魔道具
「何で隠れるんだ?」
背後から話しかけられた。
後ろを取られ気付かないなんて20年ぶりだ。
殺気は感じない。ゆっくり振り返る。
ここは滅多に人が通らない路地裏だ。ガラクタとゴミ箱、誰もいない。
従魔は喋らない。アイツが私に接触するはずがない。
魔道具か・・。
右手で腰に吊るした水筒の中身を辺りに撒き散らす。
「ウワッ。なんだこれ?この臭い・・酒か?」
左手で小さな炎の魔石を摘まんだ。
「高い酒だ。真っ赤な花が咲くだろう。5・4・3「待ってくれ。」
2メートル先に酒の匂いとマントを振り回し男が現れた。年の頃は40代。燃える可能性があっても焦っていない。逃れるすべがあるのだろう。マントを顔に近づけ匂いを嗅ぎ始める。
「隠密マントが・・。こんな臭いでは使い物にならないぞ。早く洗わないと・・ブツブツ・・」
「おい。オッサン。黙れ、質問だけに答えろ。」
何故か男は私を見ると微笑んだ。
「ハハ、その呼び名は懐かしいな。何でも聞いてくれ。」
「何を、何処まで知っている。簡潔に話せ。」
「ここでベラベラ喋っても大丈夫な話題じゃないだろう。ちょっと移動しよう。」
マントを持つ手の隙間から何かが落ちているのが見えた。魔道具!?逃げられる訳にはいかない。咄嗟に腕を伸ばすと男もこちらに手を差し出していた。そして私の腕を掴む。
光が体を包んだ。眩しい光に目を閉じる。
「着いたぞ。それにしても不用心だ。用途が分からん魔道具を使われたら、まず逃げないと駄目だろう。死ぬぞ。」
霞む目で辺りを見回す、小さな小屋と泉がある。木が生い茂っている。どうやら森の中のようだ。
「移動術を使える魔道具。オッサン、渡りか。」
男はてきぱきとマントを泉に浸し洗い始めている。私も近づいて剣を抜き首元に当てる。
「半分正解かな。ディーアーナ、楽にしてくれ。まだ、旦那と娘の関係者じゃない。連れ戻しもしないし、殺しもしない。」
「まだ・・か。何の用だ。楽しくおしゃべりする時間はない。」
「何でも聞いてくれと言ったがその前に1つ質問だ。なんで隠れている。」
「さっさと殺されろって事か?オッサンに答える義務はない。殺せば、邪魔はされないな。」
面倒事はもう沢山だ。謎は謎のままで屠ればいい。剣先を押し当てる。皮膚を軽く切った感触はあったが、血は流れていない。男は痛みを感じている様子も無い。
「まて、大事な娘を更なる絶望に陥れたくなければ、俺の話は聞く価値がある。ディーアーナ、アンタが会って殺されることは娘をさらに不幸にすると分かっているよな。だからずっと陰で守っている。猫ダマシ持ってるだろ。それ凄いだろ、10年も誰も気付かせないなんてやっぱ俺って天才だわ。」
背負っているカバンには猫ダマシが入っている。アーキスに伝わる魔道具だ。存在と使用方法を知っているのは歴代のキャレチャーの当主とアーキスの直系の者、それと製作者だ。
「・・・。青狸か?体型が違うか?」
「青狸に体型!一体どんな伝え方をしてるんだ。そうだお前の先祖は失礼な奴だった。キャレチャーで正気なのはロベルトだけだ。」
男は立ち上がると同時に首元の剣を人差し指で折り曲げた。
躰が冷えていくキャレチャーの黒い魔道具の作り手。
「全て貴様が元凶だ、ルーク・イン。キャレチャー家と従魔が狂ったのは貴様の黒の魔道具が引き金だ。」
男はマントを枝に干しつつ答える。
「ああ、そうだ。アンタが陰でコソコソ娘を見ているのも俺のせいだ。で、理由は俺の予想で正解かい?」
曲がった剣を捨て予備のナイフを持つ。
「マイアは争いを望んでいない。」
「そうだ、マイアは望んでいない。でも、もう1人の彼女はキャレチャー家の存続と崩壊を望んでいる。取り巻きの一部ももマイアでなく彼女を欲している。」
