第五話「測ってみたら」
第五話「測ってみたら」
体育館の床には、白いテープで順路が引かれていた。身長、体重、視力、聴力。入り口で配られた記録用紙には、中学の頃と同じ項目が並んでいる。探索者育成学校といっても、最初にやることは普通の学校と変わらないらしい。晴斗はなんとなく拍子抜けしながら、一年二組の列に並んだ。
周りを見渡すと、全員が同じ紺色の体操服を着ている。男女とも同じ、飾りのないシンプルな形だ。胸元には、小さな▷◁のマークが入っていた。
「これ、Ribbon Productionのやつだよな」
大塚が自分の胸元をつまんで言った。
「体操服まで作ってんのか」
「探索服だけかと思ってた」
「な。兄ちゃんの探索服もこのマークだったわ。っていうか、探索者でこれ着てない人のほうが珍しいだろ」
晴斗も頷いた。実働部隊の配信でも、新作の広告でも、探索服の胸元にはたいていこのマークが付いている。新作が出れば、それだけで配信のコメント欄が騒がしくなるほどだった。
隣の列では、女子たちが互いの胸元を見せ合っていた。
「ねえ、これ本物のリボプロだよね?」
「やばい、普通に着れるの嬉しいんだけど」
「でも、どうせならフリルのほうがよかったなー」
「体育でフリルは無理でしょ」
「探索服って高いじゃん。体操服で着られるなら、この学校入ってよかったかも」
「それで入る学校決めないでしょ」
「決めてないけど! 嬉しいのは嬉しいの!」
きゃあきゃあと笑い合う声に、近くにいた先生が「はい、並んでー」と手を叩いた。
晴斗は、自分の胸元の小さなリボンのマークを指でなぞった。画面の向こうで、何度も見てきたマークだった。まだ探索者ではないのに、その仲間に入れてもらえたような気がした。
ーーー
「去年より一センチしか伸びてねえ!」
身長計の前で、大塚が叫んだ。
「一センチでも伸びてるならいいだろ」
「よくねえよ。俺の計算だと、今ごろ百八十あるはずだったんだって」
「その計算、どこで間違えたの」
晴斗が聞くと、大塚は真顔で「中二の夏」と答えた。周りの何人かが噴き出す。
その横で、加賀は淡々と測定を済ませていた。係の先生に数値を読み上げられても表情は変わらず、用紙を受け取ると、さっさと次の列へ移っていく。ミラは晴斗の二人後ろに並んでいて、脱いだ靴をきちんとそろえてから体重計に乗っていた。
視力検査の列に並んでいると、保健の先生が声をかけて回ってきた。
「眼鏡やコンタクトの人は、裸眼とあわせて両方測ります。実習で使うデバイスは度付きのレンズに替えられるので、今日の数値をもとに調整します」
「え、あのメガネって度入れられるんですか」
大塚が聞き返す。
「入れられますよ。目が悪くて探索できない、なんてことにはなりません。普段コンタクトの人も、実習の日はデバイスだけで大丈夫です」
へえ、と列のあちこちで声が上がった。見学の日に見た、あのメガネ型のデバイスを、自分たちも使うことになる。そう考えると、晴斗の胸は小さく高鳴った。
ーーー
普通の測定が終わると、一年生は体育館の奥の扉から別棟へ移動した。廊下の先の部屋には、見慣れない装置が並んでいる。台の上に手のひらほどの透明な板がはめ込まれていて、その横の画面に、細い線が一本、静かに伸びていた。
装置の前には、白衣を着た大人が何人か立っていた。
「ここからは魔力の測定です。今日はJDAから、検査員の方に来ていただいています」
宮原先生の紹介に、白衣の人たちが軽く頭を下げる。
晴斗の前に立っていた加賀が、その人たちを順番に見ていた。一人ずつ、確かめるように。最後の一人まで見終えると、加賀は小さく息を吐いて、視線を床に落とした。
ほんの一瞬だった。けれど、その横顔は、どこか残念そうに見えた。
「板に手を置いて、魔力を流すように意識してください。……と言っても、まだやり方が分からない人がほとんどだと思います。分からなくて大丈夫です。手を置いて、いつもより少し力を集める感じで」
検査員の一人が説明を始めると、加賀はもういつもの顔に戻っていた。
最初の生徒が手を置くと、透明な板の奥がうっすら橙色に光り、画面の線が揺れた。
「火属性ですね。はい、次の人」
検査員の説明によると、この装置は量だけでなく、波の揺れ方も見ているらしい。魔力が多くても揺れが大きい人もいれば、少なくても線がまっすぐな人もいる。
「多ければいい、ってものでもないんですよ」
検査員はそれだけ言って、次の生徒を呼んだ。
晴斗の番が来た。板に手を置き、言われたとおりに意識してみると、透明な板の奥がぼんやりと黄土色に灯った。画面の線は、ほとんど揺れることなく伸びていく。
「量はふつう。安定性は高めですね」
ふつう、と言われて、晴斗は思わず肩を落とした。
ーーー
昼休みを挟んで、午後は属性ごとに分かれての確認だった。
各部屋の入り口には、検査用の杖が何本も立てかけてあった。持ち手に巻かれたテープは擦り切れていて、何年も使い回されてきたものらしい。一人ずつ順番にそれを借りて、測定が終わると元の場所に戻していく。
