モテモテ87
「思っていたのと、ちげぇ」
ビニールシートに腰掛け、噛み締めるような声が漏れる。
日陰ではあるが汗は止まらず、顔から顎を伝い雫が落ちた。
あの後一行は先ず陣地を取りに行く事に。
いい木陰を見つけた俺と涼太はその場所にビニールシートを敷いた。
荷物を置いてからプールへと向かうのが普通なのだが、ここで一つの問題にぶち当たった。
荷物番である。
絶対に必要という訳ではないが、安全面を考慮して最初の荷物番を決める事に。
誰にするのかという議論は一切なかった。
何故なら俺が全力で挙手をしていたからである。
皆が賛成してくれた事により、俺は念願の荷物番になった。
でも何故だろう?
ここはとても居心地が悪い。
理由は、一人では可哀想だという涼太の提案により俺の隣にもう一人居るからに違いない。
そこに居られるは仲直りする予定の黒笠雫である。
他の連中は、ジャンケンで負けた彼女を残し、白石と日野は二人仲良く歩いて行き、その後ろを追う涼太は軽く振り向き含みのある微笑みを浮かべていた。
飾霧は一人何処か違う場所へと消えていった訳だが、こんな事なら俺もついて行けば良かった……
横目で確認すると、
露出された白い肌はしっとりとしていて艶があり、吸い寄せられてしまいそうになる。
少し離れた位置で、ぽつんと体育座りをしている黒笠の表情からは気まずさが滲み出ていた。
ここ一帯に沈鬱な雰囲気が漂う。
仲直りするつもりだったのに挫けそうだ。話をしたくても声が出ないし……息苦しい。
俺みたいなチキンに何も出来ないと諦めるのは簡単だが、そうは問屋が卸さない
何故なら俺のバックには飾霧がいる。
もし、何もしないで諦めるような事があるとすれば、あの世にレッツゴー。
それに、せっかく涼太の機転により、二人きりになれたのだから泣き言はここまでにして男を見せるしかない。
「……にしても災難だったね。ジャンケンで負けるなんて」
「いえ、丁度良かったです」
丁度いいって何? 俺もしかして殺られるんじゃ?
「そそそそそ、そうなんだぁ」
身震いを禁じ得ない。夏だというのに身体が冷えていく。
「はい。先輩とお話しがしたくて」
殺り方を選ばせてくれると? そんな優しさは求めていないんだけど……
「へ、へぇ。で、出来れば痛くないのがいいかなぁ」
「痛くないのですか? なんの話をしているのですか?」
「ああ、違う感じね。だったらどんな話しがしたいのかな? 出来れば冷静に話しをしよう」
「はい。最初からそのつもりですけど」
「ーーそう。なら話してみなよ」
「実は私、この前先輩に裏切られてからずっと考えていたのです」
「そ、そっかぁ」
やっぱり考えてたんじゃねぇか。想像するだけで悍しい。
ふくらはぎを全力で踏まれた時を思い出しちゃったよ。
恐怖に身が竦む俺は更に小さくなる。
そんな姿に見向きもしないで黒笠は話を進めていく。
「あの時先輩が言ったように、私は他人にばかり頼って自分では何もしていないなって」
「ほ、ほう?」
嫌な思い出が脳裏に過ぎった。
「だから先輩のやった事は酷いと思いますけど、それ以上に他力本願な自分が許せなくて、変わろうと思ったのです」
「お、おう」
やめてくれええええええええええッ!
世界一他人に頼っている俺をこれ以上苦しませないでくれ。聞いてるだけで心臓がズキズキと痛む。
「これからは私、誰にも頼らず一人で頑張ります。だから今までありがとうございました。先輩」
展開が想像していたものとだいぶかけ離れている。
確かにこれ以上苦しませないでくれって思ったけども、これじゃまるで一生の別れみたいだ。
せっかく仲良くなった女友達を失うなんて、気が狂れそう。
「ちょ、ちょっと待とうか」
慌てながら咄嗟に手を突き出し続ける。
「ーーもしかして、もう俺には関わらないって事?」
「はい。先輩にはとても感謝しています。だからこそ一緒に居ると甘えちゃいますから」
アウト!
