第1話 こちょばし屋 初体験
大学の講義が終わった金曜の夕方、優人は都内のマンションの一室の前に立っていた。
マンションの一室を使ったエステサロン。店名は「こちょばし屋」。ネットの口コミで何度も見た、男性専用のくすぐりメンズエステだ。
「……来ちゃったのか、俺……」
心臓が早鐘のように鳴っている。優人は二十一歳の大学生。内気な文学部生で、彼女もいない。そんな彼には、誰にも言えない秘密があった。小さい頃から、くすぐりに異常に弱いのだ。そして、何よりの秘密は、くすぐりを「気持ちいい」と感じてしまう、くすぐりフェチであることだ。
きっかけは姉だった。
五つ年上の姉・美咲は、優人が子供の頃からよく「コチョコチョの刑」を執行してきた。宿題をサボった時、ゲームで負けた時、ただ暇だった時。理由は何でもよかったのだろう。
よく美咲は優人をベッドに押し倒し、両手を頭の上に固定しながら、容赦なく脇腹を攻撃してきた。
「ほらほら、優人? コチョコチョコチョ~! 笑っちゃえ~!」
姉の細い指が、優人の脇腹の柔らかい部分をサワサワと這い回る。
最初は我慢しようとするのだが、すぐに全身がビクビクと跳ね、堪えきれない笑い声が漏れてしまう。
美咲はそんな弟の反応を見るのが大好きで、ますます激しくコチョコチョと指を動かした。
あの頃の記憶は、今でも優人の体に染みついている。
特に、肋骨のあたりから腰のラインにかけての、薄い皮膚の下に神経が集中しているような部分。
そこを軽く撫でられるだけで、背筋がゾクゾクし、変な声が出てしまうのだ。
中学に入ってからは、そんな欲求を自分で抑えていた、はずだった。
しかし、ネットで「こちょばし屋」という店を知った瞬間、抑えていたものが一気に溢れ出してしまったのだ。
「プロのセラピストによる、本格くすぐり施術」「個室完全予約制」「男性専用」。
口コミはどれも「ヤバい」「一度味わったら忘れられない」「弱い人は即落ち」と絶賛ばかりだ。
本能には抗えない。「こちょばし屋」の画面をスクロールしているうち、優人の指は初回予約を入れてしまっていた。
「はあ……緊張する……」
優人は深呼吸を三回して、マンションのエントランスに入った。
5階の506号室。インターホンのボタンを押す指が、少し震えていた。
ピンポーン。
少し間を置いて、明るい女性の声が返ってきた。
「はい、こちょばし屋です~。どちら様でしょうか?」
「えっと……予約した、優人です……」
「あ、優人さんですね! お待ちしてました。どうぞ上がってください~」
オートロックが解除される音がして、優人はエレベーターで5階へ上がった。
506号室のドアの前で、もう一度深呼吸。
ドアが開くと、そこに立っていたのは、予想以上に若い女性だった。
「初めまして、優人さん。私は今日担当する、みうです。よろしくお願いしますね」
みうと名乗ったセラピストは、二十代前半くらいに見えた。
黒髪のセミロングを肩にかけ、白いエステ着に黒のタイトスカートという清楚な服装。
笑顔がとても柔らかく、優しく綺麗な瞳をしている。身長は160センチくらいで、優人より頭一つ小さい。
そして、健康的ですらっと細い指先。
しかし、その小さな手が、これから自分をくすぐり回すのだと思うと、優人の胸はまた激しく高鳴った。
「こ、こんにちは……よろしくお願いします」
声が上ずっているのが自分でもわかった。みうはそんな優人の様子を見て、くすくすと笑った。
「初めての方って、みんな緊張してらっしゃいますよ。大丈夫、安心してくださいね。今日は優人さんが気持ちよくなれるように、しっかりお世話しますから」
部屋の中は、マンションの一室を改装した個室サロンだった。
玄関を入ってすぐ左手にシャワールームがあり、奥に施術部屋がある。
みうに案内された施術部屋は、薄暗い照明に間接照明が効いていて、落ち着いた雰囲気だった。
