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~百二十九の巻~魂

◇◇◇◇


 パチッ、パチッ、


懐かしい音・・・、


帰りたかった場所の音・・・、


気が付くと珠は、珠の体は、ふわふわと浮いておった。


そして先程迄は何も映さなかった瞳には懐かしい風景が映っておった。


身体中を襲っておった激痛も息苦しさも、今はもう何も感じる事も無かった。


そして、そして珠の視線の先、囲炉裏の縁には、珠の愛しい人が、囲炉裏に向かい枯れ木を手に座っておる。


珠には全く気付く様子が無い。


其れを感じて珠は改めて自身の全身を確かめると、珠の体は、まるで真夏に見た陽炎の如く実体が無かった。


試しに己の手に触れてみると、右手は触れようとした左手をすり抜けていってしまった。


(ふふっ、面白い!)


(夢を見ておるのだろうか?)


(其れとも?)


其の時珠は初めて気付いた。


魂なのだと。


私は魂なのだと。


珠という器から抜け出して本来の姿である魂に還ったのだ。


遠い昔、セイが話してくれた事が思い出された。


恐らく此れから天に昇らねばならぬのだ。


そして解った・・・。


願いを聞き届けて戴けたのだ。


愛しい人の姿を一目見たいという最期の願いを・・・。


(神様、指輪さん、ありがとうござります!!!)


珠は下に居るセイを見た。


逞しくなった。


すっかり大人の男の人になったセイを見るのが、少し気恥ずかしい。


過日笹野から聞いた話では、姉上様との間に二人の男子(おのこ)に恵まれ、凛々しい父親になったとの事だった。


其れを聞いた時に感じたチクチクした胸の痛みも、今はもう感じる事は無かった。


珠はどうにかしてセイの元に近付けまいかと思い、手を掻くように動かしてみると、珠の体はまるで魚の如く自由に空間を泳いで行ける事が判った。


(わあ、凄い!)


此れならもうセイに鈍いなどと言わせぬ!


珠は暫く物語で読んだ人魚になった気分で、昔馴染んだ広間を自由自在に泳ぎ回っておった。


偶に悪戯がてらセイの周りを回ったり、顔の前に手を差し出したりしても、セイは居眠りしておるのか目を瞑っており、全く気付く様子が無い。


この地に戻れた事で、心迄、まるで童心に返った様に珠は夢中で楽しんでおったが、ふと、どれ位この地に居られるのかと思い至った。


斯様な事をしておる場合ではないではないか!


珠は急いでセイの近くに降り立つと、(かつ)てセイが己にした様に、どうせ見えぬのだからと大胆な気持ちになってセイの背後に座り、後ろから温める様にセイを抱き締めた・・・。


ずっとこうしたかった!


貴方が何かに苦しんでおるのを知りながら、何もしてあげられぬ不甲斐無い幼き自分が辛かった。


だからせめてこうして温めてあげたかった。


抱き締めてあげたかった。


貴方を私が守りたかった。


常に傍で貴方を!!!


貴方を守る人が何故私ではいけなかったのか!


珠の瞳からは、実体の無い涙が、ぽろぽろぽろぽろと溢れだし、頬を伝うて顔を埋めたセイの肩に、次々と流れ落ちていった。


すると・・・、


「遅い!」


其の昔、何度も言われて、言われる度に嬉しくて、其の度に涙が込み上げてきた、今一番聞きたかった言葉が、珠の背後から聞こえてきた。


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