54.魔石を飲み込む鵜のごとく
「操られし肉体よ ここで生ける者の肉体を食らうこと能わず 直ちに塵となりて滅せよ」
紫髪の男が詠唱すると、右手の先に金色に輝く魔方陣が出現する。
すると、アンデッドたちが叫び声を上げて次々と崩れていき、床に吸い込まれていった。
シュヴァルツとカエデは、恐る恐る辺りを見渡す。宙に浮いたままのハルトは、二人のそばに着地するようカメリアへ指示した。
着地した彼は、自分たちを追ってきた相手に「一応は礼を言う」と声をかけた。
「んー? 言葉だけで済ませようとしているのか?」
「どういう意味だ?
ってか、誰だ、てめーら? なぜ、俺たちの後を追ってきた?」
ハルトは語気を荒げ、上目遣いで睨み付ける。カエデはビクビクしながら、ハルトの背中へ回った。
「私の名は、エルバ・モスカ。こちらのお方は――」
モスカは右手のひらを上に向け、右隣の人物を指し示し、うやうやしく頭を下げる。
「ノアール・ミスト様にあらせられます」
カエデが驚いてビクンとしたことは、ハルトの背中に伝わった。
彼は小声で「知り合いか?」と聞くと、カエデは「悪しき魔女」と答える。
「で、追ってきた理由は?」
「その前に、あのモンスターを消し去った礼をいただかないと」
「さっき言ったろ」
「言葉など何とでも言えるので、形にしていただかないと」
「魔石か?」
「左様」
「断ったら?」
「モンスターを召喚するまで」
ハルトは、歯が折れるくらいに歯ぎしりをする。
「言わせておけば! 手の込んだ追い剥ぎじゃねーかよ!
さては、さっきのアンデッドは、てめーらの仕業か!?」
「あのモンスターを召喚するとは一言も言ってない。
何がいい? コボルトか? それとも、ここはミノタウロスか?」
「魔石を渡したら?」
「ここからあの扉まで安全に渡れる道を作ろう。そして、あの先にある第5階層のラスボスを倒すのに手を貸してやろう」
「ずいぶんと気前がいいな。助けたお礼をすると、至れり尽くせりのサービスが付いてくるなんてよー。
そんなに魔石が欲しいんか?」
「左様」
「その言葉に偽りはないな?」
「もちろん」
ハルトは、自分が持っている魔石を袋ごとモスカへ放り投げた。
「んー?」
「何だよ!」
「こんなに少なくはないだろう?」
「拾うところを見てたのかよ!?」
今度はシュヴァルツが持っていた袋を放り投げた。
「なんか身ぐるみ剥がされている気分だぜ! やっぱ、てめーら、追い剥ぎだろ!?
それとも何か? てめーらは鵜飼いで、俺たちは魔石を飲み込む鵜かよ!?」
カエデはその言葉に動揺したが、前にいるハルトは気づかなかった。
「てめーらとは失礼な。ちゃんとモスカという名前がある」
「モスカもペスカも、スカが付く奴は気に入らん!」
「ああ、あの金の亡者のペスカ? あんな下劣な男と同列に扱わないで欲しいが」
「金貨か魔石かの違いでしかないだろう!」
モスカはそれには答えず「フン」と鼻を鳴らし、魔石の入った袋をローブの内側にしまった。これにはハルトもホッとした。カエデの魔石が奪われなくて済んだからだ。
「では、約束通り、道を作ろう」
モスカが右手を突き出すと、再び金色の魔方陣が出現し、ハルトたちの立っている場所から扉まで、幅3メートルの金色の道が延びていった。
「では、参ろうか」
「おい、ちょっと待て。俺の質問に答えろ」
歩み出したモスカとミストが足を止めた。
「魔石の話か?」
「違う。てめーらが、この先の第5階層で何を狙っているかだよ」
モスカはニヤリと笑った。




