第2章 光るウツワ
「リョウワンカット」は先日の怪獣災害による被害が大きく、あれから二週間経った今も修復工事が続いていた。
ココロさんと俺は幸い大きな怪我もなく、二日で退院した。
俺たち社員は、在宅ワークと、今抱えているアポ先へのルート営業を余儀なくされていた。
「よし、今日も稼ぐぞ!」なんて気分には到底なれない。
営業部はもともと自由度が高く、営業成績次第では仕事の時間もある程度自分で決められる。
特に今のような社内の営業システムを使えないタイミングでは余計にそうだ。
俺たちもさすがに疲弊している部分もあり、いつものように飲みに行くことはなくなったが、ココロさんとは毎日のように電話で愚痴を言い合い、時には些細なことで罵りあっていた。
会社の修復も進んでいないわけではないので、一部の営業マンやボス、事務員数名は出勤できる状態にはなっているようだ。
どうも営業成績の悪いメンツから出社させて、ボスが直々に指導するいい機会だと踏んだそうで、相当なスパルタになるだろうと予測できる。
ココロさんは時折出社しているようだが、そういう環境であるから、あまりいつものように無茶してアポを追いかけることができないそうで肩身が狭いと電話で話した時に言っていた。
俺はというと、まったくやる気が起きない。
営業メールを何件か送り、ぼーっと過ごす。
別に好きでもないがブラックコーヒーを飲みながら散らかった六畳一間で、煙草をふかして部屋はあっという間に煙まみれだ。
なんだろうな。やめられないんだよな煙草。
味も別に好きなわけじゃない。
だが、煙草で言う美味しいは、冷静に考えて美味しいの感覚が食い物飲み物のそれとは違う。
苦みもあり、のども鼻も痛め異臭を放ち、おまけに肺と部屋のクロスを汚す。
百害あって一利なしとはよく言ったものだとつくづく思うが、でも俺にとっては、その一服でぼーっと考える時間こそが一利なんだろう。
まぁ、イライラは収まる。
例えばこんなニュースが流れたときなんかはどこぞのアニメキャラの様に5本一気に咥えて吸っても効果的だ。
『・・・・・・それでは、改めて本日ちょうど2週間になります怪獣災害。これを治めたs.c.rapの活躍は素晴らしいものではありますが、我々が目にし無視できないのはやはり怪獣に立ち向かったあの巨人です。』
はいでた。
世間のヒーロー様の活躍が『また』報道されてますよっと。
1度までならず2度目の活躍をかました某光の巨人はテレビニュースで毎日取り上げられている。
幾多の専門家がコメントし、その正体に迫っている・・・つもりのようだ。
番組司会者が『怪獣に対し一直線に立ち向かい、我々人類を守ることを目的に戦っているように見える姿勢と、そして人型で神秘的な顔の造形から銀色ベースの綺麗なフォルム。まるで夢でも見せられているのかと思わされましたがねぇ。』
というのに対し評論家っぽいおっさんが『映像等の記録を見てしまうと、現実に起きたことなのだと、改めて強く実感させられますね。姿形は、昭和世代から現在も子供たちに根強い人気を誇る特撮ヒーローの【・・・・・ン】と酷似しており、現代社会においては突如その空想科学の世界に突入したと言えるでしょう』
と続けて、その出自や質量など、あれこれ分析を始めた。
俺は面白くなかった。
大方こういうのは決まっているのだ。
怪獣はまぁ、動物の突然変異だのなんだのでなんか説明がつきそうな気もする。
だがあの某光の巨人だけは何とも説明がつかない。
想像もできない。
あれに関しては完全に宇宙人だろう。
戦い方もへたくそで、あいつが戦った場所は全部焼け野原だ。
とてもじゃないが、周囲を守りながら戦うのが得意には見えなかった。
リョウワンカットもボロボロになったしな。
どこぞの何百万光年先だかなんだかに、奴ら宇宙人の住むピッカピカの星があって、あんなのが虫の様にうじゃうじゃいるのだきっと。
そうに違いない。
昔からヒーローってのは、何の得があるのか知らんが人間を守ってくれる宇宙人と相場が決まっている。
これだろう。
そうに違いないし、それ以上考えたくもないし、現れてほしくもない。
地球の未来は地球の民が守ります!S.C.rapとかいう組織で何とかします!ってかしろ!やつを出させるな!
