モテモテ102
五日が経ち、明日に祭を控えていた。
今日は金曜日なのだが、まだ木崎の事をデートに誘えていなかった。
どうして誘っていないのかは、ただ単にビビッたからである。
あんなに堂々としていた俺は、寝て目が覚めた時にはもうそこには居なかったんだ……
タイムリミットは刻一刻と迫っている。
今日誘えないと明日から夏休みなので詰む。
飾霧には今日までには誘うように釘を刺されているので逃げ場もない。
そう熟考すればする程なぜか笑いが止まらない。
追い込まれた人間は笑う事しか出来なくなるらしい。
なので、そのままの勢いに任せて彼女を誘う事にした。
現在、俺が居る場所は木崎とまみえた校舎裏ではなく屋上。
曇天の空はまるで俺の心を投影したかのよう。
彼女のロッカーに手紙を入れ、ここで待っている訳だが、もし彼女がここに来なかったらどうしよう。とかいう取るに足らない心配はしていない。
何故なら手紙にはこう書いたからだ。
『屋上で待っている。byお前の弱みを握る者』
「ふっははははははは。これで奴は来ざるを得ない。早く来い。返り討ちにしてくれるわ!」
こんな変なテンションになっているのは、青春ブタ野郎だからかもしれない。
待つ事十五分。ついに扉が開かれた。
そこから現れたのは待ち望んでいた女性。木崎由その人である。
近くに寄らずともわかる。彼女に起きた異変。
制服姿なのは当たり前なのだが、あの厚化粧どうした? ちょっとドン引きするぐらいの……
「厚化粧どうしたあああああああっ」
衝撃のあまり叫んでいた。
「急に奇声を発するなんて、ほんとキモい」
「だって、お前にとっての厚化粧はアイデンティティーだろうが!」
やっぱりと言うべきか、中身は全く変わってない。
「そんなの誰が決めたのよ!」
「いや、別にお前がそれでいいならいいけどよ」
「いいもなにも、あんたが化粧しない方が可愛いって言ったんじゃない」
声が尻すぼみになり、しおらしい態度で頬を赤らめていた。
だが、よく聞き取れなかったので耳を傾ける。
「なんだって?」
「なんでもないわよ。バカ!」
キッと睨まれる。
「なぜそこでキレる」
「別にキレてないから、それでこんな所に呼び出してなんの用」
「ああ、それなんだけどな。用というか……たいした用でもないんだがな……」
「何それ。さっさと言いなさいよ」
煮え切らない態度に木崎は圧力をかけてくる。
「いやぁ、言いたいのは山々なんだけどな」
「なに男のくせにうじうじしてんのよ。なにもないならウチの方からいい?」
「えっ? お前も何かあるのか?」
何もないなら帰るとか言うと思ったけど、完全に不意をつかれてアホ面を晒す。
「あるわよ! 悪い?」
「いや、全然悪くないけど」
なんの因果か向こうも用事があったらしい。
どうやら俺が打ち明けるのはもう少し後になりそうだ。
これで心の準備を更にできる。
ひっひっふー。ひっひっふー。ひっひっふー。
「じゃあ、心して聞きなさいよ」
「おう」
「実はウチ……」
どこか照れてるような素振りに、例え用のない緊張感に包まれる。
いつになく可愛らしく写る木崎の姿に、固唾を飲み込み見守っていると、ついに彼女の唇が動き出す。
「ーーあんたが好きなの!」
「ーーひぃえ? そ、そそそそれ本当か?」
今世紀最大に取り乱し、まさかのカミングアウトに目玉が飛び出るかと思った。
いや、半分飛び出ていた。
「嘘ついてどうすんのよ」
「ま、まじかよ……まさかお前が、俺のことをそんな風に見てたなんて、毛程も思わなかったから」
「……そうよね。最初は好きじゃなかったから……でも、ゲームセンターで助けてもらった時に、これはいいなって思ったの」
確かにアレは我ながらナイスタイミングだった。
主人公みたいな事しちまったぜって思ったよ。
そうだよな。いくら木崎でも乙女心が揺らいじまうよな。
木崎は毛先を弄りながらさらに続ける。
