第一話 これで、本当に最後にしよう
王立ヴェルデ学園の高等部には、その学年にたった三人しか女生徒がいなかった。
公爵令嬢オクタヴィア・ド・ロートリンゲン。
子爵令嬢ミレーユ・ド・ソレル。
そして私、侯爵令嬢リゼット・ド・アーデルハイム。
三人は入学式で並んで名を呼ばれ、以来三年、同じ講堂で同じ講義を受けてきた。
家格も、髪の色も、得意な科目もばらばらだったけれど、教師たちはいつも私たちを「女子三名」とひとくくりにして名簿を読み上げた。
初めの一年、私は何度もオクタヴィアを誘った。
「オクタヴィア様、午後の茶会にいらっしゃいませんか。図書塔の写本を見ながら、経済史の復習を……」
「結構ですわ」
オクタヴィアは振り向きもせずに答えた。淡い金の巻き毛が、拒絶の形に揺れた。
「わたくし、学業のために馴れ合う必要はないと考えておりますの。馴れ合いは凡人のすることでしょう。学問は一人でするものです」
それは、彼女なりの矜持だったのだと思う。実際オクタヴィアは優秀だった。
筆記試験の順位は常に上位、暗記も計算も速い。公爵家の令嬢として礼儀作法も完璧で、廊下を歩けば下級生がざわめいた。
だから私は、二度、三度と誘い方を変えてみた。
冬の補講に。春の実地見学に。夏の休暇の共同課題に。秋の水路調査に。
答えはいつも同じだった。
「結構ですわ。わたくし、そういうものに時間を割く気はありません」
やがて誘いの手紙には返事すら来なくなった。
廊下ですれ違っても、オクタヴィアの視線は私の肩の少し上を通り過ぎていった。
挨拶をしても、聞こえなかったふりをされた。
三年目の春、私はようやく数えるのをやめた。
断られた誘いは十四回。無視された挨拶は、数えきれない。
「もういいわ、リゼット様」
図書塔の階段で、ミレーユが小さくため息をついた。
子爵家の娘で、癖のある栗色の髪をいつも三つ編みにしている。
三人の中でいちばん家格が低く、いちばんよく笑う娘だった。
「あの方は、わたくしたちを『必要ない』とお思いなのですわ。それならそれで、こちらも無理に引っ張り込むことはありません。……ただ、少しだけ寂しいですけれど」
「ええ……本当に」
階段の窓から中庭を見下ろすと、噴水のそばを、オクタヴィアが一人で歩いていくのが見えた。
背筋の伸びた、綺麗な歩き方。
「私は、あの方が嫌いなわけではないのに……」
誰にともなく呟く。
ただ、扉を叩き続けるには、こちらにも寿命がある。
その日から、私はオクタヴィアを誘うのをやめた。
そして、最終学年の秋、学園に王命が下る。
〈王太子賞〉
正式には「王命実地課題」といい、王家が指定した実在の領地問題に対して、生徒が解決案を提出する。
優秀な案には王太子の名で賞が与えられ、案はそのまま実際の施策として国庫の予算がつく。
学園の三年間で最も重い課題であり、貴族の子女にとっては将来の役職を左右する試金石でもあった。
今年の課題は「西部辺境・シュヴァルツ渓谷における冬季の水不足と疫病の対策」。
単独提出でも、連名提出でもよい。
ただし連名の場合は、全員が着想・調査・執筆のいずれかに実質的に寄与したことを、監督教官の署名付きで証明せねばならない――と、募集要項の第七条にはっきりと書かれていた。
「連名でやりませんこと?」
言い出したのはミレーユだった。
「わたくし、統計と会計は得意ですけれど、現地に行く度胸がありませんの。リゼット様は……行かれるでしょう?」
「行くわ。机の上の数字だけで冬を越せるなら、あの渓谷の人たちはとっくに越えているもの」
念のため、もう一度だけオクタヴィアの寮室の扉を叩いた。
扉は細く開き、公爵令嬢の冷たい青い瞳が覗いた。
「王命課題、三人で組みませんか」
要項の写しを差し出した。
「調査は冬になります。渓谷まで馬車で三日。宿は農家の納屋になるかもしれません。それでも――」
「お断りしますわ」
最後まで聞かれなかった。
「わたくしは単独で提出いたします。公爵家の名に、他家の名を並べるつもりはありません。それに、泥をかぶって農民の話を聞くのが調査だなんて、随分と安い学問ですこと。わたくしは王立文書館の記録で足ります」
オクタヴィアは私の差し出した紙を一瞥し、鼻先で笑った。
扉が閉まると、しばらくそのまま見つめ、それから踵を返した。
……これで、本当に最後にしよう。
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