのか?」
「そんなことはどうでもいいの。私が気になるのはあなたの使った魔法よ」
アイシャはレアルの勝利をどうでもいいの一言で一蹴してしまった。
「おい、レアル。お前の使った魔法ってなんなんだ!?」
と、そこでカイトが大声を上げてレアルに歩み寄ってきた。レアルに会いに来た内容はアイシャと同じようだ。
「また、面倒なのが・・・・」
「ん、何だ?お前、またお嬢様と昼飯食ってんの?」
「いや、俺が昼飯食ってるときにエテオクレスが来ただけだ」
「何にもないって言ってた割には仲がいいんだな」
「変な勘違いをするな。もういいから、お前も座れ」
カイトも加わったことで一人だった昼食がやけに賑やかになってしまった。まぁ、昼食をとっているのはレアルだけなのだが。
「てか、何でわざわざ魔法のこと聞きに来てんだよ。お前らそんなに魔法大好きなのか?」
「違うわ。あなたが誰も見たことないような魔法を使うから気になったのよ」
「誰も見たことない魔法、ねぇ」
はっきり言ってアイシャの言った言葉はレアルの使った魔法には当てはまらない。誰も見たことがない魔法というのは『古代魔法』とかが該当する。
けれど、レアルはそんな魔法は使えない。もっと言うと、誰もが見たことある魔法ぐらいしか使えないのだ。
「俺はそんなもん使えないよ。俺が使った魔法はみんな知ってると思ったんだけどなぁ」
「え、で、でも、剣を作り出す魔法なんて聞いたことありませんよ」
ユーナがレアルの言葉に反論した。
「そんな魔法使えるなら俺はDランクなんて評価は貰ってないな。それにあれは剣を作り出したわけじゃない」
「じゃあ、武器を作る魔法なのか」
カイトはレアルが長剣を大槌に変えたことを思い出したのだろう。
「それじゃあ大して変わってないだろ。あれは何かを作り出してるわけじゃないって言ったんだ」
三人はさらに困惑する。誰でもあんな魔法を見れば剣を作り出しているようにしか見えないだろう。
「もったいぶってないで教えてくれよ」
カイトは我慢が出来なくなったのか、とうとうレアルに魔法の正体を聞き出そうとした。
「わざわざ話してやってるんだからちゃんと自分で考えろ」
レアルは三人が考えている間に昼食を腹に入れることにした。
「誰もが知っている魔法で、Dランクでも使えて、何かを生み出しているわけでもない」
アイシャはレアルが言った言葉を呟きながらどんな魔法なのかを推測する。自分の知識の中から条件に合うものを探し出す。
すると、一つ可能性が浮かび上がってきた。けれど、その可能性はアイシャにさらに疑問を抱かせた。
条件には合っているが、本当にそんなことが可能なのかという疑問が頭の中に広がる。そう思ってしまうほど、その魔法は簡単なものだったからだ。
「何か、分かったかな」
すると、レアルが突然そんなことを言う。
アイシャはその言葉に驚いた。彼女は普段自身の感情の揺らぎや思考などを他人には見せないようにしている。もし、見せたとしても余程親しい人ぐらいしか分からないようなくらい乏しい。それをあって間もないレアルに見抜かれたとなると内心穏やかではないだろう。
「少し候補が浮かんだだけよ」
アイシャは驚いたことは見透かされないように言い返した。
「アイシャ様は分かったんですか?」
「どんな魔法なんだ?」
アイシャは候補が浮かんだだけと言ったのだが二人は魔法の正体が分かったと勘違いしてしまった。まだ、何も分かっていない二人に期待の目を向けられてアイシャは仕方なく考えた候補を言うことにした。
「あなたの使った魔法って『基礎魔法』なんじゃないかしら」
「やっぱり頭が良いんだな」
レアルの言葉は正解と受け取ってもいいだろう。
「え、『基礎魔法』?」
「何でなんですか?」
魔法の正体が明かされたが二人はまだ納得できていないようだ。
そんな二人のためにアイシャはそう思う理由を話し始めた。
「さっき思い出したのだけど、レアルが魔法を使ったとき魔法陣は現れなかったの」
魔法はこの世界の理とは別のもの。それはもともとないものなので普段はどこにも存在していない。