俺のSアポを奪った某光の巨人への怒りは、怪獣災害から人類を救ってくれたありがたみを越していた。
俺はあのアポがないくらいなら明日なんてなくてよかったんだよ。
気が付いたらタバコが根元ギリギリになってた。
それにさえもイライラして灰皿にゴリゴリと力任せに吸殻を押し付けた。
でも俺たち人類を守ってくれたように見えたのは事実だ。
結果、命があるのは奴のおかげ……うーん。
まぁ半分しょうがないかと。
そう落ち着けたその時、スマホが鳴った。
俺の歩合の一番手収入源の取引先からだった。
今までそこらのゴミや服と一緒に放られていたスマホをすぐさま宝物のように、誰もいないのに誰にも渡すまいと言うようなスピードで手に取り電話に出た。
「お世話になっております!リョウワンカットのアイカワです!!」
気持ちいつもの二倍元気に挨拶をかました。
電話口はそれとは反対に無気力、けだるそうな声だった。
『あ~アイカワ君、いつもありがとうねぇ。』
「いえいえ!とんでもないです!本日はどうされましたか?」
彼はOCB株式会社の社長、オクダ・テルオさん。
歳は40代くらいだろうか、ちゃんと聞いたことはないのだが若ハゲらしく、20代後半からハゲ始めたときからどこぞのココロとかいうやつと違い、スキンヘッドを貫いてるそうだ。
がっしりとした体格に高身長でぱっと見はいかつく見えがちだが、電話の開口一番でわかるように温和でトラブルを避けたがるとても柔らかい人だ。
だがそれは同時に、仕事においても柔軟さを持ち得るわけではない。
この人はどちらかというとカッチカチの頑固寄り。
隣の県の山奥にある大きな工場に会社の看板を掲げてはいるが、大きくするまでの代をまたいだ30年間、相当苦労をなさったそうで。
商売とは、営業とは系の自論が強い。
ただ、お金は有ることはすぐに嗅ぎ当てた俺は、この会社にしつこくテレアポし、アポが取れれば通いつめてやっとのことで定期卸売契約を結ぶことができた。
基本オクダ社長から連絡が来るときは作業用シャツの発注数の変更・・・なのだが今日はなんだか嫌な予感がした。
『最近は怪獣騒動がものすごく物騒だね』
「えぇ。オクダ社長の方は影響いかがですか?」
『う~ん、そのことなんだがね・・・』
それみたことか。何か言いだすぞ。
「はい・・・何か問題が?」
『あの騒動で直接的な被害はなかったんだが、騒動直後からの話でね。うちの従業員、工場内のライン上で軽作業をさせているものがほとんどなのだがある日、一人が目がうつろになって作業を全くしなくなったんだ。管理を任せている者が班長と呼んで何人かいるので叱りはするのだが、仕事の時間内は全く使い物にならないままでね。退勤時間のベルをいつも鳴らしているのだが、そのベルでハッと元に戻って平謝りをして帰るというなんとも説明できない事象が続いていて、かれこれ2週間だけでとんでもない損害なんだよ。」
妙な話だ。
ただ単にそいつのやる気の問題ではないのか?
「その従業員の方の体調があまり優れないというお話ですか?業務的にも負担が大きかったのでさぼられると困るといった?」
『いや、それが次の日にはその子は大丈夫で別の子が。』
「使い物にならなくなる?」
『そうなんだよ!それがここ二週間で一人、二人と増えてもう六人だよ一日に。ランダムな人間がだよ?怪奇現象としか思えない。いずれにしてもどうすればいいのかわからない挙句、20人以上いる派遣社員もそのせいでオペレーションが取れず使い物にならない。人件費と単純売り上げのダブルマイナスで今相当ピンチなんだ。そこで、今外せる枷は外していきたいと私も立場上思うわけで・・・・』
まさか・・・?
「まさか、弊社の契約解除ですか?そんな!御社にとっても今となっては必要なツールのはずです!」
リョウワンカットのTシャツはオリジナルで提供する。
OCB株式会社は塗料をふんだんに使う特殊な会社で普通の上着などではすぐに塗料が付着し帰る頃には固まってカチカチになってしまう。
オクダ社長に提案し定期購入契約をしてもらえてるのは塗料が付着しにくく、着心地はずっとサラサラのままでいられる弊社のオリジナル技術を気に入ってもらえたからだ。
社員の快適な職場環境の提供を福利厚生とし、相当汚れたとしても無償で替えを用意するとのことで社員満足度を上げ作業能率にも繋げようという狙いだった。
確かに俺たちでは直接的利益は生み出せないのはあるが・・・と言いたいことは山のようにある。
だがもう経験上わかっている。
もうこれは覚悟を決めてかけてかけてきている電話だ。
基本的にはこの解除の波に抗えない。
・・・基本的にはね。
『アイカワ君、悪いね。今回ばかりは』
と続けようとしたオクダ社長に割るように俺は「社長!!一つご提案があります!」と。
「その事件、私に預けてもらえませんか?」
完全に業務外のことを言っているのはわかってる。