自分の杖は、実習が始まったら支給されると聞いていた。
測定を終えた生徒は、全員の測定が終わるまで、廊下で待つことになっていた。
風属性の部屋の前を通りかかると、ちょうど大塚が測っているところだった。紙吹雪を詰めた透明な箱に大塚が検査用の杖を向けると、紙が一斉に舞い上がり、箱の中いっぱいに広がる。
「広げるのは得意みたいですね。じゃあ次は、この一枚だけ動かすつもりでやってみてください」
「一枚だけ……? そんなのできるんですか」
「今はできなくていいですよ。どう動くかを見たいだけなので」
大塚が唸ると、紙吹雪がまた全部舞い上がった。
「……全部動きましたね」
「すみません」
「いえ、それで分かることもあるので」
検査員が記録用紙に何か書き込む横で、付き添いで来ていた宮原先生が小さく笑っていた。
「同じ風でも、人によって違う。先生は逆で、広げるのが下手なんだ」
そう言って宮原先生が腰の杖を抜いて向けると、紙吹雪の中から一枚だけが、すっと浮き上がった。
ーーー
土属性の部屋には、浅い木箱がいくつも並んでいた。中には、湿り気のある黒い土が平らにならしてある。
「杖の先を土に当てて、真ん中を少し持ち上げるつもりでやってみてください。できなくても大丈夫だからね。どう動くかを見たいだけだから」
晴斗は検査用の杖を受け取って、先端をそっと土に当てた。力を集めるように意識すると、杖の先で何かが応えた気がした。けれど、土は持ち上がらなかった。
「うん、もう一回。上に引っぱるつもりで」
言われたとおりにしても、表面がわずかに盛り上がっただけだった。動画で見た探索者は、地面から大きな壁を一瞬で立ち上げていたのに。
晴斗が杖を離すと、検査員が首をかしげて、木箱の土を指で押した。押した指が、止まる。
「……あれ」
もう一度押す。晴斗が杖の先を当てていたあたりだけ、土が固まっていた。周りはふかふかなのに、そこだけ踏み固めた地面のようになっている。
「岸くん、今度は持ち上げなくていいので、さっきと同じように当ててみて」
言われたとおりにして杖を離すと、検査員がまた指で押した。
「……なるほど。動かすより、固めるほうが得意なのかもしれないね」
「固める、ですか」
「そういう傾向がある、くらいだけどね。土属性は、得意な方向が人によって全然違うから。これから授業で、少しずつ分かっていくよ」
検査員は記録用紙に何かを書き込んだ。晴斗の位置からは、何と書いたのかは見えなかった。
ーーー
雷属性の測定は、少し離れた部屋で行われていた。扉の窓から、加賀が装置の前に立っているのが見える。壁には分厚い絶縁材が貼られ、床には見たことのない黒いマットが敷かれていた。
「雷、すげえよな。俺、生で見たことねえ」
大塚が窓に張りつく。ほかのクラスの生徒も何人か集まっていた。
加賀は、窓の外の視線を気にする様子もなかった。言われたとおりに杖を向けると、装置の板の奥を、白い光が一筋だけ走った。窓のこちら側で、誰かが小さく声を上げる。加賀は表情を変えないまま、杖を下ろした。測定が終わり、検査員が結果を伝えた。
そのとき、加賀の表情がかすかに動いた。眉がわずかに寄って、すぐに戻る。何を言われたのかは、扉の外からは聞こえなかった。
部屋を出てきた加賀に、大塚が「どうだった?」と聞いた。
「別に」
加賀はそれだけ言って、廊下を歩いていった。
ーーー
水属性の部屋は、扉が開けたままになっていた。中では、ミラが透明な容器の前に座っている。
「水面に杖を向けて、水を少し動かすつもりでやってみてください。揺れなくても大丈夫ですよ」
ミラが杖を向けると、水面が静かに盛り上がった。
盛り上がった水は、そのまま容器の中をゆっくり一周して、元の位置に戻る。水滴ひとつ、外にはこぼれなかった。
「……すごいですね」
検査員が思わず声を漏らした。
「ありがとうございます」
ミラは丁寧に頭を下げた。
廊下で見ていた晴斗は、手のひらをそっと握った。
同じ一年生なのに、ずいぶん違う。
ミラは得意そうな顔もせず、ただ静かに座っていた。
ーーー
教室に戻ると、窓の外はもう夕方の色になっていた。
「なんか、思ってたのと違ったな」
大塚が机に突っ伏したまま言った。
「紙一枚動かせって、無理だろ。全部飛ぶんだって」
「宮原先生は逆だって言ってたね」
「それな。同じ風なのにさ」
晴斗も、同じことを考えていた。土属性になれば、動画で見たような大きな壁を作れるのだと思っていた。杖を向ければ、何かがすぐにできるのだと。実際には、土を少し固めるのが精いっぱいだった。
前の席の加賀は、窓の外を見ている。右隣のミラは、配られたプリントを丁寧に二つ折りにしていた。
晴斗は、自分の手のひらを見下ろした。
土を動かすことは、ほとんどできなかった。
けれど、固めることなら、少しだけできた。
それが何の役に立つのかは、まだ分からない。
明日から、教わるのだろう。
お読みいただきありがとうございました。
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