第37話
いつもありがとうございます!
「それより青葉さんって人魚なのに陸地生活ができるんですね。」
すらっとした青葉さんのしなやかな足を見て感心している私に
「ウミウミはね、魔界の偉い人に許可を取ってこっちに来たんだ。足は「神社」と「教会」の協力で水を被らない限り人の足でいられるんだ。」
詳しく説明してくれるかな先輩。ちらっと八重歯を出して彼女のことを説明してくれるかな先輩の顔はいつにもまして明るくて元気に見えていました。
「神社」と「教会」は「神殿」と共にこの世界の神様「神樹様」に仕えているお使いさん達のことです。
この世界では最も偉い人達として皆に崇められており、彼女達の声は「神樹様」の声と呼ばれて最も神の世界に近い神聖なものでいつも私達の世界を導いてくれます。
「迷う時は空の大きな桃の木を見るべき」という話が伝わっているほど私達は「神樹様」の温かい思召に大きな力を得ています。それはもちろん私も同じです。
まあ、「神樹様」の存在を根本から否定している「大家」の孫娘である私の口で言うのもあれなんですけどね…
「でもあれは別にみもりちゃんのせいじゃないです。むしろみもりちゃんは「神樹様」の敬虔な思召に心から律儀に従っている篤実な人ですから。」
「そ…そうかな。」
っと私の信仰を確かめてくれる優しいゆりちゃん。
子供の時から私と一緒に「神社」と「教会」に通っていたゆりちゃんが私の信仰が決して間違ってないっと何度も言い切ってくれてなんだかほっとしちゃいます…
それよりかな先輩ってあの青葉さんにも私達みたなあだ名をつけて呼ぶんですね…なんというコミュ力…
「あ、私ウミウミと同じ部屋だから。」
っとあっさり言っちゃうかな先輩!ってええ!?それってルームメイトってこと!?すごいです!私、今まで全然知らなかったから…!
「まあ、この学校は生徒が多いから寮も学年別に使っているから見る機会はなかったかな。」
「そ…そうでしたね!でもすごいですよ、やっぱり!あんな有名人と同じ部屋だなんて!」
「あら♥もしかしてみもりちゃんもあんな有名人と同じ部屋になりたかったんですか♥ごめんなさいね♥有名人じゃなくて♥」
ってなんで怒ってるの!?ち…違うよ…!私、そんなこと全然ないから…!
「私はただゆりちゃんがゆりちゃんだから好きなだけで…!」
「す…好きって…」
ってなんか赤くなってる!?
でも正直に言うとちょっとだけ羨ましいって思うところはあります。何と言っても「青葉海」はこの世界で最も大きな影響力を持ったスーパースターですから。
彼女の公演はいつも満席ですぐ売れきっちゃうくらい大人気で彼女の歌は今も多い人々の心を感動させています。
感情に訴えるような切ない歌声と見ている間つい涙を流してしまうようになる深くて豊かな演技力。持って生まれた天然のスター性と孤高なカリスマ。
頂点のスターとして必要なあらゆる要素を全て備え付けた彼女は名実共にこの時代の一番星のスター。そんな彼女がなぜこの学校で派閥を組んで争いなんかを…
「あら。」
ってなんか向こうから来た!?
ちょうど休憩の時間になったようにベンチに座って水分を摂ろうとした青葉さん。コートの外のかな先輩と騒いでいた私達のことを見つけた彼女は
「こんにちは。」
大勢の生徒達を中をくぐり抜けて爽やかに挨拶してくれました。
うわぁ…!き…来た…!来ました…!あの「伝説の歌姫」と呼ばれる超有名人の青葉さんが今目の前に…!ど…どんな風に挨拶すれば…!
