52.底なし沼が隠れた床
その後、廊下を歩く一行は、黒煙の塊と3回遭遇した。
ちょっとは後ろめたいシュヴァルツは、ハルトとカエデとの間に割り込み、魔石を3回ともゲットした。カエデは猛烈にむくれて、シュヴァルツに敵意の目を向けたほどだ。
この廊下は、どうやらつづら折りになっているらしく、コの字に曲がるのを繰り返している。ハルトは魔法で壁をぶち抜きたいと騒ぐが、誰もそんな魔法を持ち合わせていないので冷たい視線を浴びるだけだった。
しばらくクネクネと歩いて行くと、廊下の先に下り階段が見えてきた。天井を第3階層と考えるか、この廊下を第3階層と考えるかで彼らの間で意見が分かれた。しかし、天井は第3階層への入り口だろうとなったので、今から降りていく先が自動的に第4階層になった。
ハルトを先頭に一行が階段を降りていく途中で、カメリアの剣がハルトに小声で話しかけた。
『異様な魔力が近づいてくる』
「どこからだ?」
『後ろから』
「あの第2階層で感じたのと同じか?」
『うん』
シュヴァルツが見たという二人が、後をつけてきたのに間違いなさそうだ。彼はシュヴァルツに「耳を貸せ」と言って状況を説明する。
「……ってなわけで、俺たちはお前の見た二人に後をつけられている。
どうする? 引き返して追い払うか?」
「第4階層で挟み撃ちに遭うより、その方が良さそうだ」
意見が一致したので、全員が引き返す。
ところが、廊下を戻っても人影がない。そのうち、カメリアが『また消えた』と言う。
「畜生。逃げ足の速い奴だな」
ハルトは舌打ちをして回れ右をした。
彼らは再び階段を降りていく。すると、降りきったところでだだっ広い空間に出た。
天井から床まで全て石造り。天井までの高さは3メートルほどだが、空間の縦横がそれぞれ100メートルはある。
壁の上の方に青白く光る丸い魔石が等間隔で並んでいるのは、廊下と一緒だ。
「なんだここは? 屋内競技場か?」
「坊主。何もないようだが、きっと仕掛けがある。用心せよ」
「お前に言われなくても用心するって」
彼らが立つちょうど向かい側の壁に、扉がある。いかにもその向こうが第5階層への入り口らしく見えてくる。
三人は横一列になり、周囲を見渡しながら、ゆっくりとその向かいの扉を目指した。
と、突然、一番左にいたカエデが「キャッ!」と悲鳴を上げた。
見ると、彼女はすでに腰から下が床にめり込んで、徐々に沈んでいく。まるで、床の一部が底なし沼になっているかのようだ。
「つかまれ!」
ハルトは右手の剣を左手に持ち、右腕を伸ばしながら彼女へ近づいたが、彼も右足がめり込んで前のめりになった。
慌てて足を抜いた彼は、一歩下がって膝をつき、思いっきり右腕を伸ばす。
彼女も右腕を伸ばす。
二人の指先が触れる。指が絡む。指をつかむ。しっかり握る。
ハルトは右腕で彼女を力一杯引き寄せ、両手で引き上げた。
二人は床に腰を下ろして大きなため息をつく。
「おい、冗談だろ。床が底なし沼って、しかも境界が見えないってあり得んぞ」
「坊主。剣で床を突きながら歩かないと駄目だな」
『あら、ひどい扱いですわ』
『冗談じゃない』
二本の剣が不平を口にする。
「おい、冗談じゃないって言ってるが、冗談じゃないことがもう一つ増えたぞ。
あれを見ろ」
ハルトは部屋の奥を指さした。




