第67話
いつもありがとうございます!
「みもりちゃんは中3の時、「大家」に連れて行かれました。」
今も覚えるあの日のことに体を震えるゆり。
ゆりはそのことを自分の人生一大の不覚だと思っていた。
「その時、私は何もできませんでした。」
家に帰ったらみもりが「大家」の次期後継者として選ばれたこととそのためにあの家に連れて行かれたという話を父の「緑山康紀」から伝え聞いた。
「みもりちゃん…!」
いくら走ったのかあまり覚えてない。
だがみもりの家のドアを開けた時、泣いていた彼女の母の顔だけは今もはっきり覚えていた。
「お義母様は私を抱いてしばらくずっと泣かれました。そしてずっと謝れたんです。ごめんね、ゆりちゃんって。」
娘を取られてしまった悲しみとその娘のことが大好きだった幼馴染の子への罪悪感。
その全ては彼女の心を押しつぶし、切り裂いてしまったが
「大丈夫です。みもりちゃんは必ず私が取り戻しますから。」
ゆりには悲しんでいる暇も、そういう余裕も持ってなかった。
世界政府「国際平和理事会」の人界側の高位官僚として世界平和のため一生懸命働いている彼女の父は早速「大家」からみもりを取り戻す方法を練り始めた。
「大丈夫だ、ゆり。みもりちゃんは必ず父さんが取り戻してみせる。」
そう言いながら親友であるみもりの父の尽力を尽くした彼女の父はそれから半年後、約束通り無事に「大家」から娘の大好きな幼馴染の子を取り戻したがその取引の条件として世界政府側から拘禁されていた「大家」側の人間のいくつがみもりの奪還の後、元の場所に戻るようになった。
そのことは後に「政の鬼」と呼ばれる「緑山康紀」の地位を少し揺らがせることになったが彼は自分の選択に狂いはなかったと今も強く思っていた。
だが「大家」の人間と接続し、その場まで進められたのはひとえにゆりの手柄であった。
「最初で一番の問題はどうやって「大家」の人間と接続するのかでした。「大家」はいくつかの私有地を除けば絶対居場所を明かしませんから。「大母」と呼ばれるクソババア…じゃなくみもりちゃんの祖母がいる「鉄城」はいわば動いている砦で毎日場所を変え、しかも結界まで張って外からの侵入を完全に防いでいます。」
みもりを「大家」から取り戻すのにおいて最初に遭遇した最大の難題。
それは「大家」の人間との接続であったが「大家」の頭領であるみもりの祖母「鉄国七曜」は疎か、「鉄城」の位置すら世界政府は掴めていなかった。
「当たり前です。あの人は世界的に指名手配されていて慎重に慎重を重ねていますから。幹部級はいくつか確保できましたが全員結界から離れる同時に記憶操作され誰も「鉄城」の場所が分かりませんでした。行く方法は毎度変更され何か特殊な儀式が必要らしいのですがただ一つ確かなのは中の許可がない限り外からあそこに入る方法は全くないということでした。」
だからゆりは探す必要があった。
「単独で出入りができる人間。それもただの幹部級ではなく最もあの「大母」から信頼され、近寄れる大幹部。私はそれを私一人で探し回りました。」
文字通りの鉄の城を突破するために必要な交渉役。
そしてゆりはみもりの拉致から約1ヶ月後、それを見つけ出した。
「探したのはほんの偶然でした。」
父の書斎に潜り込んで見つけ出したある場所に関する書類。
それは父が昔から単独で調べていたものだったがゆりはただ目を通すだけでそれは決して自分のような一般人が触れてはいけないこの世界の闇ということに気づいてしまった。
「その時に感じたのは純粋な悪に対するただの嫌悪と恐怖。でもその同時に私は希望も感じてしまいました。」
ここならきっと何らかの手がかりがつかめるはず。
そう思ったゆりは自らその闇に足を入れ、「怪物」としての道を歩むことになった。
「名前は「影」。かつては「伏魔殿」と呼ばれた生き地獄。「大家」ならこの世界にどのような悪と繋がっているからここなら何か手がかりがある私は確信してあそこの「深淵」になりました。」
あらゆる魔物が混在して地獄の絵を繰り広げていくこの世界の裏側。「神樹様」の光が届かないあそこに住んでいる住民達は自分達のことを「飲み込まれたもの」と名付けてその地獄から生きていた。
