第15話
いつもありがとうございます!
「でもこの学校でアイドルをやっていくのはとても大変なことだっと思います、みもりちゃん。」
っと咥えていた私の使いかけのお箸を口から取り出して、急に真面目な話を始めるゆりちゃん。
たった今洗ってきたようにピカピカになるほどむしゃぶりついて私の使いかけのお箸を舐め尽くした幼馴染の変わった趣味に私はしばらく言葉に詰まって何も言えませんでしたが、確かにその意見には同意せざるを得ないのが事実でした。
ここ、世界政府付属第3女子高校は屈指の芸術文化系として有名な学校。
住む世界や出身に関係なくお互いと切磋琢磨し、高め合う。
そして磨き上げた音楽と才能を用いて人々の生活と精神を豊かにすること。
それがこの学校の使命であり、モットーであることをここの生徒たちは皆知っています。
生徒たちの自主性を重んじ、その意思を尊重する。
人生において勉学以外にも大事なものがあることを生徒たちに知ってもらうたいという創立者の意思を今も受け継いて、この学校は部活の掛け持ちを認めて、生徒たちの自主的な活動を促しています。
だからって勉強をおろそかにしてもいいって意味ではなく、あくまで勉強でいい点数を取るだけの人生ではないという生徒たちに教えてあげたかったのが創立者の考えで、ここの生徒たちは皆、部活も、勉強もすごく頑張っています。
実際、芸術文化系の学校の割に学力のレベルは相当高くて、私とゆりちゃんみたいに普通科として入学するのは相当難しいです。
ちなみに自慢ではありませんが、私は中学校までそこそこ成績が良かったのでなんとか無事に入学できました。
でも今の学校はその創立者の意思と学校のモットーを全く受け継いでいない、まさに無法地帯。
いくつかの大型部が主導する派閥争いに学校中が巻き込まれて、全く収拾がつかない状態。
生まれた世界や理念などでお互いを排斥し、差別する前代未聞の派閥争いに学校は真二つになって壊れる寸前でした。
まともな授業ができなくなるほど悪化した状況。
大型部は学校内の施設や教室を占拠、統制し始めました。
噂にするとその大型部はすでに学校内だけではなく、外の街にまで影響を及ぼしているそうです。
大型部の息がかかったお店に違う出身の生徒は入れないなどのことが何度も報告されたことがあるという先輩の話に、私は自分が知らないところで学校がめっちゃめっちゃになっていることにやっと気づくことができたのです。
部員の殆どが偉い家の息女であることと、生徒の自主性を尊重するという学校理念が仇になって先生や大人たちもむやみに手出しができない。
できるのはせいぜいこの話が外に漏れないように口止めすることくらいですが、これもそう長くは持たないでしょうと、ゆりちゃんはそう判断しました。
もしここで状況が悪化されたら「反和思想」や「種族中心主義」などの危険思想を招きかねない。
顕現した神様の「神樹様」と「神樹様」が戦争で滅びかけた3つの世界を紡ぐことで成し遂げた平和を根本から否定する「反和思想」と自分たちの属している種族と世界以外を徹底的に排除する「種族中心主義」はテロなどの過激な暴力行為で世界の平和を脅かす、とても危険な思想です。
伝染性が強くて、盲目的に従うようになりやすいという特性があって、世界政府はこれらの危険思想が広まることを警戒しているのです。
そして今回の派閥争いも似たような傾向を示して、生徒会はこの問題を最重要案件として扱っているそうです。
すでに大型部の主導でいくつのアイドルグループが発足されている状況。
こんな状況で先輩の同好会がただ楽しめるだけのアイドルを続けるのは大変なことだと、ゆりちゃんは私にそう言ってくれて、実際の私もそう感じています。
まだ入学ばかりの1年生のところまでにその影響が及んでいるわけではありませんが、そのうち、私たちもそのようになるかもしれないと、ゆりちゃんは今後の私たちの高校生活を心配しました。
もしそうなったら今日みたいに野田さんと前原さんのように皆と友達になれなくて、同好会のことも興味を持ってもらえない。
何より悲しみだけが溢れるようになって、未来に悪い影響を及ぼすかもしれないというのが一番怖かったです。
また「大戦争」のようなことが起きてしまったら、今度こそ、この星は滅んでしまうかもしれないから。
「この学校は世界的にも大きな影響力を持っています。
全員が世界を支える柱の逸材ですから。
もし間違った道に進んでしまったら大変なことになってしまうのでしょう。」
だからそうならないように生徒会はあらゆる手を尽くす。
今回新しく就任した理事長さんはすでに生徒会に今回の事件に関してすべての権限を委任して、生徒会の意見を最大限に受け入れることにしたそうです。
でも肝心な生徒会だって内部では赤城さんのような強硬派などでバラバラになって、現在行き詰まったって感じだと、ゆりちゃんは現状をそう言いました。
「私は特に興味ありません。
私はみもりちゃんだけが楽しく学校生活を送れたら他はどうでもいいですから。」
っと私の邪魔にならない限り、自分からはなにかする気は一切ないと言い切ってしまうゆりちゃん。
