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冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第六章 焔槍の切先
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第七十九話

 アウグスト邸では、使用人達がいそいそと夕食の準備を始めていた。


 評議会の日は帰りの時間が見込めないため、いつもこうだ。廊下から聞こえる、慌ただしく動き回る使用人達の足音に、カーターはため息をつく。


「相変わらず段取りが悪いな……」


 ベッドに倒れるように寝転び、外を見やる。窓の外は夜の帷が降り、街を濡らす火の光が空模様を隠している。


 カーターは評議会のことを思い返していた。


 ジュール・コルヴァスの瞳。始めて向き合って言葉を交わした。コルヴァス家は王とともにグラヌスクの礎を築いた血筋。五摂家の中でも唯一、王に進言を許されている人間。そして王国最強の名をほしいままにしている人間。


 話しているだけでも、とてつもない存在感の持ち主だった。それを気にも留めず話をできる、他の四人も当然自分とは格が違う。どこまでの研鑽を積めば、あそこまで——


 思索に耽っているところで、コンコンと部屋を叩く音がした。メイドが夕食の知らせにでも来たのだろうか。


「カーター様」


 違う。この声は召使いではない。ベッドから飛び起き、声を返す。


「入れ」


 父、ジョゼ・アウグストの側仕えだった。


「旦那様がお呼びです」



          ※


 手配書の絵描きを呼ぶにしても、いかんせん早すぎる。夕食もまだの時間に呼び出されるというのは、他の人間に聞かせられない話なのだろうか。


 複雑な胸中で、側仕えに続いてジョゼの執務室の前に立つ。


「お連れしました」


側仕えが声を投げると、扉の向こうからすぐに返ってくる。


「ご苦労。お前はそこまでで良い。カーターだけ通してくれ」


「かしこまりました」


 扉を引いたまま側仕えはどうぞ、と腕を中へ向ける。カーターはそれを受けて中に足を運んだ。後ろで音を立てぬよう、静かに扉が閉ざされる。




 ジョゼ・アウグストの執務室は、騎士としてグラヌスクに名を馳せる名家としてはあまりに小ぢんまりとしている。大きいが飾り気のない机がどんと置かれ、その奥にジョゼは腰掛けていた。


 カーターは机を挟んで向かい立つ形になった。父とはいえ、敬意が要求される。騎士としての在り方を物心ついた頃から身につけてきたカーターにしてみれば、ごく当然の動きだ。


「すまないな。休みたかったろう、食事の前に」


「いえ」


「いや、何か特別用があったわけではないんだが、わしの勘がな、急ぎ伝えるべきだと」


 ジョゼは聞くところによると、随分と若い頃から“儂”を一人称に使っているらしい。人一倍体が大きく力があったため、周りを威圧してしまうことを嫌い、落ち着きを見せたかったとか。今では髪に白髪が混じり出し、目尻には深い皺が刻まれ、遣う言葉も年相応のものに追いついた。


「勘、ですか……?」


「うむ。勘、だ」

 

 家に生まれる子どもが女ばかりで、ようやく男が産まれたのがカーターだったために、ジョゼはよく可愛がってくれている。しかし、このような形で執務室に呼び出されたのは初めてだった。


「ナイルズの……ヴァルケン家はこの王城都市、ヴォルカニア全体の治安維持、中心部はコルヴァスんところが守っている。ルミナリア家とアッシュヴァル家は、表立って兵を動かしてないからよく分からん。」


「はあ」


「アッシュヴァルの前の代は、酒飲みで話のできるやつだったが、まあポンコツでな。面倒な研究を任される家とはいえ、なにかにつけて『平和は技術を遅らせる!』とか言ってよ。しまいにゃ娘っ子に家督をさっさと持ってかれちまった」


 カーターは何の話か、掴みかねていた。雑談がしたかったのか?


「で、儂らアウグスト家の話だ」


 ジョゼの纏う雰囲気が変わった。


「アウグスト家ってのはな、元は前線の指揮で武勲を挙げた家だ。嗅覚に優れて、いち早く危険だとか、好機だとかを感じ取るのに優れてな、大した家でもなかったがこうして取り立てられるようになった」


 散々と聞いた話だ。創霊力もろくにない兵士を並べて、二倍近い戦力差をひっくり返した話だとか、敵の進軍を読み切って奇襲した話だとか。


 アウグスト家に伝わる話は、まさに“英雄”たらんとする男たちの軌跡だ。しかしジョゼは肩をすくめる。


「それが『平和』な二百ン年で役割がずいぶん変わっちまってな、戦がないからって“駆り出される”位置にされちまったわけだ。ここ最近お前があちこち出されたのも能力を試すってのは建て前で、“その資格”を測られていたわけだ」


「“駆り出される”家……ですか」


「おう」


「で、本題だ。アウグスト家の男は勘が鋭い。すでにお前も気づいてるかもしれんが」


 ジョゼは机に置かれた冷えた紅茶を一瞥すると、備えられたスプーンを手に取り、表裏を返しながら鑑定士のようにそれを眺める。カーターは査定額を待つ売人の心持ちでそれを眺めた。


「儂が思うに、お前がゼファレインで刀を交えたやっこさんたち。あいつらはもっとでかい渦を起こす」


「渦、ですか」


 ジョゼはスプーンでティーカップの中身を乱雑にかき混ぜた。冷えた紅茶は渦を作る。生み出された渦は、表層に浮いた細かな茶葉の破片を飲み込み、底へ、底へと引きずり込んでいく。


「その渦に飛び込むことになる“先駆け”になるのは、アウグスト家の次期家長になるだろう。つまりカーター、お前だ」


 カーターはごくりと唾を飲んだ。


「いいか。これからとんでもない“何か”が起きる。その時をどう迎えるかだ。されるがままだと足をすくわれる。覚悟を決めておけ」


「覚悟ですか」


「おう。覚悟だ」


 歯を見せて笑う。大らかな父親。ジョゼの言葉をカーターはまっすぐ受け止める。


「承知しました」


 その時、勢いよく扉が開かれ、側仕えが飛び込んでくる。


「旦那様、緊急で評議会の招集です! カーター様もご列席とのことです!」


「ほら来た。夕飯は遅くなりそうだな」


「そのようですね」


 カーターは、拳を握り込んだ。渦はすでに我々を飲み込んでいる。奥へ、奥へ。

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