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~百二の巻~  義理母娘

 お母上様と弟の隼人が居られる母屋に参ると、慌ただしく人が出入りしておった。


其れでも私が伺うと、先振れを向かわせておった事もあり、直ぐにお部屋に通して戴けた。


久方振りに訪れたお母上様のお部屋は、とても品の良い家具が(しつら)えられており、風通しも良く、仄かにかほる香も自然にお部屋全体に馴染んでおり、一言で申せば、お母上様の朗らかなお人柄其のままの、明るく感じの良いお部屋だ。


今其のお部屋には、お母上様と弟の隼人、そしてお母上様と隼人の乳母である、柚子と楓の親子が側に控えておった。


私がお部屋の入り口のところで跪いて、お母上様に、


「お母上様、突然お伺いさせて戴きまして大変失礼致しました、ご無沙汰致しておりまして申し訳ござりません、珠にござります。」


とご挨拶申し上げると、


「珠、其の様な堅苦しい挨拶などせずともよい、ようお出でなさいました、早うもそっと近う、中にお出でなさい。」


「姉上様!お久し振りです!」


私が顔を上げると其処には、にこやかに私達を歓迎してくだされておられるお母上様方がいらした。


私は座布が敷かれた部屋の中央に入らせて戴き、改めて跪くと、


「珠、お顔をお上げなさい、挨拶より、もっと良く貴女のお顔を私達にお見せくださいな。」


そう仰ってくだされたお母上様のお言葉に従い、顔を上げると、


以前より幾分ほっそりされたご様子だが、其れ以外は全く変わらぬ、常に明るく朗らかなお母上様が、笑顔で私を見つめていらした。


「珠、会いに来てくれて嬉しく思うております、丁度今、巷で評判というお菓子を戴いたところで、貴女のところにも持たせようと話しておったのです、ご一緒に戴けるなんて、今日は何て素晴らしい日なのでしょう。」


「どうぞお召し上がりくださりませ。」


楓が、私と、其れに笹野の分迄分けてくだされた菓子器を私達の前に配した。


「まぁ、美味しそう!珍しい品をありがとうござります。」


「喜んで戴けて良かった事。」


柚子が皆の分のお茶を用意しておった為、すかさず笹野が手伝いに入り、全員にお茶を配した。


お茶が行き渡ったのを確認して、お母上様が、


「召し上がって!」


と申されたのを合図に、皆お茶に口をつけた。


其のお茶も、まろやかな甘みの有る優しい口当たりのお茶で、私は初めて飲んだお茶だった。


「如何?其のお茶は?」


「まろやかなお味で飲み易いです、初めて戴きました。」


「まぁ、お口に合うて良かった事!其れは私の里の領地で栽培しておるお茶なのですよ、お気に召して戴けたなら、後で其方(そちら)に持たせます。」


「まぁ!お母上様のお里のお茶なのでござりまするか?斯様に口当たりの良いお茶は初めてです、ありがとうござります。」


「あの・・・、」


「何ですか?遠慮しないで何でも申してくださいな、親子なのですから。」


「はい、ありがとうござります、ではお言葉に甘えさせて戴きまして・・・、その・・・、大海皇子様にも、是非ご紹介させて戴きたいと存じまして・・・、とても美味しいお茶でござりました故・・・、」


「まぁ!まぁ!まぁ!」


お母上様は其の様に仰ると、暫くまじまじと私をご覧になられるので、私は居たたまれなくなって、真っ赤になって俯くと、


「まぁ!何て嬉しい事でしょう!里の皆は恐れ多いと恐縮してしまうでしょうけれど、其れに、珠の其の様に可愛らしいお言葉も聞けて、ねぇ、柚子!そう思わぬ事?」


「はい、奥方様、あの幼かった珠姫様が、斯様に仰られる日が来るなど、月日が経つのは早いもので・・・、」


「真に柚子が申す通りです、幾らでもお好きなだけ差し上げます故、お二人でお飲みくださいな。」


「ありがとう存じます、お母上様、お菓子もとても美味しゅうござります。」


お母上様は私達が何の話で此方(こちら)に伺ったのか、先振れにも簡単にだが言伝(ことづて)てあり、当然ご存知の筈だった。


侍女達の慌ただしい様子も、恐らく志摩姫様の件やら何やら、諸々の対策に追われておいでなのであろう。


然し、今目の前にいらっしゃる皆様方は、其の様な暗き話題など何も気になさる風でも無く、お菓子を召し上がっていらっしゃる。


私は斯様な非常時にも動じぬ、お母上様の逞しさと(したた)かさを初めて目の当たりにして、尊敬の念を禁じ得ぬ。


そして此れ程心強く素敵なお味方が、私のお母上様でいらしてくださる事に、心から感謝した。


私は長い長い時を経て、漸く真のお母上様の娘になる事が出来たのだと思うた。


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