近くから見た青葉さんは思ったよりもっとキレイで素敵な人でした。中々背も高くてスタイルだって申し分ないほど抜群、笑顔だってこんなにキラキラしててすごく性格も良さそうでなんだかほっとする雰囲気。
こんなに近くで見ているとなんだか胸がすごくドキドキしちゃって言葉もうまく出てこない気分…
見た目だけでもはっきり分かります…この人は私なんかとは住む世界が全く違うってこと…
「きれい…」
でも悔しいって気持ちにはなりません…この胸いっぱいに満ちる感動…私はそんな気持ちすらならないほど彼女のことを見とれてしまったんです…
「こ…こんにちは。うみちゃん。」
その時、何も言わずにぼーっとしていた私達の代わりに青葉さんの方に挨拶をしたのはなぜかすごく不安そうな顔をしている先輩でした。
「先輩…」
そんな先輩からの挨拶にそっと揺れてしまう眼差し。私はなんだか彼女が先輩のことを先に見つけなかったことを悔やんでいるような気がしました。
「お久しぶりです。」
ぎこちなく挨拶する青葉さん。そんな青葉さんを見て
「何だか空気を間違えたようですね…」
こそこそ空気を窺うゆりちゃん。
でも私の目にも確かにそう見えます。先輩と青葉さんの中にはなんかこう空気が不安定しているっていうか…とにかくあまりサインをお願いする雰囲気じゃないってことです。
二人の中を息苦しく詰め込んだ思い空気。わけも分からなくてただうろうろしていた私達。
でも先輩と青葉さんをあまり合わせちゃいけなかったって後悔しているかな先輩の悩みに比べたらなんてことでもなかったものでした。
この場で一番困っていたのは他でもないかな先輩ご自分でした。
「まいったね…すぐ行くつもりだったけどまさかウミウミの方から挨拶しに来るとは…」
やっぱり合わせちゃダメだったんだ…この二人…
「先輩、今日の会議、また忘れちゃったんですよね?ダメじゃないですか。」
え?
先に話を掛けてきたのは青葉さんの方。今日の会議のことをすっかり忘れていた先輩へのけんつくから始めた青葉さんの話にちょっとびっくりした顔の先輩は
「そ…そうですね!あははっ…!私ったら…!」
っとやたら大げさに笑ってしまう先輩。でも先輩と青葉さんの中の重みのある空気は未だに私達の周りを漂っているままでした。
「なんか可愛い後輩ちゃん達と一緒にいる中黄さんのことが見かけちゃって挨拶に来たんだ。驚かせちゃってごめんね?」
「い…いいえ…!お気になさらず…!」
青葉さん、なんか普通に話している…単に今の思い空気を和ませたいだけかも知れませんがとにかく彼女は先の苦しそうな顔をあっという間に隠して普通に自己紹介をしました。
「私は「青葉海」。よろしくね?」
「あ…!に…「虹森美森」です…!こちらこそ…!」
うわぁ…!ど…どうしよう…!初めて会長さんと合った時とみたいにすごく緊張しちゃっていますよ、私…!
ちゃんと紹介できたのかな…!名前とか間違えたりしなかったのかな…!ねぇ、ゆりちゃん…!ゆりちゃんはどう思う…って
「むむむ…みもりちゃん…有名人に弱すぎんじゃないですか…」
なんかすごくむくれ気味ですけど!?
「あ!もしかしてこの子があの「みもりちゃん」?」
ってなんか私のこと、知ってる!?
「そうか~虹森さんがあのみもりちゃんだったのか~」
「ええ…!?ど…どうして青葉さんが私のことを…!?」
ど…どういうことでしょう…!なんで青葉さんみたいな有名人が私なんかの普通な子のことを知っているんですか…!直接会うのは今日が初めてなのに…!それにゆりちゃん、まさか青葉さんとも知り合いなの!?
「知り合いっていうか会議のことでね。虹森さん、割りと有名だし。」
「そ…そうだったんですか!?」
し…知らなかった…!私、結構有名だったんだ…!もしかして昔のこととかまだ覚えている人とかいるんでしょうか…!
「ん?いや、だって虹森さんってこちらの緑山さんの奥さんだろう?腋がすごくいやらしいって。」
って何だそりゃ!?
「うちの子が言ってたの。1年生の中には緑山さんの奥さんがいらっしゃるからあまり関わらない方がいいってね。先緑山さんが怒ったのは全部虹森さんのことのためだったのね?ごめんね、何も知らないのに悪く言っちゃって。」
「い…いいえ!本当に気にしていませんから!」
それより一体私のこと、どんな噂になっているのかもっと詳しく…!っていうか腋が何だって…!?
「緑山さんにもごめんね?奥さんのこと、悪口しちゃって。」
「今回だけは許してさしあげます。」
無視すんな!!