一応確認したけどもうバッドエンドのエンドロール流れてるからね?
流石に今のは効いたが、この程度で諦められる訳もない。
「……黒笠が言ってる事は凄く理解したけど、少し待とうか」
「どうしてですか?」
純粋無垢な瞳で小首を傾げる彼女に、後ろめたい気持ちを押し殺しながら饒舌に語り始めた。
「いや、確かに黒笠が言うように一人で頑張るのも大切だと思う。でも、一人じゃ限界な時も必ずやってくるから。それに比べて友人がいれば一人じゃできない事もどうにかなる訳で、そもそも人という字は人と人とが支え合って出来ているという説もある訳で、そう考えると答えを出すにはまだ早いというか……」
「……先輩は私の事をそこまで考えていてくれたのですね」
「う、うん。勿論だよ。後輩が可愛くない先輩なんていないだろ?」
ピエロの俺にとっては潤んだ瞳がある意味一番の凶器だった。
「せ、先輩。わかりました。私。出来るだけ一人で頑張ります。でも、もし一人じゃどうしようもない時だけ、また先輩に頼ってもいいですか?」
「ーー当たり前だ」
思いとどまってくれたようで安心はしたものの、既に満身創痍。
どうしても彼女を手放したくなかったんだ。
俺の事を好きにならないと分かっていても手放せない。それが美少女ってもんなんだよ。
ーーったく美少女ってまるでレベルが違うぜぇ!
「思っている事を全て話したら、なんだか身体が軽くなりました。とても晴々とした気分です」
ぐっと背伸びをする彼女の胸に視線が向かうのは男として当然の事で、微笑んだ顔とかよりそっちを見てしまう俺は相変わらず最低な訳なのだが。
ここまで来ると、落ちるところまで落ちてやろう! とか思っています。
「ーーそれは良かった。今更だけどこの前の事は俺も悪かったと思ってるよ」
そんな事を言いつつも視線は逸らさない。
一度捕らえた獲物は逃さないのが、一流のハンターだ。
「大丈夫です。今思えば私のわがままに付き合って貰っていただけですから。それと、私達三人は既に和解しているので、誰が津賀先輩と付き合っても恨みっこなしという事なので悪しからずです」
「そんな事になってたのか。でも三人が納得しているなら俺にとやかく言う資格ないから……」
ーー助かった。
俺のせいで三人の仲が悪くなったら目も当てられないと思っていたし、実際のところそこもどうにかする予定だったから手間が省け幸先がいい。
だからって油断は禁物なのは言うまでもないが。と言うのも、このまま終わるとは到底思えないからだ。
だって俺だぜ? 完全に何か大変な事が起きるよね?
もう勘弁してくれ。朝から重い荷物持ってへとへとなんだ。
仕舞いにはここまでのやり取りで精神力も半分以下になっているし、使い物にならなくなるのも時間の問題だぞ?
「……先輩は他の二人ともお話しするつもりなのですよね?」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、私達をプールに誘ったのはそういう事ですよね?」
「ああ、バレてたのか」
全部お見通しだったようで恐れ入った。
まぁ、バレたところでどうということはないので、隠す必要は皆無なんだけど……
「はい。当然バレていましたよ。他の二人がどうかは知りませんけど、私は先輩の事を応援しています」
ひだまりのような表情に削れた精神力が回復するのを感じる。
「ーーありがとう。まぁ、なるようにしかならないけどな」
「もし、二人と仲直りしたら先輩はまた手を貸しそうですね」
「そ、それはどうかな?」
目の前に居るのは黒笠なはずなのに、一瞬だが飾霧の姿がちらつき動揺してしまった。
強気の表情と全てを見透かしているかのような口振りは、もはや生き写し。
「ーー凄くわかりやすいですね。でもそういう先輩だから私は尊敬しているのかもしれません」
「どういうこと?」
「秘密です」
柔らかそうな唇の前に人差し指を立てながら微笑む彼女はとても愛おしくて、その笑顔が俺の為だけに作られたものだと思うだけで、とても気恥ずかしくて、言い表しようがないほどに嬉しかった。
もう一生秘密のままでいいから付き合いたい。と心底思っては溜息を吐いた。




