~百十九の巻~ 婚礼の日
年が明け、早いもので今日は婚礼の日。
私の不安をよそに、何事も無く、無事にこの日を迎える事が出来たのだった。
◇◇◇◇
「お父様、お母上様、本日迄お育て戴きまして、有り難うござりました、長い間、お世話になりました。」
私が手をついて二人にご挨拶申し上げると、
「珠、大海様にお尽くし申し上げ、お役に立てる様に励みなさい。」
「はい、お父様、お言葉いついかなる時も胸に刻み、精進致しまする。」
「珠や、折々に、お顔を見せに帰っていらしてくださいね、お父上様が寂しがられておられます故・・・。」
「はい、お母上様、有り難う存じます、お父様の事、宜しゅうお願い致します。」
「貴女は私達の大切な娘に変わりは無いのですから、真にいつでも遊びにおいでなさい、此れからはお二人で、ですね。」
「はい、お母上様・・・。」
お母上様が、私の為に涙を流してくだされておられる。
何故もっと早くこの御方と、気兼ね無くお話させて戴かなかったのかと、今更悔いても始まらぬが、過去の己の愚かさに腹が立つ。
◇◇◇◇
あの風矢の一件以来、度々お母上様のお部屋をお訪ねさせて戴く様になった私は、都に住まわれておられる貴族の方々の細々とした情報や噂話、過去のあれこれに至る迄、大海様と共にこの都で歩んで行く上で必要不可欠な様々なお話を聞かせて戴いたり、針仕事を教えて戴いたり、お母上様をはじめ、柚子や楓、隼人共、今日迄楽しく有意義な毎日を過ごさせて戴いた。
其れらの日々の中で、お母上様が私の実のお母様と親しくなされていらした事も初めて伺った。
そして・・セイの事も・・・。
◇◇◇◇
『私は、貴女のお母上様、小夜奈様には実の妹の様に、たいそう可愛がって戴いて、姉妹が居らぬ私も、小夜奈様をお姉様と思うて、慕うておりましたのですよ。』
『小夜奈様は女子の私から拝見してもときめいてしまいそうな程、お美しい御方でござりました、ねぇ、柚子?』
『はい、其れはもう、都で随一の、貴族のご子弟様憧れの姫君様でいらっしゃいました。』
『あの当時、姫君様の一番人気は小夜奈様で間違いござりませんでした、そして、殿方の一番人気は、安芸家の郁馬様でござりました。』
『あ・・き家?』
『『・・・』』
『はぁ。』
其処でお母上様が何故か深刻なお顔になられて、珍しくも大きく溜め息を吐かれた。
『奥方様、申し訳ござりませぬ、私とした事が、話の流れでつい・・・、』
『いえ、珠は最早幼子ではありませぬ、来春になれば大海様に嫁ぐ大人の女人、此れは丁度良い機会やもしれませぬ。』
『其れに・・・、この屋敷を出れば、何れ必ずやこの話を耳にする日が来るでしょう、いつ、何処で、どの様に耳にするか分からぬのなら、今此処で、私達のみが知る、安芸家の方々の真のお姿を教える事こそが珠の為にも良いでしょう。』
『確かに、奥方様の仰る通りやもしれませぬ。』
『お母上様?一体何のお話をされていらっしゃるのですか?』
お母上様が何のお話をされておられるのかさっぱり解らずに、私が戸惑うてお母上様にお伺いすると、
お母上様は私の方に向き直り、真っ直ぐにご覧になられて、
『珠、大切なお話があります、貴女にも関わりが有る大切な・・・、笹野も共に聞いておると良いでしょう。』
◇◇◇◇
『安芸のご一族の事は何処迄知っておりますか?』
『安芸の・・・、安芸のご一族は、陛下への謀反を企てた罪により一族皆捕らえられたと聞き及んでおりまする。』
『其の当時未だ十代でいらした大海様が、密かに内偵を進められて一網打尽にされて・・・、たいそうなお手柄だと評判になられたとか・・・。』
『ええ、確かに其の通りです、表面上は・・・。』
『表面上・・は、とは一体?、真実は・・違うと?』
『珠、此れから私が語る事は、貴女には辛き話かもしれませぬ、然れど貴女には真実を、貴女にだけは正しく理解しておいて戴きたいと思うのです、そして恐らく此れは皆様の願いにて、貴女には辛き話なれど、せねばならぬ時がきたのです。』
『はい、お母上様、如何様なお話かは想像もつきませぬが、如何様なお話であれ、私は、私にとりまして例え辛きお話でありましても、其れが事実でござりましたら、真実を知らねばならぬと存じますし、私も知りたいと存じます。』
『そうでなければ、其の事に関わられておられる全ての皆様に、申し訳がありませぬ。』
『珠、其の通りです、物事は往々にしてねじ曲げて伝えられる事が多い、然れど、闇に葬られた真実こそが正義の場合もあります、其れを存じておるのなら、語り継いでゆかねばなりませぬ、闇に消された方々の為に・・・。』
そしてお母上様は弟の隼人に向き直り、
『隼人、貴方はこの右大臣家の嫡男、貴方にも正しく理解しておいて戴きたいのです。』
そう強い瞳で申された。
『はい、母上、私も何事も真実を知っておきたく思うております。』
其れを聞き、母上は大きく頷かれて、語り出された。