でもこう見ていると青葉さんって普通にいい人っぽいかも。先の会議の時はあんなに怖かったのに私なんかの1年生にごめんなさいって謝ってくれるなんて…
それにこんなに汗でびしょびしょなのになんという爽やかな匂い…まるで海の潮風のように爽快であっさりしてて傍にいるだけで清らかで広い海を感じられそうです。
やっぱり有名人のオーラって格が違うんだな…
「これが今回の衣装?可愛いわね。」
っと今の私とゆりちゃんの格好を見て衣装のことを青葉さん。そ…そういえば私達、まだライブの衣装のままだったんだ…!
「は…はい!先輩が入部したばかりの私達のために手芸部のすみれさんにお願いして…!」
嬉しすぎてつい衣装のことを説明してしまう私。でもそれは決して言ってはいけないものだったということをその次の私は気づいてしまったのです。
だって青葉さん…こんなに悲しそうな目をしているんですもの…
「そうか。二人のために…ね。」
羨んでいるような、それとも悔やんでいるような悲しい目…彼女は今の私達を見て何を感じ、何を思っているのでしょうか…
「うん。すごくお似合いだね。」
「あ…ありがとうございます…」
でもその直後、青葉さんは私達の衣装から目をそらしてしまいました。まるでこれ以上見ているのは辛いって言わんばかりの態度で私達から離れる青葉さん。
彼女はどことなく寂しい口調で
「二人共。同好会のこと、よろしくね?」
「え…?あ…はい…」
っと言った後、他の人達が待っているからそろそろコートに戻ろうとしました。
同好会のことをよろしくって…それは一体…
「今度はちゃんとしてくださいね、先輩。大切な後輩ちゃん達ですから。」
そして振り向いたまま先輩に何かを頼んでいるような青葉さんの背中。汗にきらめく深海色の髪の毛ははるか昔に忘れてしまった未知の大洋のように美しくて神秘なものでしたがその背中はなぜかすごく元気がなくて何かを後悔しているような気がして私はどうしようもなく悲しい気分になってしまいました。
先輩の方には一切視線を送らないその背中に何か言ってあげなきゃって思ってはいましたが私は一体そんな彼女に何を言ってあげたらいいのか…
「う…うみちゃん!」
その時でした。
「あの時は…あの時はごめんなさい…!」
迷っていた私の背中から慌てて青葉さんに向けて申し訳ないって気持ちを伝えようとする先輩。顔の色まで変わっている先輩の姿はあまりにも可哀想で哀れで見ているだけでも青葉さんへの気持ちが私にも伝わってくるほどでしたが青葉さんは決して先輩の方を振り向かなかったんです。
まるでこらえた涙が溢れないようにかろうじて自分を止めているような切なさ…
あの時、私は彼女からただひたすらの蒼い悲しさを感じていました。
「私がうみちゃんのこと、守ってあげられなかったから…!うみちゃんに何もやってあげられなかったから…!」
先輩はそう泣きわめいていました。何かを謝っているのか、何について青葉さんの許しを求めているのか、私には何一つも分かりません。
ただこれだけははっきりと分かるような気がします。
先輩は今までずっと悔やんでいることを、そして先輩と同じく青葉さんもずっと悔やんでいることを…
でも青葉さんの目が先輩の方を向けることは決してありませんでした。大勢の生徒達の視線を集めながらも決して動揺しないこの時代のスーパースターである青葉さんはただ
「先輩のせいじゃないです。」
っと言って元のところに戻ってしまうだけでした。
そんな青葉さんの背中を見て先輩は初めてで私達の目の前から涙を見せてしまいました。
先輩と青葉さん、二人さんが苦しんでいる過去のしこり。もう戻すこともできない過ぎてしまった時間が二人を縛り付けて前へ進められないようにしている。
あの日、私は遠くなる青葉さんの背中を見てそれがある限り先輩のちっぽけで偉大な望みは叶わないということに気がついてしまいました。
***
「ぷは!」
結局今日の練習は休むことにしました。青葉さんと合ってから急に調子が悪くなった先輩はかな先輩の助けでお家に帰りました。
「ごめんなさい。みもりちゃん、ゆりちゃん。」
っと急に乱れたところを見せてしまったっと謝った先輩。私達はあえて大丈夫そうに振る舞っていましたが心は今までもこんなにざわめいています。先輩のそんな姿、初めてだったから…
「結局私は何も言えなかった…」
あんなに苦しんでいた先輩に私は何も言ってあげられなかった…情けないです、本当…
ちょっとだけは成長したと思っていましたが私はやっぱり今も昔の臆病のそのままでした。
一歩も前に進んではいなかった情けない自分に対する悔しみ。過去に捕らわれているのは私自身も同じということです…
そんなわけで私は久しぶりに一人で学校内にある生徒専用のプールに来ちゃいました。昔から嫌なことや考えことがあったらこうやっていっぱい泳いでから考える癖がありましたので。
部屋で一人で考えても嫌なことばかり思い浮かんでしまって仕方がないですから。
あ、ちなみにゆりちゃんは今日の会議のことで先また生徒会室に呼び出さらてそっちへ向かっています。いつもなら雑務は全部置いといて一緒に来たはずですがさすがに状況が状況ですから…こんな遅い時間まで皆さんいつもお疲れ様です。
しかし今着ている水着って結構きついですね。確か去年まで着てた競泳用の水着なのになんで…あ!ひょっとしたら私、知らないうちに成長したとか!?そうか~私も大きくなるんだ~
まあ、遺伝的にそんなに小さい方でもないしある程度可能性はあるって知ってたんですけどやっぱり嬉しいですね~って今喜んでいる場合じゃ…!
