9.領主様のお誘い
オルテンシアたちが宿泊している宿屋は、木造三階建てで一階が酒場。借りている部屋は最上階だ。
彼女はここの酒場の御上さんと懇意にしているらしく、もらってきた野菜の一部は酒場へ寄付された。
宿代の代わりにするわけではないが、これまた世話になっている宿屋の女主人にも、果物の一部がお裾分けとなった。
部屋に案内されたハルトは、ベッドが2つとテーブルしかないシンプルさに驚いた。確かに、女の子二人が猫と暮らしているという設定じゃないとおかしい。
ベッドに腰掛けたハルトは、もらった物を数えている黒猫シュヴァルツを見ながら、エプロン姿になったオルテンシアの背中へ声をかける。
「全部自分の物にするのかと思っていたが、良い行いだな」
「当たり前のことをしているだけですわ。ハルトの世界でも、懇意にしている人へお渡しするのは、普通ではないのかしら?」
「そうだなぁ。近所づきあいで、つまらない物ですがどうぞ、なんて言って渡すときがある」
「つまらない物? おかしな言い方ですわね」
「すっげー希少で極上品なんですが、なんて言う訳にもいかんからなぁ。実際そうであっても」
「正直におっしゃらないのね」
「謙遜の文化ちゅうか、それが美徳だからな」
「でも、嘘をおっしゃっているのと同じですわ。
渡された方は、これがつまらない物?とはひどい言い方ね、と思って、渡す人の常識を疑いますわ」
「そこは、常識人であることを察してくれ。それを踏まえての会話なんだから。
――ま、世界の習慣はいろいろってことで。
それより、どした? エプロン姿になって?」
「少し遅い食事を作るのですわ」
「へー。料理作れるんだ。すっげー、楽しみ」
「お姉様。わたくしもお手伝いいたしますわ。
ねえ、ハ、ハルト」
「ん?」
「何が――好き?」
カメリアがエプロンを着けながらチラチラと見ていることに気づいたハルトは、顔が熱くなってきた。
「お……おお、何でも……食うぞ」
「それじゃ……困る。何か……言ってくれないと」
「んじゃ、肉と野菜の……スープみたいの」
「わかった……」
カメリアは、頬を赤く染めながら、隣の部屋へ小走りに入っていく。
「おーい、肉も野菜も置いてくのかー」
すると、恥ずかしそうなカメリアの顔がドアから覗く。彼女は、飛びつくように肉と野菜をつかむと、部屋へ逃げ帰った。
「オルテンシア。隣って、台所?」
「ええ。ここの宿は、自炊が出来ますの」
「へー。宿と言うよりは、ここは2LDKみたいなもんか」
「にーえるでーけー?」
「この部屋を俺たちの世界で言うとそうなる。気にすんな」
「ハルトはいろいろな言葉を知っているから、博学ね」
「全然、そうでもないぞ……って、これは謙遜か。お前に怒られるな。
そうだ、俺は博学だ。どうだ参ったか」
吹き出しながら隣の部屋に入っていくオルテンシアの背中を見送ったハルトは、シュヴァルツの方へ振り返る。
「どうだ、俺のラップも役に立つだろ? 恐れ入ったか?」
「ラップ?」
「ま、いいや。説明がめんどい」
「そういや坊主。
話は変わるが、お前の方は、何か手がかりがあるのか?」
「手がかり? ああ、妹のか?」
「もちろんだ」
「神に誓って言おう」
「うむ」
「――ない」
「ガクッ」
「そう言うシュヴァルツは?」
「自信を持って言おう」
「おう」
「――ない」
「なんだよ、お互い様じゃんか!
で、どうするんだよ?」
「それは、俺も聞きたい」
ハルトは天を仰ぐ。
「知らない者同士じゃ、お互いの不幸を慰め合うだけだぜ」
二人は顔を見合わせ、同時に深いため息をついた。
と、その時、ドアがノックされて、「声がするので入るぞ」といきなり男がドアを開けた。
ドヤドヤと入ってきたのは、甲冑を着けた四人組。
呆気にとられるハルトとシュバルツを見て、先頭の男が「女はどこだ?」と問う。
ハルトはヤバいと思ったが、オルテンシアとカメリアがドアから顔を出してしまった。
すると、甲冑の男がニコッと笑う。
「ちょうど良かった。領主様が、お前たちに会いたいとおっしゃっている。
今すぐ参上せよ」
「「はあっ!? なんでまた!?」」
ハルトとシュバルツはハモった。
「お前たちが、あの屋台のある通りで歌って踊ったので、町中の評判になっておる。
それがちょうど町を視察中の領主様のお耳に入ったのだ。
是非とも、その者たちを館へ迎え入れろ、と仰せつかった」
「これから食事をするところだが……」
「食事? それもこちらで用意する。
さあ、早く!」
甲冑の男にせき立てられ、四人は急いで支度をし、部屋を出た。




