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ひだまりの約束と、対のシロツメクサ

SideA

黄金色の陽光が、波打つ草原を柔らかく撫でている。

 風が吹くたびに、シロツメクサの甘い香りが鼻をくすぐった。そんな穏やかな午後の昼下がり、私――アルティナの膝の上では、世界で一番大切な女の子が静かに寝息を立てている。


「……ふふ、本当に無防備なんだから」


私は、自分に預けられたその柔らかい金髪を指でそっと梳いた。

 村の広場に突き刺さっていた『聖剣』を、彼女が引き抜いてから数日。勇者に選ばれたルミエは、村の人々の期待と、これから背負う世界の重圧に押しつぶされそうになっていた。

 そんな彼女が、私の前でだけ見せるこの幼い寝顔。これこそが、私が何をしてでも守り抜きたいと誓った、私の世界の全てだった。


「ん……アル、ティナ……?」


長い睫毛が震え、透き通るような青い瞳が私を見上げる。目覚めたばかりの、少しとろんとしたその瞳に私が映る。ルミエは幸せそうに目を細めると、私の腰にぎゅっと抱きついて、すりすりと頬を擦り寄せてきた。


「おはよう、ルミエ。よく眠れた?」

「……うん。アルティナの匂いがして、すごく安心した。ねえ、ずっとこうしてられたらいいのにね」


ルミエの声は、鈴を転がしたように澄んでいる。

 彼女は私の膝から起き上がると、少し照れくさそうに、けれどすがるような真剣な表情で私の手を取った。彼女の掌は、ひんやりと冷たく、微かに震えていた。

 それは、明日から始まる「勇者」としての過酷な運命への恐怖だ。


「アルティナ。私、勇者になんてなれるかな……。魔物を倒して、世界を救うなんて大層なこと、私には……」

「大丈夫だよ、ルミエ。貴女は、世界で一番優しくて、強い子だもん。私が保証する」


私は彼女の不安を打ち消すように、その細い手を両手で包み込み、強く握り返した。

 ルミエは「聖剣」に選ばれた。それは栄光であると同時に、過酷な運命の始まり。

 私は知っている。昨日の夜、ルミエが一人で星空を見上げながら、聖剣の重みに耐えかねて声を殺して泣いていたことを。

 本物の魔物と血みどろの戦いを繰り広げれば、きっとこの子の美しい心は傷つき、すり減って、いつか壊れてしまうだろう。


(……そんなの、絶対に許さない)


ルミエには、いつだって光の中を歩いてほしい。

 泥を被り、誰かに恨まれ、返り血に汚れるのは、私一人でいい。

 もしこの世界に「倒すべき巨悪」が必要なら、私がその「最凶の悪」になってあげよう。

 ルミエが迷わず剣を振るえるように。彼女が「誰もが認める正しい英雄」として、全ての称賛を浴びる結末を迎えるために。私が、彼女のための完璧な舞台を作ってやるのだ。


「……ねえ、これ。さっき、アルティナが寝てる時に編んだの。お守り」


ふと、ルミエが恥ずかしそうに差し出してきたのは、二つの不格好なシロツメクサの指輪だった。

 彼女は私の左手を取ると、その薬指に、小さな花の指輪をそっと滑り込ませた。


「えへへ、サイズぴったり。……あのね、私が勇者として世界を平和にしたら、今度は本物の指輪を交換しよう? だから、ずっと待っててくれる?」


胸が、きゅうっと締め付けられる。

 あどけない笑顔で、未来の約束を語る彼女。その純粋な愛が嬉しくて、同時に、これから私が選ぶ道との決定的な違いに、泣きたくなるほど愛おしさが込み上げた。


「……もちろん。ずっと待ってるよ」


私はもう一つの指輪を手に取ると、ルミエの細い薬指に嵌めてあげた。

 緑色の茎と白い花冠が、私たちの指でお揃いの形を作っている。


「約束だよ、ルミエ。貴女がどんなに遠くへ行っても、私は貴女の味方だから。貴女を『完璧な英雄』にしてあげる。……何があってもね」

「うんっ! 大好きだよ、アルティナ」

「私もだよ、ルミエ」


私は彼女を強く、強く抱きしめた。

 ルミエの体温が、心臓の鼓動が、私の胸に痛いほど伝わってくる。

 これが、私たちが「ただの女の子」として交わした、最後で最高の抱擁になることも知らずに。


草原に響く、二人の笑い声。

 空はどこまでも青く、傍らに置かれた「勇者のための聖剣」だけが、冷たい銀色の光を放っていた。

 

 ――その無機質な光が、ルミエを『完璧で純真な存在』へと造り変える代償として、私との思い出を一つずつ削り取っていく呪いの剣だなんて。この時の私はまだ、知る由もなかったのだ。

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