10.オルテンシアとハルトの空耳合戦
ハルト一行が宿屋を出ると、すでに四人乗りの馬車が横付けされていた。
シンデレラの物語に出てくるカボチャの馬車によく似た格好なので、ハルトは吹き出しそうになった。
思いつきのような行動がなかったら、今頃、シュバルツと額を突き合わせるようにして不幸を嘆き、カメリアの料理もまずくなっただろうなぁ、と考えると、この運命の落差に顔がほころぶ。
行き当たりばったりで失敗も多いハルトは、自分にしては出来過ぎだと思った。
ただ、ここまで来たら、運命の波に乗ってやる。これが領主の罠なら、罠ごとぶち壊してやる。俺には、アシストしてくれる強力な二本の剣があるのだから。
オルテンシアとカメリアに挟まれるように歩くハルトは、拳を握りしめて馬車へと向かった。
いざ馬車に乗り込むと、進行方向を向いて座ったのはハルトとカメリア。ハルトの向かいはオルテンシアで、空いたところにシュバルツが丸くなって長い尻尾を揺らしている。
ハルトは、左隣にもの凄く意識する人物が座っているので、左腕がジンジンしてきた。
視線を感じたので左を見ると、カメリアの桜色に上気した顔が、スッと左を向いた。
明らかに、彼女は意識している。
(この急接近は、なんなんだ……?)
変態、痴漢、淫獣、女体盛り大好き男、痴話狂い侍と、脳内のボキャブラリーから口を極めた悪口をぶつけていた数時間前の彼女が、嘘のようだ。
そんな二人を見て、オルテンシアが口元でちょっと笑う。「いい雰囲気ですわね」と言いたそうな顔だ。
「なあ。ここの領主様がどんな人か、知っているのか?」
「そういう言い方されると、ハルトの方が知っているみたいですわ」
「おっと、そうだな。一文字違いでもイントネーションでもコロッと変わるしな。
訂正。どんな人か知ってるか?」
「慈悲深くて、困ったことなら何でも相談に乗る、というお方のようですわ」
「だったら、シュヴァルツ。なんで、お姫様の捜索を領主様に頼まなかったんだ?」
「え? 俺に矛先が向いたのか? とんだとばっちりだな」
「領主様は大変ご多忙で、わたくしたちがこの町に来てから昨日まで不在でいらしたの」
「でも、昨日戻ってきたんだろう? すぐにでも直訴すればよかったのに」
「そういうの、直訴って言わない。直訴は、申し出が禁止されている人が禁を破る意味合いがある」
カメリアが窓の外を見ながら、ボソッと言葉を挟んだ。
「わかった、訂正。
すぐにでも依頼に行けばよかったのに、なんで行かなかったんだ?」
「町の住民の訴えが優先で、旅の者は後回しだったのですわ」
「そっか。俺たち、バガボンド――流れ者だもんな」
「バカボンと流れ者――ですの?」
「ナイスな空耳、ありやっとさんしたぁ」
「え?」
「んま、気にせんでええがな。
それはそうと、領主様の屋敷ってどこ?」
「歩いているときに、遠くに見えた城ですわ」
「お城? もしかして、領主様って、まじデブる公国の大公様とか!?」
「すっかり、その名称が頭に刻み込まれていますわね。
マ・グ・デ・ブ・ル・ク!」
「まっこと、すまんかった。
俺の空耳も、お前と同罪だ」
「それを言うなら、同等」
カメリアは、窓の外を見ていても、しっかり会話について行っている。
「領主を名乗る貴族は、マグデブルク公国に5人いらっしゃいますわ」
「なんだ、領主って下級役人か」
「貴族は役人じゃない」
「これからお目に掛かるのは、ペスカ様。
5人いらっしゃるうち、筆頭のお方」
「何!? 一番偉い!?
おい、シュバルツ! 未来は明るいぞ!」
「坊主。そんな、うまく行くもんか」
「悲観するな。前向きに考えろ。
もしかして、貴族探偵だったらどうする?」
「いかにも、何もしない探偵っぽいな。
ますます当てにならぬ」
「だって、慈悲深くて相談に乗る貴族ってことは、何かすんだろう?」
「下々の者にやらせるだけよ」
「シュバルツ。わたくしたちは、まだペスカ様に直にお目通りが叶っていません。
想像だけで決めつけるのは、よくありませんわよ」
「そうだ、そうだ」
「オルテンシア様がそうおっしゃるならば、このシュバルツも考えを改めよう」
「俺が言っても駄目か?」
「坊主の言うことなら、無論――」
「むろん?」
「駄目だ」
「ガクッ」
「まあまあ、まずはクリザンテーモ・セレーナ姫の手がかりと、ハルトの妹さんの手がかりをご存じないか、伺ってみましょう。
諸国漫遊をされるお方なので、何かご存じかも――」
「諸国まんじゅうを食べるお方!?」
「言ってませんわ!」
「そう聞こえたんだがなぁ……。ま、いっか。
よーし! 探偵かも知れないお方に会うぞー!」
「容姿端麗かも知れないお方ではなく、公国一の美男子との評判――」
「はいはいはい。
俺たち、耳そーじが必要だな……」
その時、窓に反射するカメリアの顔が微笑んだのを、ハルトは見逃さなかった。