「……後はプールの時ね。あそこで確信したわ」
「ああ、プールね」
確かに偶然出会ったもんな。
もはや運命の再会と言っても過言では無いくらいだ。
そうか……にしても木崎か。
口は悪いけど、言うほど性格は悪くないし、昨日見たけどいい体してるしな。
それに見た目は俺好みだし悪くない。
そう考えると、木崎のツンデレも可愛く見えてくる。
やっと俺にも春が来たって事だな。
妄想に夢膨らませていると、木崎が瞳を真っ直ぐに向け力強い言葉を伝える。
「あんたは唯一あの涼太先輩と釣り合いが取れる男だわ」
「……ん? どういう事?」
大きく首を傾げていた。
「だから、あんたは唯一涼太先輩とカップリング出来るって言ってんの!」
見た事もない生き生きとした表情に更に状況が掴めない。
「えっと。まだよくわからないんだが。お前は俺のことが好きなんだよな?」
「そうね。あんたと涼太先輩は最高の相性だわ。私的にはあえてのあんたがネコで涼太先輩がタチがいいと思ってるんだけど、どう思う?」
期待に満ち溢れたキラキラとした瞳が俺をやっとの事で現実に戻してくれた。
「よし。なんとなく理解してきた。要するに俺と涼太をあっちの意味で好きだと」
「当たり前の事聞かないでくれる? それよりどう思う?」
木崎の弾む声が癇に障った。
それが引き金となり、鬼のような形相で睨みつける。
「どう思うじゃねぇよ! てめぇは馬鹿か? なに紛らわしいこと言ってんだよ!」
「紛らわしいってなによ。アンタを認めたのは確かよ。まさか涼太先輩と釣り合う男がこの世に居るなんて思わなかったから」
「全然嬉しくねぇよ! てかプールで確信したって言ってたのはなんだったんだよ!」
本当に紛らわしすぎんだろうが! お詫びに今すぐパンツ差し出せ!
「なに言ってんのよ。二人でウォータースライダーしてたじゃない。まさか抱き合いながら落ちてくるとは思わなかったけど。そこまで進んでいるなんて、こちらとしてはありがたい誤算。ーー本当にごちそうさま」
思い当たる節しかなくて、嫌な汗が止まらない。
「……いやあれは色々あって、なし崩し的にああなっただけなんだよ。勘違いすんな」
「わかってる。誰にも言わないからーー」
にまにまと表情を緩ませる木崎は含みのある声で続ける。
「ねっ、茂木先輩」
「そのニヤけた面を今すぐやめろ。それに先輩なんてお前には似合わねぇ」
「これからは敬意を示すために先輩って呼ぶから。それに周りがなんと言おうとウチだけは先輩の味方だから安心して、心から応援してる。頑張れっ!」
目の前に聳え立つ親指には悪意しか感じなかった。
俺は慌てて声を張り上げる。
「なんで応援されなきゃいけないんだよ! 本当にお前誤解してるぞ!」
「はいはい。わかってるって。私の話はこれで終わりだから」
「いや、勝手に話しを終わらせるな。俺と涼太は親友であり、それ以上でもそれ以下でもない。わかったな?」
「ふーん。まぁいいや。今は仕方ないからそういう事にしといてあげる」
木崎の幸せそうな表情に違和感しかない。
「本当にわかってんだろうな?」
「わかってるって。それでそっちの用は?」
言われて思い出したが、俺の要件なんて今となっては……
「……もういい。無かった事にしてくれ」
「何それ」
「いいんだよ。もう終わった話だ」
色んな意味で終わってる。
「まぁいいけど、ならウチはもう帰るよ」
「ああ。さっさと帰れ」
しっしと手を払う。
「なにそれ。ムカつく」
木崎は「あんたが呼んだくせに」と呟きながら扉まで歩き、中には入らず目の前で止まった。
そして振り返り満面の笑みで、
「お幸せに」
と言葉を残し扉の中へと消えていった。
それを受け取った俺は、「だから……違ぇって……」とこめかみをひくつかせながら腹の底から声を出した。
「言ってんだろうがああああああああああああああっ!」
その声は厚い雲を突き抜ける如き勢いで天高く響いた。




