~百五の巻~ 手筈
「ではお母上様、私達は此れより女人の店へ行って参りまするが、此れが最後のご相談でござりまする。」
「台所方の下女中と下男を、何名かお貸し戴きたいのです。」
「台所方の?」
「はい、女人と話す為には、どうしても店に張り付いておる左大臣家の見張りの目を逸らす必要がござります。」
「其の為に台所方の者達が使えるというのですか?」
「はい、上手くゆくかは分かりませぬが、他に手も思い付きませぬ故、一か八かでござります。」
「おほほほ、真に貴女方は前向きで豪快な事。」
「禎親様は真に愚かな御方です、守りたい方がおる女人が、如何に無鉄砲で突拍子も無き行動をも平気で出来てしまうものなのか、何もお解りになられておられぬ。」
「人手が必要なら、幾らでも必要な人数、連れてお行きなさい。」
「お母上様!ありがとうござります!では行って参ります!」
「くれぐれも無茶はせぬ様に!危険と思うたら迷わず引き返して来るのですよ!」
「「はい。」」
◇◇◇◇
「皆、事の次第は今説明した通りです、斯様な事に巻き込んで済みませぬが、皆の力が必要なのです、然れど、身の危険を感じる様な事有らば、勿論直ぐに逃れて構いませぬ、矛盾しておるかもしれませぬが、風矢を含め、誰一人怪我一つして欲しくないのです。」
「姫様!私達の様な者が何のお役に立てるのかさっぱり解りませんですが、私達でお手伝い出来る事がございますんでしたら、是非お手伝いさせてくださいまし。」
「そうでございます、姫様、私共は皆、此方のお屋敷でお世話になっておりますのが、自慢なんでございます、周りの者から、どうにか此方のお屋敷で働かせて戴きたいので口を聞いて貰えまいかと、しょっちゅう頼まれますんです、今人手は足りておるから無茶言うなって、断わるのが大変なくらいで。」
「風矢様にも、笹野様にも一方ならぬお世話を戴いておりやす、どうか私等に出来る事が有るのでしたら、何なりと仰ってくださいまし。」
「皆、ありがとう!私達は真に果報者です!そう思いませぬか?笹野!」
返事が無いので目をやると、笹野は目尻を拭ったところだった。
「其れでは、此れからの手筈を説明致します故、私の申した通りに頼みます。」
「先ず、其の女人が居る店の様子を確認した後、私と笹野で桔梗屋殿のところに行き、女人を呼び出して貰える様に頼みます、恐らく周囲には知られたく無い筈です、桔梗屋殿がお声を掛ければ、女人を出すでしょう。」
「其の際の設定はこうです・・・。」
「二人目の子が出来た笹野が、此れを機に暇乞いをして、予て念願だった小料理屋を開きたいと申してきたので、私が此迄の礼に、良い店を世話する事になっておって、其れ故に空き店舗を探しておった笹野が見付けてきたお店が其の女人のお店だった、女人からは、本日迄に手付けを貰えるなら笹野に売っても良いと口約束を貰うておるので、どうしても今日会わねば困る、然れど、店が閉まっており様子がおかしい、其の様に桔梗屋殿にお話し申して、取り次ぎを頼みまする。」
「其処で皆の出番になります、桔梗屋殿がお声を掛けて女人が顔を見せたら、手付けを渡す前に最後にもう一度中を確認したい、何分初めての事、使い勝手等も判らぬ素人なれば、経験者の意見を訊くべくお出て戴きました、と笹野が申したら、強引に中に皆で入ってください、そして台所等をあちらこちら隅々迄其のお店の中を、ああでも無い、こうでも無いと言いながら見て回って時間を稼いで欲しいのです。」
「其の間に私達は、女人と話をして、女人と御子を助けだします。」
「其れだけで宜しいので?其れならお易い御用にござります、姫様、なぁ皆の衆?」
「はい!思う存分あちらこちら突き回してご覧に入れます!」
「「お任せくださりませ!!!」」
「ありがとう!」
「では女人と御子を連れ出す為に、今皆が着ておるのと同じ女物の下働き用のお仕着せを一揃えと、お店の中を調べる為に道具類一式持参したと申します故、御子が入れる程度の道具箱を用意してください。」
「畏まりました!直ぐにご用意致します!」
皆が準備の為に散って行くと、私は笹野に、
「笹野、衣を用意してください、普通の民が纏う目立たぬ衣を!其れと念の為、髪型も変えましょう。」
「変装でございますね、姫様!只今ご用意致します!」
そして私達一行は、準備万端整うと、気を引き締めて女人の店を目指し出発致した。