「互いの血と肉を糧食にして混ざり合ってやがて得体の知れない気色悪い怪物になるまで戦い続ける悪魔の釜。あそこで外の「ゆり」は死に、「怪物」が生まれました。」
誰も関わってはいけない否定の地。そしてその闇の最奥に沈んでいるさらなる闇。
その少数の人を「影」の住民はこの地の底の中で最も深い闇だと「深淵」と呼び、恐れていた。
「ユリユリ…」
信じがたい話に言葉すら出ないかな。
彼女は今自分の目の前の少女が言っていることが完全に飲みきれない状況であった。
栗色の髪がとてもきれいでただ幼馴染の女の子が大好きで大切だった普通な15歳の少女。
だがその可愛らしい外見の向こうに密かに潜んでいた正体のことを明かされた時、正直に言ってからかっているのかと思った。
自分には「影」が何なのか「深淵」が何なのか全く知らないから。
だが自分を見つめているその真っ青な目があまりにも真剣だったのでかなはゆりのとてつもない話をなんとなく受け入れようとした。
突然「影」に現れたゆりの存在は今までの「影」の渋滞されていた生態系を一気にひっくり返してしまった。
かつて「パンデモニウム」と呼ばれた悪魔の壺の中に流れ込んだその小さな女の子は濁って腐っているだけのどろっとした混沌を自分勝手に混ぜ返し、長年留まっていた「影」の食物連鎖を崩壊し始めた。
ゆりはただみもりを取り戻したいという執念一つで続々「影」の住民達を倒し、やがて「深淵」と遭遇し、
「お前には資格がある。我々はお前のことを心から歓迎する。」
その一員として認められた。
毎日戦った。体がちぎれてしまうほど毎日相手を殴り潰し、踏みにじっていた。
その同時に家に見つからないための努力も欠かさなかった。
「知り合いの方から特別に作ってくれた「隠す薬」です。これを塗ったらあっという間に傷が見えなくなるんです。」
「深淵」の一人が小さなゆりのために気を使って作ってくれた薬。多少の毒性があって塗る度に一時的に目眩や吐き気を感じるが体に異常はない。今はそう言った些細な副作用も感じられないほど慣れてしまったがゆりはちっとも気にしなかった。
「昔あそこに行くまでにはお医者さんで働いた方です。今もちょくちょく会っています。」
彼女のおかげでなんとか「影」との生活を両立できたゆり。
だが隠すのは傷だけで痛みは治らなかったのでそれはもろにゆりのダメージとして蓄積された。
「でも痛くても苦しくても諦めるわけにはいきませんでした。だって私がこうしている間にもみもりちゃんはあの家でもっと苦しい思いをしているからと思いましたから。ここでも止まってしまってはいけないって毎日あそこで生き残るために戦いました。そして私は見つけました。」
「深淵」としていつの間にか「怪物」という異名が付けられ、そろそろ名が通るようになった頃、
「初めまして。「薬師寺天真」と申します。」
ゆりはついにみもりが捕まっている「大家」につながる手がかりと遭遇することができた。
「来ない間、随分面白い状況になってましたね。まさかの女子中学生、しかもお嬢様の友人がここに来られたとは。」
既にゆりの情報まで把握していた「大家」の大幹部「薬師寺天真」は彼女のことを一目で分かってしまった。
「今考えても嫌な女です。物騒というところかあんなに禍々しい人間は初めてでした。」
体中に漂っているただならぬ空気。
仮面の中から漏れている不気味な笑み、血生臭さ。
何より一番おっかなかったのはその枯れて乾いた情けの欠片も見つからない乾燥した心であった。
「あれはまるで何も感じられないように作られた兵器…きっと誰かを殺すことに何の躊躇も感じないのでしょう。」
ゆりは今も彼女のことを今まで出会った人の中で一番異型のものだとそう思っていた。
彼女もまた「影」の「深淵」で外のあだ名である「死神」と呼ばれていたが実際「影」にはあまり寄らなかった。
「天真ちゃんのこと?ごめんね?ゆりちゃん…私はあまり詳しくないかも。だって天真ちゃんがここに来るのは本当に珍しいし「深淵」になってのもただ2日のことに過ぎないから。」
「たった2日の間で「深淵」に…?」
同じ「深淵」からそう言われた時、ゆりは驚きを禁じ得なかった。
自分でさえ死ぬほど苦労してのし上がった「深淵」。それを彼女はただの2日という短い間に、しかもただの人間の体で勝ち取ったということはどうしても信じがたいことだった。
