12.とんとん拍子で疑心暗鬼
ペスカが「お礼に別室でお茶でもどうかな?」と誘うので、ハルトたちは恐縮しながら、案内係を命じられた老執事の後に付いていった。
貴族だからといって横柄な態度を取るようなこともせず、温かみの感じられる言葉をかけてくれる。特別な客人でもない自分たちにこう接するということは、おそらく、町の者たちへもこのように接しているのだろう。
それにしても、人が良すぎる。
初めて会った旅の者の願いをホイホイと聞いてくれるのは、何か裏でもあるのだろうか?
そう思うと、安堵して喜んでいたハルトは、急に背筋が寒くなってきた。そこでハルトは、オルテンシアに話を聞こうと、彼女の耳元へ口を近づけた。
「ひゃ!」
ビックリした彼女の悲鳴が廊下に響き、前を歩いていた老執事が振り返る。
「ちょっと躓きそうになりましたの。ごめんなさい」
機転を利かした彼女の言葉に、老執事は目を細め「お気をつけなされ」と声をかける。
「ご、ごめん」
ハルトは、顔の前で両手を合わせ、彼女に小声で謝罪する。頬を膨らませた彼女は、こうなったのもハルトのせい、とでも言いたげな目をしていた。
その時、老執事が、近くの大きな扉を開けた。
「こちらでございます」
すると、そこは大理石の壁と床と天井の豪華な広間だった。
部屋に入った彼らは、まず部屋の広さに驚いた。真ん中に置かれた長いテーブルを片付ければ、五十人くらいは入れそうだ。
次に、周囲に並べられた調度品の贅沢さに驚く。これだけ集めるのに、どれほどのお金をつぎ込んだのだろうか。西洋の王宮にでも飾られていそうな品々が目を釘付けにする。
「お好きなところへおかけになってお待ちください。
間もなく、ペスカ様がお見えになります」
辺りをキョロキョロと眺めながら、ハルトたちは部屋の奥へと入っていく。
「さっきは、ビックリしましたわ」
オルテンシアは、ちょっとむくれた顔をして小声で怒る。
「驚かせてごめんな」
ハルトも小声になると、ここにカメリアが割り込んできた。
「キスしようとしたんでしょう?」
「いやいや、違うって。ちょっと、聞きたいことがあって」
「何ですの?」
「ちょっと、うまく行き過ぎてないか? あの領主、俺たちを簡単に信用している。なんか裏があるのかも知れないと思って、今まで領主の悪い噂とか聞いていないかと」
ハルトはオルテンシアの方を向いて質問したのだが、横からカメリアが答える。
「何も聞いていない」
「私も聞いていませんわ。町の人たちは、口を揃えて領主様を称えていますもの」
「洗脳されているとか……ないよなぁ……」
「疑えばきりがない」
「でも、さっきの黄金の部屋もそうだし、この豪華な品々も、金に糸目をつけないって感じだし。年貢の取り立てに厳しいとか? オルテンシアはどう思う?」
と、突然、カメリアがむくれて、ちょっと声が大きくなった。
「なぜお姉様ばっかりに質問するの? なぜ私に聞いてくれないの?」
「シーッ! ご、ごめん。別にオルテンシアだけとは――」
「だけじゃない!」
すっかり、怒らせてしまったようだ。
ハルトは、カメリアに問いかけられない理由がある。
明らかにカメリアは自分を意識している。意識しているイコール好きに違いない。
そう思っただけで、カメリアを直視するのが恥ずかしいのだ。
ハルトが答えないので、カメリアは、プイッと彼に背を向けてしまった。こうなると、なんて声をかけて良いか、ますますわからなくなる。
「確かに、カメリアの言う通り……疑えばきりがないよなぁ」
ようやくの思いで出た言葉がそれだった。
まずは、相手に同調する。それから、溝を少しずつ埋めていく。時間は掛かるだろうが。
しかし、カメリアは、調度品へ視線を向ける。もちろん、その美しさを愛でているわけではなく、彼女も彼を直視できないのだ。
言い過ぎたかも知れないと彼女は思う。でも、謝罪はハルトの方からだ。そう考える彼女は、背を向けたまま視線をあちこちに移す。
「まあ、座りましょう」
その場の雰囲気を悟ったオルテンシアは、二人の腕を取る。そして、二人を着席させる。
と、その時、扉が開いた。
三人がそちらに目を向けると、そこには甲冑の男が立っていた。
カルドである。
「ペスカ様から仰せつかって、私が話を聞くことになった」
彼は、入り口に近い席にドカッと着席した。
「領主様は?」
不安になったハルトが質問すると、カルドは心配するなという顔をする。
「そう焦るでない。少し待たれよ。
あ、そうそう、言っておくが――」
「はい」
「その席は、ペスカ様の席だ」
ハルトは、尻に火が付いたように跳び上がった。
カルドは笑いながら、手招きをする。
ちょうどその時、ペスカが部屋に入ってきた。