魔法というのはこの世界にその別の理を投影してやることで発動することができるのだ。そして、投影された別の理を表したものが魔法陣となる。
魔法陣は魔法の設計図の役割も果たしていて、多様な効果を生み出せるのはそのおかげだ。
魔法を発動するときには魔法陣が必ず現れる。
だが、例外として『基礎魔法』には魔法陣は現れない。
それは『基礎魔法』は魔法を発動するための別の理を必要とせず、何か他のものを代用しているのではないかと考えられている。だが、その代用している何かというのは分かっていない。
「『基礎魔法』の中に魔力の形質化があるのは知ってるわね。それがレアルの魔法の正体よ」
アイシャは手のひらに小さい水晶の石のようなものを作り出す。それはレアルの使った長剣とよく似た物質だった。
『基礎魔法』というのは魔法を発動するというよりも、魔力を操っているという言い方の方がしっくりとくる。
アイシャが言った魔力の形質化というのは、文字通り魔力に形を与えて可視化することだ。普段は空気のように目に見えない魔力だが、これにより物質となって投影されて見たり、触ったりすることができる。
「なるほど、確かに言われてみれば・・・」
「練習用の魔法にそんな使い道があったのか」
アイシャの説明を聞いてようやく二人は納得したようだ。
「ここまで早く正体がばれたのは初めてだ」
「あなたが回りくどい言い方をしなければもっと早く分かっていたでしょうね」
「でも、事実しか言ってないぞ」
アイシャはレアルの言った言葉を思い出してみる。
誰もが知っている魔法――――――基礎魔法なのだから魔導師なら知っていて当然だろう。
Dランクでも使える――――――Dランクでなくても子供でも使える。
何科を作り出しているわけではない――――――ただ、魔力に形を与えているだけ。
確かにレアルは事実しか言っていない。
けれど、アイシャはどれも一言抜けていると思った。わざわざ、妙な言い回しをする必要もないだろうと少し呆れる。
「にしても、練習用の魔法にこんな使い道があったとは・・・・よく気づいたな」
「どうにか使えないか考えた結果だ」
「でも、何でそんなことしたんだ?他にも使える魔法くらいあるだろう?」
カイトが不思議そうに聞いてくる。
それもそうだろう。普通の魔導師ならわざわざ碌に使えない『基礎魔法』を活用しようなどとは考えない。
そんなことを考えているなら別の魔法を覚える努力をするだろう。
「俺は魔法が下手なんでな」
「『属性魔法』を使えないわけじゃないんでしょう?」
「一応使えるが多くないな」
「どれくらいなんですか?」
「俺って風属性の『下位魔法』五つしか使えないんだよ」
その瞬間、場の空気が静まり返った。言葉を聞いた三人は驚いたようにレアルを凝視する。
「いやいや、ちょっと待て。お前ってもしかして魔法覚えたのってつい最近なのか?」
「いや、かれこれ十年くらい前に教わったな」
「十年!?お前十年でそれだけしか覚えられなかったのか!?」
「ああ、これでも苦労したんだぞ」
普通十年もの歳月があれば、すでに一流の魔導師なっていてもおかしくないレベルだ。才能がなくてもBランクくらいにはなっている。
魔法は魔力がないと使えないが、逆に言えば、魔力さえあれば使えるはずなのだ。上手い下手が決まるのは本人の努力次第。
見たところレアルが努力を怠っている様子はない。
なので、五種類の『下位魔法』しか使えないというのは異常な事態だった。
「風属性の、と言っていたけれど、もしかして一種類の魔力しか持ってないの?」
「一応、もう一種類あることにはある、と思う」
「思う?」
アイシャの質問にレアルは曖昧な返事を返した。
「どういうわけか知らないけど、俺の体には闇属性の魔力が流れてるらしい」
「珍しい魔力持ってんだな。だから、髪が黒いのか」
「それは関係ないだろ」
体に宿る魔力は生まれた時の環境や血筋が関係していると言われているが、宿る魔力によって体に何らかの影響がでることはない。
「いや、だってお嬢様も髪黒いからさぁ」
「たまたまだ」
どうやら、アイシャも闇属性の魔力を持ってるらしい。
