~百四の巻~ 女人連合
「風矢が?!」
「風矢様が?!」
「はい、閲覧申請者の台帳に、間違いなく署名もござりました。」
其れは風矢も女人の話に疑念を抱いておったという証であり、そして間違いなく[今朝]女人の店に行ったという動かぬ証!
此れ以上の証は無い!
私は想定外の嬉しい事実に思わず大きな声を出してしまうた。
そして私と笹野は顔を見合わせて、勝利の笑みを交わした。
「如何しました?」
「はい、お母上様、此れをご覧くださりませ。」
「此れは!」
「はい、彼の女人が風矢の御子と申しております御子の、出生届の写しにござります。」
「其処で三つ目のご相談でござりまするが、此れの原本と今申しておった閲覧の台帳を、安全な場所に確保しておきたいのです。」
「其れなら簡単ですよ、私の弟が役所に出仕しておりますからね、直ぐに誰かに繋ぎを取らせましょう、其れと・・・、口の達者な侍女は貴女の傍に居りますよ。」
「えっ?お母上様?」
「姫様、右大臣家の家人で、話術で私の右に出る者など居りませぬが!」
「然れど、貴女は身重の大事な身体、危険過ぎます、女人の家とは申せ、安全では無いのですよ。」
「其の女人がまだ都に居ると思うておる根拠は?」
「はい、お母上様、少なくとも明日の朝迄は都に居ると存じます、姦通罪を問う腹積りなら、其の当人が居らねば左大臣家の沽券に関わりましょう、今は監視を付けて監禁しておる筈です。」
「明日の朝、全てが思い通りに運んだら、お金を持たせて都から逃がしてやる、などと申しておるのではないか思うのですが・・・、然れど恐らく都を出たら・・・、」
「ひっ!ま、まさか!」
「ええ、生きておれば、何れにしても禎親様にとって足枷となる面倒なだけの存在です、此迄の禎親様の行状から鑑みれば、生かしてはおかぬでしょう。」
「私もそう思います。」
「お母上様・・・、」
「ひ、姫様、やはり私をお連れになられてくださりませ!この一件は元を辿れば私共夫婦が発端、風矢様をお助けするは妻の務め、妻は私です。」
「其れに私は、風矢様が一時でも情けを掛けたという其の女人を、其の女人を一目でもこの目で見ぬ事には、どうにも気が収まらぬのです!そして出来るなら、出来るなら、風矢様が心許した女人なら、私は哀れな其の親子も助けたいのです!」
「笹野・・・、風矢といい貴女といい・・・、人が好いにも程が有ります。」
「然れど、其の様にお人好しの貴女方が、当家に居る事が私の誇りなのです。」
「姫様!!!」
「分かりました、然れど絶対無茶はせぬと約束してください。」
「おほほほ、其れは姫様でござりましょう?」
「まぁ!私が何をすると申すのです!」
「さぁ?姫様の破天荒な行いは、誰にも予想もつきませぬ故。」
「笹野!!!」
「おほほほ、珠、すっかりいつもの調子を取り戻した様ですね、後は何か-」
「母上!叔父上の元には私が参ります。」
「隼人?」
「其れ位私にも出来ます、其れに反って子供の方が、目眩ましにもなり、良いのではないですか?」
「成る程、確かにそうかもしれませぬ、では其の件は隼人に頼みましょう。」
「では珠、他に何か有りますか?この一件、全て貴女に任せますが、ただ、此れは冗談では無く、十分に気をお付けなさい。」
「お母上様・・・。」
「貴女の筋書きは、凡そ理解致しました、私も出来る限りの協力は惜しみませぬ、其の親子の今後については私達に任せなさい、此方で全て整えておきます。」
「柚子!よいですね?」
「はい、奥方様、丁度私の里より、身元の確かな人手は居らぬかと、度々問い合わせを受けておったところでござりました。」
「其れは重畳。」
「珠・・・、お父上様と私とで内々に調べたところでは、今回の領地での税に関する不正についても、裏で糸を引く何者かの影がちらほらしております。」
「其れは真にござりまするか!?」
「志摩姫様の件といい、今回の件といい、まるでお父上様ご不在のこの機を狙うた様な一連の動き、偶然にしては余りにも出来過ぎておる故、先頃より不審に思うて内々に調べを進めさせておりました。」
「然しながら彼のご一族は、以前より非常に手口が巧妙なのです、其れ故、見えてくるのは末端ばかりで、糸引く黒幕に辿り着くだけの確証は未だ得られておりませぬ、其のやり口に今迄どれ程の人々が苦しめられてきた事か!」
普段穏やかなお母上様が、斯様に語調を荒げられる等、余程此迄にも、同様に泣かされてこられた方々がおられるのだろう。
「然れど此度の一件は、この確たる証拠が有れば十二分に追い詰める事が可能、然ればこそ、危険を伴います。」
「左大臣家ご嫡男・禎親様は、父である左大臣様に比べて・・・、」
「お母上・・様?」
「何と申しますか・・・、其の・・・、少々機転が利かず、短絡的なところがお有りとか・・・、」
「お、奥方様、そ、其れは・・・、」
笹野が笑いを堪えておるのを、これ笹野、と横目で嗜めると、お母上様も、
「笹野、笑い事ではありませんよ、恐らく、いざ事が失敗したと判れば、其の様な御方は何をしてくるか分かりませぬ・・・。」
「珠、貴女だとて、皇子様との婚儀を控えた大事な身に変わりは無いのですよ、くれぐれも無茶はせぬ様に!」
「はい、お母上様、お心遣い痛み入りまする。」
「其れでは皆よいですね?どうやら左大臣家の皆様方は、此方が女人のみの留守宅と思い、侮っておられるご様子、女人を怒らせたらどうなるのか、少しお灸を据えて差し上げねばなりませぬ!」
「「「はい!」」」
「我が家の女人は揃いも揃うて・・・、禎親殿は今頃悪寒が走っておられるのではあるまいか?」
「隼人、何か申しましたか?」
「いえ、母上!母上達の奇想天外な逞しさに、ただただ感服致しておりましたところで・・・、ハハハ。」
こうして私達・女人連合の戦いが始まったのだった。