『え?預けるって、どうするつもりなの?』
ごもっともの反応だ。たかが営業マンが放つ提案では決してない。
だが俺はそこを突く。
「まず大前提、弊社としては今後のご購入についてもご縁を頂きたいと存じております。ただ、その上で利益直結でない上に、他の問題による損害回復が早急であるとの状況も理解できます。ここで相談なのですが、私、実は大学時代オカルト研究部での経験を活かし怪奇現象を解決した実績があります。」
ウソである。ただこんなことウソだと思われればウソで終わる話なだけで、通ればラッキー。まずは反応を見るのだ。
『本当に!?』
食いついた。予想通り、心配性のくせに人を疑うことにはとことん疎い人だ。
これは説明を省いて目的を伝えてしまってオッケーを貰うべきだ。
「もし、私がその問題を解決出来たら、相変わらず直接的ではないですが損失回避という意味では利益は出ますよね?」
『それは確かに・・・。だけど君が本当に解決できるのかい?』
「確証はないです。ただ、このまま弊社との関係を切りコストカットしたところで問題解決しないのも同じではないですか?それなら、もう2年の付き合いです。ばつんと切ってしまうなら最後に一度私に賭けてみませんか?」
『・・・・・・・・・・』
沈黙。
テクニックで使うのだが、精神は削れる。
オクダ社長自身この問題にどう向き合えばいいのかわかっていないだろうから、ここで0,1%でも可能性を、しかも一応は知っている信用のおける人物に任せるというのは選択肢に入れられるはずだ。
『・・・・・・わかった。2年前を思い出したよ。君のそういう仕事の姿勢が気に入って契約を決めたんだったね。早速明後日、朝方何時でもいいから顔を出してくれるかい?』
「承知しました!ありがとうございます!」
プツッと電話を切った。
プツッと首の皮がキレるところだった。
あぶねぇ。
毎月の安定した歩合の中でも60%を占めてるのがこのOCB株式会社だった。
頑固ではある、頭も固いが金に少々無頓着でいくらでも払ってくれるいわゆるカモをそう簡単に逃してたまるか。
一応固定給も出てるんだ。
今みたいに出社の縛りもない時期なら、別に悪くない時間の使い方だと思った。
そう、正直言うと従業員の気の問題だと、最悪、話し合って懐柔すれば何とでもなる。
いいサボりだと。
舐めていた。
ルンルンで冷蔵庫を開け、缶チューハイを取り出し煙草に火をつける俺は、これから起こる本物の怪奇現象の恐怖を全く想像できていなかったのだ。
吹いた煙が揺らめく。
酒が入ったからか、まるで何かをかたどろうとゆっくり揺らめいているように見えた。
ゆらりゆらり。
そんなものを掴もうと奮闘する地獄の日々が、掴めたときには真の恐怖に直面するなんて、思いもしなかったんだ。
そして時は流れ、二日後。
俺の住む町は比較的都会と呼べる場所であり、交通の便に優れ、車と人の行き交うオフィスと高層マンションの多い場所だ。
行きつけの飲み屋街も近い。
その中でタワマンにでも住めていりゃ上出来なのだが、残念ながら俺は一般社会人に毛が生えた程度の給料。
地域で数少ないボロアパートを選び、家賃を浮かして飲み代と煙草に充ててる。
家は狭いが自由気ままに使えてるので気に入ってはいる。
だがアパートを出た細い道を出るとすぐさま都会。
そんな場所とは真反対なのが、今俺がレンタカーを走らせている隣の県だ。
舗装されているはずの山道はやたらと荒く、走るたびにレンタカーがガタガタと軋む。
県そのものが山でできてるんじゃないかと思うほど、見渡す限り山、山、山。
民家と工場、たまに農場といった具合で、OCB株式会社もその山の中心近い県内でもかなり標高の高い場所にあった。
道は入り組んでて、山頂一直線というわけにはいかない道路でぐるぐる同じ道を回るもんだから運転してても少し気持ち悪くなる。
昨年定期購入のお礼で挨拶をした時以来だな。ここに来るのも。
カモ・・・ではあるのだが、オクダ社長はかなりの人格者である。
社風は【快適】に【あっという間】。
うちのボスがゴリゴリ脳筋営業で根性ど根性タイプなのだが、オクダ社長は先ほどの電話の通り、あたまは固いが心は温和で、会社の利益判断もしっかりするが慎重で社員を大事にする。
社員からどう見られても、自分は社員を家族の様に大切にしていい雰囲気の会社を作るがモットーだと初めてお会いした時に仰ってた。
営業は小手先の技術をコネコネ使ったが、なんだかんだ俺自身、オクダ社長の考えには共感していたし、その思いを目一杯伝えた。
本当にそう思ったんだ。
俺には守りたいものってのがあまりはっきりない。
だからオクダ社長が輝いて見えたのも事実だった。
その想いが伝わり、俺もその家族に入れてもらえた。
歩合の為。
そう名目立てたが、オクダ社長の力になりたい思いも同じだけあった。
これは嘘じゃない。