中央に、幅の広いベッドのような施術台。壁にはタオルやオイル類が並び、ほのかに甘い香りが漂っている。
「それじゃあ、まずは着替えをお願いします。小さな紙パンツだけ履いて、うつ伏せになって待っていてくださいね。準備ができたら、呼んでください」
みうはそう言うと、にこやかに部屋を出て行った。
優人は一人になると、急いで服を脱いだ。
シャツ、パンツ、靴下……全部脱いで、最後に渡された小さな紙パンツを履く。
布面積が少なく、ほとんど紐のような感じだ。後ろはほとんど紐一本で、尻の割れ目が丸見えになりそうだった。
「うわ……これ、恥ずかしい……」
しかし、そんな羞恥心さえ、今は興奮に変わっていた。
優人はうつ伏せにベッドに寝転がった。顔はクッションに埋め、両腕は思い切ってバンザイの姿勢にしてみる。
少しして、軽いノックの音がした。
「準備できましたか? 入りますね~」
みうが入ってきた。彼女は白い施術着に着替えていて、袖をまくった腕がすらりと見える。手には小さなボトルを持っていた。
「では、始めますね。まずはこのベビーパウダーを塗らせていただきます。これを塗ると、指の滑りが良くなって、さらにくすぐったくなっちゃうんですよ?」
みうは優人の背中にまたがるような体勢で座り、ボトルを振ってパウダーを手のひらに出した。
冷たいパウダーが背中に落ち、みうの柔らかい手のひらがゆっくりとそれを広げていく。
背中、腰、肩……そして、徐々に脇のあたりへ。
「ん……」
優人は小さく声を漏らした。
まだ本格的なくすぐりではない。ただのパウダーを塗るだけなのに、すでに体が敏感に反応してしまう。
「ふふ、優人さん、もうビクビクしちゃってますよ。くすぐり、かなり弱いタイプですか?」
「……は、はい……特に、脇腹が……」
正直に答えると、みうは嬉しそうに声を弾ませた。
「へえ~、脇腹がいいんですね。了解です。では、今日は優人さんのリクエスト通りに、たっぷり脇腹を攻めさせていただきますね」
パウダーを塗り終えたみうは、軽く手を払ってから、優人の腰あたりにまたがり、少し体重を乗せてきた。
これで逃げられないように固定されているような感覚になる。
「それじゃあ、どんなくすぐりがいいですか? 最初は優しく? それとも少し強めに?」
優人は枕に顔を埋めたまま、ドキドキしながら答えた。
「……最初は、優しく……撫でるような感じで……」
「わかりました。では、始めますね。こちょこちょこちょこちょ~」
みうの声が甘く響いた瞬間、優人の右の脇腹に、柔らかい指先が触れた。
最初は、本当に軽いフェザータッチだった。指の腹で、ゆっくりと、肋骨に沿って上下に撫でる。ただ撫でられているだけなのに、ベビーパウダーのおかげで、肌がツルツルと滑り、くすぐったさが何倍にも増幅される。
「んっ……くっ……」
優人は唇を噛んで堪えた。まだ笑いは出ていない。しかし、もぞもぞ、ぞわぞわとした感覚が走り、身体を思わずくねらせてしまう。
みうは左の脇腹にも同じように指を這わせ、両側同時に優しく撫で始めた。優人の反応を一つ一つ確かめるような指づかいだ。
「どうですか? 気持ちいいですか?」
「……は、はい……気持ちいい、です……」
笑いを堪えようとした優人の声が震えている。みうはそれを聞いて、くすくすと笑った。
「まだ全然本気じゃありませんよ? もうそんなに我慢しちゃって。じゃあこんなのはどうですか?」
指の動きが、少しずつ変わっていった。撫でるだけでなく、指の腹を少し立てて、軽くサワサワと動かしてくる。爪は立てず、指の腹だけがモジョモジョとくすぐってくる。しかし、その微妙な刺激ですら、優人の弱い脇腹には致命的だった。
「ひっ……! あ、は……!」
堪えきれず、小さな笑い声が漏れた。
「ふふ、すごく反応いいですね。ここ、弱いんですか?」