彼女が「影」に入ったのは十年前のことで彼女はただ「大家」と「影」の中でのコネを作りに来ただけだった。そのために彼女は「深淵」になる必要があり、
「つまり勝てば良いっということですよね?」
現役の「深淵」を無傷の状態でその場で4人も殺した。
空席に入ったゆりとは違って現役の「深淵」をその場で皆殺しした「大家」から来た人間の噂はあっという間に広まり、他の「深淵」達は速球対策を練る必要があった。
「我々との協力関係があればきっと皆様の希を叶えられるとお約束します。」
残りの「深淵」たちなら力でなんとかねじ伏せられる。
だが「深淵」達はそう言った天真の提案に乗ってしまった。
理由は簡単。彼らは全員世界政府から追われている犯罪者であり、何らかの事情でその否定の地にまで流れ込んだ人だったからだ。
「世界政府は極力「影」に関わること禁じてきました。なんとしてもその存在をこの世界から消したと思っています。「影」の存在は外の人間に「神樹様」のことを疑わせてしまいますから。
お父様も本来その目的で「影」の調査を行われていましたし。そんな場所と直接関係があった私はそれだけでも十分重犯罪者でした。」
もしそのことが世界政府側の人に知られたら父は直ちに罷免。それほど「影」のことは世界政府から見ると一大事件として扱われた。
「「影」は「神樹様」の思召に欠点があるという反証。全ての種族が一緒に生きるべきのこの世界で排除され、追い出されてしまった種族が集まって自分達の社会を作ったということが外の人間に知られてしまったらきっと大きな混乱が生み出されてしまうのでしょう。
しかもその全員が「神樹様」に歯向かおうとしていたのなら何があってもこの世界から取り除かなければなりませんでした。」
そんな犯罪者達と名門「緑山」家の次期当主である自分が組んで行動していたことが外に知られたら自分のことは言うまでもなく一族全員が犯罪者になってしまう。
それを承知の上でもゆりはどうしても「大家」との繋がりが欲しかった。
「お父様のことは信じていましたが私はどうしてもみもりちゃんのことを一刻も早く取り戻してあげたかったんです。それが私の使命でしたから。」
みもりがいない人生は何の意味もない。ずっと彼女こそ生きる意味だと自分を奮い立たせてきた。
「彼女との接続から私は何度も彼女の後をつけましたが一度も「鉄城」に入ることに成功したことがありませんでした。入るところかいつも途中で見失ってしまって…私が勝ったらみもりちゃんの開放に協力しなさいとなんでも勝負を掛けましたが…」
その度に天真はこう話した。
「あなたが死んだらお嬢様の精神が崩壊します。そもそも私には小さな女の子をなぶり殺しにする趣味はありませんのでとても興味深い提案ですがぜひご遠慮させて頂きます。」
まるで自分が勝つことが前提と言うような言い方。
それはよほど気に障る言葉だったがゆりにとしては天真の実力と自分の間の差を認めざるを得なかった。
「確かにあなたは強いです。この泥沼の歴史の中でもたぐいのない美しくて強い正真正銘の「怪物」です。ただお嬢様のためという凄まじい執念だけでここまで強くなるとは思いもしませんでした。多分同年代、いや、世界政府の「勇者」の中でもあなたと対等に渡り合える存在なんてめったにいないでしょう。精々あの「雷の槍」の使い手くらいというところでしょうか。」
既にゆうなの存在まで把握している天真。
世界政府の中でも優れた腕の持ち主である「勇者」の存在は「大家」にとっても相当の脅威だったが天真はそういうことまではどうでも良かった。
「大母様ならいざしらず私には世界政府とか「神樹様」とかどうでもいいです。私は兵器。感情に振り回されることもなくただ大母様のご命令に従って我々の目的に邪魔者になりそうなその全てを排除すること。それだけが私の存在意義で生きる甲斐です。」
ただ命令に絶対服従して任務を果たす兵器。それこそ「大家」の切り札と呼ばれる「薬師寺天真」という人間の実在であった。
どうしても「大家」からみもりのことが取り戻したかったゆり。
そんなゆりに同じ「深淵」としての勝負を挑ませなかった天真の態度にまた行き詰まってしまうゆりだったが