「存続と崩壊?矛盾だな。マイアではない彼女?出入りしている念整師の女は無害だ。何を言いている?」
男の話に混乱する。
マイアが5歳の時には居場所は探り当てた。猫ダマシを使い、星の語り、念の遮断で念整師の監視を躱し存在を消して、出来うる限りキャレチャーからの従魔を排除してきた。
リレションは気付いているだろう、人語を操りマイアの生活を堅実に整えていく手腕には脱帽した。賢い奴は害をなさない私を無視した。10年見守った。知らない女がいるはずがない。
「女を殺せばいい。」
男がマントを干した木に寄り掛かり煙草を吸い始める。
「駄目だ。マイアも死ぬことになる。」
こちらを見ずに煙を眺めている男にイラツキが募る。
「オッサンと謎解きをする。趣味はない。はっきり説明しろ。」
「マイアは渡りだ。前世の記憶がある。それは知ってるな。」
頷くと話を続けた。
「渡りとは、いろんな世界で生死を繰り返す特別存在だ。当然マイアもいろんな世界を渡っている。何代か前のマイアがキャレチャー家の当主の嫁ユーリアス・ターライヒだ。」
「だから存続か。」
「いや、崩壊よりだろう。存続はカラカラの呪いさ。キャレチャー家の当主に成るための洗脳機械になっちまってる。従魔達が細工させたんだろう。きっとマイアの頭の中は間違った道つまり反キャレチャーに進むのを非難する考えとユーリアスの呪われた子ども達を解き放つ願いの狭間にいる。マイア自身もこの状態に適応出来かねてる。滅ぼすなら5歳の頃には力は持っていた。でも実行に移せない。多分仲間たちも知らないはずだ、マイアの真の実力を「なんで知っている。あの屋敷での事は誰も知ることが出来ないほど固められている。」
男は笑った。
「俺はこの世界の人ではない。ルークの後は渡りを辞めた。簡単に言えば渡りを管理する神様の使いだ。」
「ふざけるな!!お前みたいな呪いの元凶か神に召されるか!!」
「召されてはいない。どちらかといえば謹慎、囚人だな。」
何が何だかわからない。混乱する。そんな私に男も気付く。
「滅茶苦茶な話だ。信用できないのも分かる。でも願いはアンタと同じだ、マイアの幸せ。今のままマイアの生活が続く可能性が無いわけでもないが限りなく難しい。存続と崩壊どちらの願いが叶ってもこの国は亡ぶだろうし、マイアもすべてが終わった後正気でいることが出来ないかもしれない。だから協力してほしい。キャレチャーに帰ってくれ。」
「なんで!?キャレチャーに。」
頬が濡れる・・涙ではない。雨だ。
「雨だ、小屋に行こう。ディーアーナ落ち着いて話し合おう。マイアのために。」
そうだ、すべて雨だ。
顔を拭い男を見詰める。煙草を踏み消すと男は小屋から何かを取り出してくる。
「泉で顔を洗ってこい。タオルで冷やせ目が腫れるぞ。」
タオルを投げつける。
タオルは地面に落ちた。
ただの狂った男なのかもしれない。
その時は首を切り落とせばいい。
ナイフを片付け、カバンからタオルを出す。
「話は聞く。協力するかどうかは分からん。オッサンの話だけではなく証拠をだせ。あと、腹が減った。何か食べさせろ。」
「わかった。まず飯の準備をしよう。それとアンタとは5歳も離れてないオッサン呼びは止めろ。」
「私もオバサンだ。現実を見ろ。」
「チッ。買い出しに行く。」
落ちたタオルを拾い、何かを地面に落し、男は光と共に消える。
私は念じる。
背後に傅く気配がする。
「アマンダ、貴方の力が必要なの。」
『御無事で・・。』
ごめんなさい。長い間。
これから始まる争いに巻き込んでしまって、ごめんなさい。
リレションの手を取り強く握る。
「やっと、始まるわ。」
どんな結果になろうとも、娘だけは守ってやりたい。
今度こそ
守ってあげる。