みうの指が、ちょうど一番敏感な、脇のくぼみから肋骨の間を重点的に攻め始めた。サワサワ、サワサワ。こちょこちょ、こちょこちょ。リズミカルに、時には速く、時にはゆっくりと。
優人の体が、ビクッ、ビクッと跳ねる。
「くっ……くふっ……! あはっ……!」
みうは容赦なく指を動かし続けた。
「コチョコチョ~ ほらほら、笑っちゃっていいんですよ? 優人さん、くすぐりにとても弱いんですね~」
今度は両手の指を十本すべて使って、左右の脇腹を同時にサワサワと這わせる。指が肌の上を滑るたび、電流のような快感とくすぐったさが混じり合って、優人の体を駆け巡る。
「ははっ……! あはははっ! だ、だめっ……!」
もう我慢の限界だった。小さい頃、姉に何度も攻められたまさにその場所。ついに、優人の笑いが爆発した。
「あはははははっ! うひゃひゃひゃひゃっ! ひゃはははっ!」
「わあ、本格的に笑い出しましたね! 可愛い~。もっとコチョコチョしてあげましょうか?」
みうの声は嬉しそうだった。彼女は上体を少し前傾させ、指の動きをさらに細かく、執拗なものに変えていく。
サワサワ、コチョコチョ、コチョコチョ。指が一本一本独立して動き、優人の脇腹のありとあらゆる弱点を的確に刺激してくる。
「あはははははっ! ひゃはははっ! あははははっ! ま、待って……! ひゃあっ!」
優人はベッドの上で体をくねらせた。しかし、みうが上から優人を押さえ込んでいるため、逃げることはできない。紙パンツ一枚の姿で、必死にクッションに顔を押しつけながら大笑いする姿は、みうの目にはたまらなく可愛く映ったらしい。
「優人さん、脇腹本当に弱いんですね。コチョコチョ弱い人は、もっとくすぐりたくなっちゃいます~」
「いひひひっ! モミモミしないでえええっ! あはははははっ! しょこ弱いんでしゅっうう!」
「もー、コチョコチョ弱すぎですよ~、優人さん! ほらほら、ここはどうですか?」
今度は親指と人差し指で、肋骨の間を軽くつまむようにしながら、くすぐったいツボを素早く揉み込んでくる。
「ひゃひゃひゃひゃっ! あはははははっ! ひゃあああっ!」
優人はもう、大爆笑してしまっていた。涙が目尻に浮かび、息が苦しくなるほど笑い続ける。それなのに体中が熱くなり、紙パンツの下でさえ、股間が反応してしまっているのが自分でもわかった。
みうはそんな優人の反応を楽しみながら、くすぐりの強弱を巧みにコントロールして、刺激に慣れさせない。激しく責めた後は、少し優しく撫でて感度を上げ、また激しいくすぐり責めにする……。
その波が、優人をさらに興奮させていく。
「ふふふ、すごい笑い声。もっと聞かせてほしいな~? まだまだ時間ありますからね~? それっ! こちょこちょこちょこちょっ! こちょこちょこちょこちょ~!」
みうの指は止まらない。優人は脇腹をくねらせてくすぐりから逃れようとするが、左脇腹を隠そうとすれば、右脇腹を集中攻撃されてしまい、反射的に右脇腹を引っ込めると、待ち構えていたように左脇腹に10本の指が飛び込んでくる。みうがベビーパウダーをさらに振り掛けると、ますます肌は敏感になり、一瞬のタッチでも笑いが込み上げてくる。
優人は枕に顔を埋めながら、心の中で思った。
(やばい……これ、ほんとにヤバい……)
(姉ちゃんにくすぐられてた時より……ずっと、気持ちいい……)
笑いながら、快感に溺れながら、優人はこの「こちょばし屋」が、ただのエステではないことを、身をもって理解した。
みうの甘い声が、再び耳元で響く。
「まだまだこれからですよ、優人さん。
次は、仰向けになっていただいて……もっと敏感なところも、たっぷり攻めさせていただきますね?」
優人は息を切らしながら、ただ頷くことしかできなかった。無防備な仰向けでくすぐられたら、自分は一体どうなってしまうのだろうか。




