再会①
「あのさあ……お前って奴は……ホントにさあ…………」
夕暮れの芝の上、魂も抜けたように項垂れる。周囲の、同情と呆れ返りの入り混じった視線に背中を貫かれて、少年は深々溜息をついた。
「いくらでも罵ってくれ……何か本当……自分の不甲斐無さに頭がどうにかなりそう……」
彼の失敗の始まりは、時を半日ほど遡る。
──────────────────────
かつての三王国が盟約を結び、ひとつの大国となって生まれたウェールツディット連合王国。
その王城の隣には、未来の政治や国防を担う子ども達が通う、王立学院が存在した。
昼休み、カレッジの中庭を、まるで心ここに在らずといった様子で腕を組み、顎に手を当て円を描いて歩く少年が一人。
名はマクシミリアン・ライン。彼の生家であるライン家は、一等爵と肩書のつく高位貴族、それも『旧冠』と呼ばれ、祖父の代までは盟約の三国の一つを治めていた家である。
つまりマクシミリアンはこれ以上ないほど由緒正しく高貴な家柄。さらに顔立ちは派手でこそないが整っており、深紫の瞳は誰しもを魅せる。
通常であれば、実に貴族らしく、持て囃される存在だった。
そんな彼をカフェテラスから遠巻きに見るグループがある。
「あいつ何か今日変じゃね?」
「そうか? マクシミリアンはいつも変だが」
「いつも変なのはそうだけどさ、もっと変じゃん」
「三半規管ぶっ壊して遊んでるんだろう」
「あ、落ちてた木の実か何か食って腹痛いのかも」
「公子を何だと思ってるんだい君たち」
そんな風に好き勝手言っているのは、同じくカレッジに通う、マクシミリアンの友人たち三人だ。カレッジに在籍する以上、一定の家格か能力を保証されたエリート候補と言い換えることも出来る。
「じゃあマクシミリアンで賭けして遊ぶか?」
明るい金の長髪を束ねた少年、ベリアスが前髪を払いながら言った。彼はエルリンテン=ウェールツディット家の長子、この国の王子である。
「かかってこいや、今日の晩飯のデザート全部オレのにしてやんぜ」
一番小柄で三編みのアール・ラステンが口悪く答えた。アールはカレッジでも数少ない、教会から推薦を受けた平民出の学生であった。
「またそうやって年下に悪いこと教えこんで……」
長身痩躯で亡霊のような顔をした生徒が、鷲鼻を鳴らす。彼の名前はヴァスト・シュリーマンフェンス。彼の家は代々王城で重役を務める生粋の貴族だ。
ガヤガヤと、本人を差し置いて三人で盛り上がっていたところ、ひとしきり歩いて気が済んだのか、マクシミリアンが友人たちのテーブルへ近寄ってきた。
あれだけ回るとやはり酔ってしまったようで、気分悪そうに席につく。
「何やってんだお前」
アールが端的に訊く。
「自分の尻尾で遊ぶ犬っころみてーだったけど」
マクシミリアンは少し躊躇ってから、慎重に返事をした。これは彼に特有の癖である。
「…………領地の友達がカレッジに来るんだ。編入するって。それで考え事を、ちょっと」
「ラインから? へえ、珍しいな、遠いのに」
「とは言っても悩む要素が無いだろ。何か気まずいことでもあるのか」
「いや…………今日の放課後に会う約束をしたんだよ。でも、その時に何を話したらいいか分からなくて。文通はしてたから、尚のこと話題がない………」
「あー…………君らしい悩みだね」
マクシミリアンが誰かと二人きりになったら、黙りこくって気まずい雰囲気になることくらい想像に難くない。
彼が、笑って、世間話なんかして、握手して終わり!に出来るような器用な人間ではないことは全員よく知っている。
彼は言ってしまえば変わり者の類いである。
良家の子息だというのに、人と話すより、黙って馬や植物の世話をしているほうが好きな男。貴族らしく雄弁に振る舞うことを望まないが、その臆病さが一層、高貴さを引き立てる本物の貴人。それでいて時折、突拍子もないことをする奇人。
気の置けない付き合いをするのはごく僅かながら、しかし彼を悪く言う人もいない、そんな性分なのだ。
「まあ昔の友達ならお前の性格くらい分かってるだろ、上手く話せなくても気にすることないって」
「そうかなあ…………彼女、僕にちょっと期待し過ぎてるところがあるから」
衝撃で静まり返る三人。開いた口が塞がらないベリアス、持っていたペンを落としたヴァスト、ついていた肘がテーブルから滑り落ちたアール。
「女の子なの!? お前の友達が!?」
「君に異性の友達がいるとは思わなかったよ」
「見直したぜマクシミリアン」
「その反応、流石にちょっと傷ついたんだけど」
エリート候補とは言え、皆それなりにお年頃な青少年。こういった話には興味津々である。
ベリアスが咳払いをして、指を差して訊く。
「単刀直入に言ってもしかして恋人か?」
「そんな訳ないだろ、多分向こうは弱っちい弟くらいにしか思ってないよ」
マクシミリアンは少し自虐的な顔で肩を竦める。
なーんだ、と入れ込んだ力を抜くベリアスとアール。ヴァストだけは、(年上か、すごく可愛がられてるんだろうな……)と一人腑に落ちている。
「ま、実際会ってみたら意外と何とかなるだろ! お前はやるときゃやる奴だ、マクシミリアン」
「うーん……頑張る……ます……」
アールの励ましに、自信なさげに唸ったマクシミリアンは、午後の講義の準備があると言って去っていった。
それを見送っていたベリアスが呟く。
「あれ、絶対面白いことになるぞ」
「やっぱそう思う?」
Twitterでちょっとした各種設定を投げています。#初恋のフォークロア で検索するとご覧いただけます。




