復讐のための結婚
「誓いますか?」
厳粛な声が、静まり返った礼拝堂の天井へと吸い込まれていく。
その一言で、空気がわずかに張り詰めた。
私は顔を上げる。
色とりどりのステンドグラスから差し込む光。磨き上げられた床に映る参列者たちの影。重厚な装飾に囲まれた空間は、まさに祝福のために用意された舞台だった。
——滑稽だと思った。
この場にいる誰一人として知らない。
この結婚が、祝福とは程遠いものだということを。
「……はい、誓います」
柔らかく整えた声で答え、私は微笑む。
鏡の前で何度も練習した、完璧な王太子妃の表情。
視線の端で、隣に立つ男の気配を感じた。
エドワード・ヴァレンハルト。
この国の王太子であり、そして——私の夫となる男。
彼は一瞬だけこちらを見た。
その視線には、温度がない。
まるで、目の前の出来事すべてを“確認事項”として処理しているかのようだった。
——それでいい。
この結婚に、愛など必要ない。
最初から、そんなものは存在しない。
これは契約だ。
私と彼が、それぞれの目的のために結んだ、ただ一つの同盟。
指輪が差し出される。
彼の手は、驚くほど迷いがなかった。
静かに、正確に、私の指へと指輪を通す。
その動きには、ためらいも、感情もない。
まるで最初から決められていた工程をなぞるように。
——同じだ。
私もまた、同じように彼の指へと指輪をはめる。
その瞬間、わずかに視線が交わった。
ほんの一瞬。
けれど、十分だった。
言葉はない。
だが、互いに理解している。
この関係の意味を。
ゆっくりと視線を動かす。
最前列。
王座に最も近い席に座る男。
セバスチャン・ヴァレンハルト。
この国、ヴァレリス王国の王。
そして——私が、この手で引きずり落とすべき存在。
その隣に座る女が、目に入る。
王妃ではない。
だが、誰よりも王妃のように振る舞う女。
セレナ。
彼女は優雅に微笑み、まるでこの場すべてを掌握しているかのような余裕を見せていた。
その視線が、一瞬だけ私に向けられる。
柔らかな笑み。
だが、その奥にあるものを、私は知っている。
——空虚だ。
胸の奥が、静かに冷えていく。
怒りではない。
悲しみでもない。
もっと冷たく、揺るがないもの。
(……必ず)
誰にも聞こえない声で、私は心の中で呟く。
この国の王。
すべてを奪った男。
そして、その隣で笑う女。
(あなたたちを、終わらせる)
「これより、二人は正式に夫婦として認められます」
宣言と同時に、礼拝堂に拍手が満ちた。
祝福の音が響き渡る。
その中で、私はゆっくりと息を吐く。
視線を、再び前へ。
セバスチャンは満足げに頷いている。
何も知らない顔で。
何も気づいていない顔で。
その姿を見て、私はほんのわずかに口元を緩めた。
——いいだろう。
式が終わり、参列者たちのざわめきが広がる中。
隣から、低い声が落ちる。
「……約束は、忘れていないな」
視線を動かさずに、私は答える。
「ええ」
短く、しかしはっきりと。
「あなたも」
一拍の沈黙。
それから、彼はわずかに息を吐いた。
「問題ない」
それだけだった。
けれど、それで十分だった。
この結婚は始まりに過ぎない。
すべては、ここからだ。
私は静かに視線を上げる。
王と、その隣の女を見据えて。
(もうすぐよ)
その玉座を——
すべて、崩してあげる。




