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~百十四の巻~ とどめ

 「ではお伺い致しますが、貴方様は年初にご子息様に祝着と懐剣を贈られておられる様ですが、此れは何故(なにゆえ)ですか?」


「あれが三歳になった祝いぞ、私は弥生の謀略を知る前は、愚かにも、きちんと父親の務めを果たしておったのだ!」


「今何歳と仰せになられました?」


「三つだと申しておろう!」


何方(どなた)が三つなのですか?」


「ふざけるな!頼親だと申しておろう!愚弄するのもいい加減にせよ!」


「つまり、ご子息・頼親様は、本年三つにおなりなのですね?」


「そうだ!其れが何だと申すのだ!言い逃れする為、話を逸らそうとしておるのだろうが、其の手には乗らぬぞ!今はお前達の家の家人の話をしておるのだ!」


「皆、今の禎親様の供述、(しか)と聴きましたね?」


「「「はい!」」」


「禎親様、然すればやはり当家の家人は潔白にて、直ちに解放してくださりませ。」


「はぁ?何故(なにゆえ)そういう話になる?やはり未だ言い逃れせんと企んでおるのだな?」


此方(こちら)の貴方様が自ら(したた)めたと仰せの書状には、ご子息様は四歳と記されておりまするが?」


お母上様が書状を禎親様の目の前に広げて提示されると、禎親様は其れでも己の(はかりごと)の綻びに気付かず、暫し其の書状を食い入る様に見つめていらしたが、


其処で漸く、お母上様がご指摘なされていらっしゃる己の誤りの意味するところに思い至られたのか、見る見る其の表情が崩れていかれた。


「漸くご理解戴けた様で、ほっと致しました、どうお話し申し上げてもご理解戴けぬ故、己の話術の拙さを呪いたくなりました。」


「さて、風矢は何処です?」


すると、悪足掻きにも程が有るが、


「そ、そうだった、四歳だった!ち、父親などと言いがかりを付けられ、初めから怪しんでおった故、滅多に会う事も無く、すっかり歳を数え間違うてしまうた!そうか、昨年だったのか!」


などと、この期に及んで未だ己の敗北を認めず、醜く言い逃れせんとするこの御仁(ごじん)の器の小ささには、私は最早蔑みの情しか浮かばなかった。


「珠や、」


「はい、お母上様。」


「どうやら例の写しの出番の様ですよ。」


とにっこり微笑まれたお母上様だったが、


「全く往生際の悪い!!!」


と呟かれた最後のお顔は、般若の如き憤怒の形相だった・・・。


(こ、怖い!怖過ぎる!!!)


私はお母上様の其の迫力に気圧されながら、


「さ、禎親様、では此れをご覧くださりませ。」


と侍女に役所で確認して来て貰うた御子の出生の届出書の写しを、お母上様と同様に、よくご覧戴ける様に禎親様の目の前に広げて提示した。


「先程、役所で閲覧致しました写しにござります。」


「此れに拠りますと、ご子息様は本年未だ三つの筈、ご安心ください、貴方様は我が子の歳を数え間違える程、未だお年を召されてはおられぬ様です。」


私が、隣で既に怒りの頂点に達しておられるお母上様を視界に入れぬようにしながら、何とか最後に笑みを貼り付けてそう申し上げれば、


「斯様な写しなど、何の証にもならぬわ、幾らでも改ざん出来よう!」


呆れた事に、未だ言い逃れせんと足掻いておられる。


(何とみっともない御仁(ごじん)か!!!)


私はやはり未だ未だ修行が足りぬ、こうなると最早笑みを貼り付けるのは苦痛に近かった。


「禎親様、ご心配には及びませぬ、きちんと原本も押さえてござりますれば、私共に抜かりはござりませぬ。」


私が何とか引き攣りながらも最後の笑みを貼り付けてそう申し上げれば、


「み、三つだろうが、よ、四つだろうが、と、歳など問題では無いわ!不義の上で出来た子を、私の子と(たばか)った事実に変わりは無いのだからな!」


と、未だみっともなくも叫んでおられる様は、とても大貴族のご嫡男とは思えぬ醜態ぶりだった。


すると、其れ迄私の後ろで我慢して状況を見守うておった笹野の堪忍袋の緒が、とうとう切れてしまうた。


「言い逃れも大概になさりませ!!!風矢様は私と祝言を挙げて以来、他の女人(にょにん)に会うてなどおりませぬ、其の事は妻の私が一番よう解うておりまする!」


「な、何だとぉ?使用人の分際で、誰に物を申しておる!皆の者、此奴(こやつ)ら全員捕らえよ、不敬罪だ!」


愚かにも禎親様は、遂にお母上様の堪忍袋の緒さえも切ってしまわれた。


「全く!私共がわざわざ穏便に済ませて差し上げると申し上げておりましたのに、愚かにも程があります!然れど元々身から出た錆、致し方ござりませんでしょう、柚子!」


「はい、奥方様、畏まりました。」


「皆の者、出合え!!!」


柚子が掛け声を上げると、少し離れて待機させておった警護の者達が、一斉に此方(こちら)に駆け寄って、私達を護る様に前に立ちはだかった。


「な、何だ?手向かう積もりか?」


予想外の展開に明らかにたじろぎ気味の禎親様の言に、お母上様はきっぱりと斯様に申された。


「いいえ、ご心配無く、其の逆でござります故!」


「皆の者、この者を捕らえよ!役人に引き渡します!」


「な、何だとぉ!私は左大臣家の嫡男だぞ!いったい何の嫌疑で私を捕らえようと言うのだ!」


「其れもご心配には及びませぬ、監禁、脅迫、強要・・・、証拠は此方(こちら)に、貴方様が先程、御自(おんみずか)(したた)めたとご自身で仰られたこの署名入りの書面他多数、お役人様方にしっかり吟味して戴きましょう。」


そして一段と大きなお声で、


「其れで宜しいという事でござりましょうか?左大臣様?」


禎親様を越えた屋敷内に向けて、そうお声を掛けられた。


すると・・・、


「あはははははは、」


という大きな笑い声が、真っ暗な門の内側から響いた。


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