「それで、さっきの“らしい”って言うのはどういうことなのかしら?」
「闇属性の魔力が流れてるのは確かなんだそうだが、俺一度も闇属性の魔法とか使えたことないんだよ。魔力があることが分かったのも十年くらい前だし、今では本当に流れてるのかも疑問に思えてきてな。もしかしたら風属性一種類だけなのかも」
「闇属性の魔法が使えないのにどうして魔力があることが分かったんですか?」
「この前言ってた俺の師匠が教えてくれたんだ」
こういった魔力の判別などは国の魔術協会などに申請すれば検査を受けられる。加工された透明な魔石に魔力を流し、流した後の魔石の色で魔力を判別するのだ。
けれど、レアルはそんなことはしていなかった。レアルに闇属性の魔力が流れていると分かったのは二クスがいたからだ。
精霊と契約する人は契約する精霊と同属性の魔力を持っていなければならない。
二クスはレアルと契約を結んでいるわけではないが、レアルから魔力を分けてもらって行動している。
分け与える魔力も精霊と同属性でなければならない。
二クスの属性は闇なのでレアルも闇属性の魔力を持っていることが分かったのだ。
レアルは二クスの事を話すつもりはなかったので嘘を付いたのだ。
「何かすっげぇ損してるんだな」
「というか、よくそれで魔導師を目指そうと思ったわね」
アイシャの指摘はもっともだ。
レアルが魔導師になるに至って明らかにデメリットが多すぎる。他の誰かに強制されられているのならまだしも、自ら選ぶ道としては的確ではないだろう。
「まぁ、使えるなら魔導師になるのもいいかなって」
「そんな単純な理由で魔導師になったの?」
「別に不純でなければ理由なんてどうでもいいことだろう」
「え、でも、途中でやめたいとか思わなかったったんですか?」
話を聞いている限りではレアルは魔導師には向いていない。それでも魔導師になることを止めなかったのはそれなりの理由があるのだろう。
「え~と、あれだ。途中でやめるとなんか負けた気になるなぁって」
「嘘ね」
アイシャはレアルの返答を聞いた途端すぐに否定した。普段のレアルを見ている限りではそんなやる気のある台詞は信じられないだろう。
「そんなにすぐ否定しなくてもいいだろ」
「もう少しましな嘘なら否定しなかったかもね」
「で、何で魔導師になろうと思ったんだ?」
魔法の正体を聞きに来たはずのなのにいつの間にかレアルの身の上話を聞き出すことになっていた。しかも結構興味があるようだ。
「別にそんなおもしろいもんじゃないのに。そうだなぁ、しいて言うなら、あの時・・・・」
レアルはどういえばいいか考えているのか少し視線を彷徨わせる。そして、動かした視線を窓の外に向けてぼんやりと外を眺めた。
何となくであるがレアルはどこか遠いところを見ているように見える。
「・・・あの時、決めたからかな」
レアルはふと、そう呟いた。
「決めた?何を?」
「さて、何だろうねぇ」
アイシャが聞き返したが答えは返ってこなかった。
「それじゃあ、もういいだろ。俺はそろそろ退席させてもらう」
「え、まだ、理由聞いてないんだけど」
「そう、押しかけたようで悪かったわね」
「今度からは控えてくれよ」
そう言ってレアルは食べ終わった食器を持って席から離れて行った。
「お嬢様は理由聞かなくて良かったのかよ?」
「私はそこまで興味なかったもの」
レアルが聞いたら文句でも言いそうな言葉だ。
「それに他人の過去を無闇に詮索するのは気が進まないわ」
「何か、俺が悪いことしてるみたいじゃん」
カイトは一人ばつの悪い顔をする。
「聞きたいことは聞けたし、私たちも昼食にしましょうか」
「はい、分かりました」
「俺何頼もうかなぁ」
「あなたもここで食べるの?」
アイシャはカイトの方を見て不思議そうな顔をする。
「いけないのか?もしかして俺って思ったより嫌われてる?」
「そういうわけではないけれど、あまりお勧めしないわ」
「何で?」
「あまり食べた気にならないと思うから」
カイトは言葉の意味が分からず、首を傾げる。
数分後、彼はその言葉の意味を思い知ることとなった。