ゆりちゃんは、
「だからあなたはあなたのことに集中してください。
他は全部あなたのゆりが全部やりますから。」
っとそっと私の体を抱きしめて、ぐっと勇気づけてくれたのです。
心強い温かさ。
それには胸がいっぱいになった心から安心してしまう自分でしたが、
「でも私、やっぱり自分で頑張りたいから。」
私はやっぱり自分でもなにかしたい、どうしても強くそう思ってしまったのです。
ゆりちゃんの心遣いを無下にする気はありません。
むしろ心から感謝までしているくらいです。
でも私は何度もゆりちゃんに背負わせる気も、自分だけが安全なところで高みの見物をする気も一切ありません。
それは多分、私が誰よりも世界政府からはっきりと「敵」と指定された危険思想に身を寄せていたから思えることのだと思います。
「みもりちゃん?」
「ん…?」
ふと私のことを呼ぶゆりちゃんの声に気がついた私は、
「またあの家のことを…?」
自分がまた去年のことを思い返したいたことが分かりました。
思い出したくなくてもちょっとでも油断したら首を突っ込んで私を苦しめる嫌な記憶。
私は、
「ううん…大丈夫だから…」
ゆりちゃんを心配しないから、ああやって自分の恐れを誤魔化してしまいましたが、
「手…震えてる…」
嫌な記憶はそう簡単に振り払えるものではありませんでした。
「我々以外は全てが外道。
邪悪な外道共は排除するべきです、みもり。」
脳内に張り付いて取れない声。
その声が聞こえるたびに、私は体の震えが止まらなくなって、必ずゆりちゃんを探してしまう。
今もこうやってゆりちゃんの手を必死に握っていて、情けないほどブルブル震えている。
口では大丈夫だって、自分でもなにかやりたいって言ったくせになんというみっともない姿なんだろうって自分を責める余裕もないほど、私は去年の悪夢に怯えています。
あの家で、あの人から教わったのはただ一つ。
「人間だけが、我々だけがこの地に住むことを許された存在。
それ以外は切り裂いて、焼き払って、突き落としなさい。」
人間こそが世界の中心。
それ以外は邪悪な「外道」。
この世界は人間が支配するためにある。
つまり人間という種を中心とした「人間中心」でした。
今、こうやってゆりちゃんに触れているだけで湧き上がるとてつもない罪悪感。
私は私の大切な人を自分で壊しなさいというあの人の声に、自分も知らないうちに自分の手でゆりちゃんを殺める自分のことを想像させられてしまう。
だから私はこんな思いがしたらいつもゆりちゃんから離れようとしましたが、
「大丈夫ですよ、みもりちゃん。
あなたは私が守りますから。」
ゆりちゃんは一度もこんな私を手放しませんでした。
「大丈夫。何も怖くないです。」
いつも穏やかで和やかな声で私を抱きかかえて、頭を撫で下ろしながら、大丈夫って囁いてくれたゆりちゃん。
その世界一安心できる私だけの居場所で私はまた泣きつかれて眠ってしまう。
私はこんな臆病で情けない自分が大嫌いでした。
「何があってもあなたはこの「緑山百合」が守ります。
あの時、あの夕焼けであなたが私にそう言ってくれましたから。」
遠い昔の記憶。
でも今もはっきりと思い出せるほど鮮明なあの時のこと。
「ゆりちゃんが好き!私、ゆりちゃんと仲良くなりたい!」
ちっちゃい自分と、窓の向こうでそう叫んでいる自分を見ている小さいゆりちゃん。
私のその一言で、私とゆりちゃんは生まれた日は違っても、命尽きるその日までずっと一緒にいることを約束できました。
そしてその一言が今も私と自分を結んでくれていると、ゆりちゃんは相変わらずあの時のことを大切にしていたのです。
「ゆりの愛するみもりちゃん。
あなたがどんな選択をしても、あなたのゆりは最後まであなたと一緒です。」
っとゆりちゃんの懐で泣いている私のほっぺに軽く口付けをしたゆりちゃんは、昼休みの間、自分の膝で私を寝かせてくれました。
ゆりちゃんがいないと何もできない情けない自分。
でもこんな私だから思ってしまうこと。
一度その深淵に触れたことがある自分はそれがいかに恐ろしくて、悲しいことなのかよく知っている。
もし皆が先輩たちの同好会のように仲良く、そして楽しくアイドルができたらどんなにいいんだろう。
だからこそ私は同好会で先輩たちと一緒に頑張りたいと思うようになってしまうのです。
こんな歪んだ世界の中でたった一人、あの同好会だけが輝いていると、私はそう思いましたから。
そして、少し時間が経って、私は自分と同じ考えをしたもう一人の人物に出会うようになりました。
「こんばんは。「虹森美森」ちゃん。」
会ったことのない私の名前を知っている少女。
当然、私も同じく彼女に直接会ったことはありませんでしたが、
「あ…あなたは…!」
私は彼女のことについてびっくりするほど詳しかったのです。
「まずははじめましてからかしら。」
っと仄かな笑みを浮かべて、金色の目で私のことを見つめているプラチナブロンドの真っ白な少女。
私は突然訪れたとてつもない出会いにしばらく何も言えなかったのです。