「本当に大変だな…今の状況でアイドルをやるってことは…」
誰もいない広いプール。その無駄な広さに寂しいところかむしろ怖いって気分にまでなってしまうのですが今の私には存分に一人で考え込めるからとてもいい都合です。
体を委ねた水の柔らかい動き、そして心安らぐ心地よい静寂。その全てが私の頭をすっきりと澄ましてくれてすごく落ち着きます。
目を閉じたら浮かぶ色んな考えが頭でごちゃごちゃに混ざり合っても今の私ならその中から何かを見つけ出せる。今の私はそんな気がします。
「「大好きなアイドルを皆と一緒にやりたい」…か。」
そう言った先輩があんなに悲しくて苦しそうに泣いていた…なのに私は泣いている先輩に何も言ってあげられなかった…それが一体どれほど情けなくて辛いことなのか…
青葉さんとの古い柵。絡み合って解く術すら見つからない因縁。全く分からない気持ちではありません。私だってこの前までずっと去年の悪夢に取り憑かれていたんですから。
でもどこから手を出したらいいのかすら分からない今、自分にできることは一体何なのか…
先輩に笑って、皆に笑って欲しいだけの単純明快な小さな望み。そのために今の自分にできることは何があって、どう動くべきなのか…
まだ小さくて幼い私に答えを見つけ出す道はまだほど遠い…
でもこのままほっておくわけにはいきません。だってあの優しい先輩が、普通でもいいって言ってくれて私達のために衣装のことを頼んでくれたあの優しくてきれいな悲しんでいたんですもの。
「でもやっぱり私、先輩の涙なんて見たくない…」
目を閉じたら見えてしまう先輩の涙。それを思い出すだけで胸がこんなに痛くてチクチクする。
なんでそんな先輩に何も言ってあげられなかったんだろう。私達のために一生懸命頑張ってくれたあの優しい先輩に何も言ってあげられなかったんだろう。
そう悔やんでいる間、私はいつの間にかこう思うようになりました。
きっと今のちっぽけな自分にできることなんてそんなにないかも知れない。ちょっとぐらいは成長したと言っても私はまだまだ皆に助けられっぱなしの子供ですから。
でもこんな私でもきっと話を聞くことくらいはできると思います。先輩のところに行って手を繋いで先輩の辛い気持ちを一緒に悩むことはできるかも知れません。
頼りのない私ですが私の手を引っ張ってくれて勇気を与えてくれた先輩の力になりたいって気持ちは本物ですから。
だったら今やるべきことは一つしかありません。やっぱりこの気持ちは、先輩の力になりたいってこの気持ちはちゃんと自分の言葉で伝えなきゃ…!
このままじゃダメ…いつまでも勇気が出せなくてって避けていては何も変わらない…なら今から先輩のところに行って自分の言葉できちんと伝えよう。
例え先輩に大した信頼は得られなくても自分の気持ちだけははっきりと伝えよう!小さい勇気を振り絞って素直に先輩の心に近づいたら何か見つけられるかも知れない!
これで先輩が少しでも元気をだしてくれれば私が同好会に入った意味はあるかも知れない!
そう思った私はプールから出て外出の許可を取るために1年生の寮長さんであり「Scum」の部長、「ロシアンルーレット」と呼ばれる「永遠の3年生」、「紫村咲」さんのところへ行きました。