「ですが幸い最近の大母様はお嬢様のことに少し飽きられました。」
その後、天真から言われたその話からゆりは小さな希望が見えたような気がした。
「確かにお嬢様は「大家」の子にしてはダメな方です。闘争心も持たず、情けも捨てられないポンコツ。世間ではそれを優しさと言うかも知れませんが我々にそんな生ぬるい感情は一切必要ありません。父の源之助様の生半可な性格はきちんと受け継いだようです。大母様はそれに大変失望されました。まったく…「潤」様も、お嬢様も全く使い処がありませんね。」
みもりの年が随分離れているいとこの「鉄国潤」は本来「大家」の後継者になる予定だったが謎の事故によって30歳という歳に命を落としてしまい、その後をみもりが受け継ぐことになったがその祖母は孫達のそう言った生ぬるい性格がどうも気に入らなかった。
「潤様もお嬢様と同じく余計な気遣いばかりで「大家」には不向きな方でした。まあ、大母様も潤様の死にあまり悲しまれませんでしたしそこまで深く考えられないんでしょう。もしお嬢様が今死んでも同じ反応だと私はそう思います。」
それを言われた時、ゆりは気が遠くなる気がした。
「みもりちゃんが…死ぬって…」
一度も考えたこともない最悪の結果。正確に言うと考えたくもなかった最悪の結末だった。
みもりのいない世界。その世界で自分一人で生き残れる自信がなかった。
そしてそれから彼女から聞かせるその話はゆりの焦る気持ちに拍車をかけ、どんどん追い詰めていった。
「お嬢様は今限界です。大母様は次の手段が見つかったとお嬢様のことから手を放しました。あの方に「家族の情」というものは欠片も残っていません。今はただ生かせているだけですが時が来たらもう少し有効なところにお嬢様のことを使うかも知れません。そうなったらお嬢様はきっと壊れてしまうのでしょう。」
どっちでも決していいことではないということを直感したゆり。そうなる前になんとしても彼女を取り戻さなければならなかった。
だが今の状況で自分に何ができるのか、ただ混乱するだけで
「ダメです…このままだとみもりちゃんが…」
ついに今まで堪えてきた涙を天真の前で見せてしまった。
そんなゆりの涙をそっと袖で拭く天真。
思いもしなかった天真の唐突な行動に逆に驚かされてゆりだったが彼女はゆりが可哀想ということよりただその年の女の子が泣いているのが死ぬほど嫌だっただけであった。
「強くなるんじゃなかったんですか。だったらこんなところで易易涙を見せてはいけません。」
「でも…でもこのままだとみもりちゃんが…」
詰まった泣き声に自分が何を言っているのかすら分からなくなったゆり。
ゆりはただ自分の無力さに悔しみ、悲しんでいた。
「今こうしている間にもみもりちゃんは…」
今の彼女に何が起きているのかは分からない。
だがそれが決してろくなことではないということを知っていたゆりは今でも一人で「鉄城」に殴り込んで彼女を取り戻したい気持ちであった。
「お願いです…薬師寺さん…私と勝負してください…殺しても構いません…だからどうかみもりちゃんだけは家に帰してください…」
哀願。
あのプライド高く、信じる人以外は頭を下げない「緑山」家の次期当主が天真の袖を握って自分と勝負することを願っている。
今まで築き上げてきた全てのプライドを捨てて取り付いて大切な幼馴染のことを開放してくれることを願っている。
堂々とした「怪物」の姿は一瞬で崩れてただ卑屈さだけが残っているその姿に笑いも出そうだが天真はその姿を見て決して笑わなかく
「ダメです。」
ただ静かにゆりからの勝負を断った。
「どうして…私がこんなにお願いしているのにどうして…」
何があっても理由が聞きたかったゆり。
そんなゆりに天真から話せるのはただ
「これもお嬢様のためです。」
意味の分からない言葉ばかりであった。
「あなたの父である康紀殿と源之助様に合わせてください。大母様からご伝言があります。」
だがその後、天真は今回の奪還作戦の総責任者であるゆりの父と元「大家」の人であったみもりの父に自分のことを合わせて欲しいという提案をし
「みもりちゃん…」
一ヶ月後、みもりは無事にゆりと皆の元に戻ることができた。




