第1話 そして俺は死んだ…
もう小説書くのは辞めた!!と思っていましたが、久々になろう作品を読んで自分もまた書きたいと思い新連載を始めました。
まだ連載途中のものがあるのですが、とりあえずリハビリもかねてということで本作を執筆開始しました。
本作は私の経験談をもとに作成されております(笑)
物語で起こることや出会う人物は、実際の出来事などを盛り盛りでオマージュしてます(笑)
不定期でマイペースに執筆していきますので温かい目でお願いしますm(__)m
午後十一時四十七分。
静まり返った庁舎に、カタカタとキーボードを叩く音だけが響いていた。
「……終わらねえ」
パソコンの画面には、明日が提出期限の調査回答が表示されている。
その隣には、作成途中の事業実績報告書。
机の上には、決裁待ちの書類と、関係部署から集めた資料が山積みになっていた。
どこから手をつければいいのか。
いや、どこから手をつけても終わらない。
「これ、絶対一人でやる量じゃないだろ……」
俺の名前は野崎憂助。三十二歳。
地方公務員として働く、ごく普通の独身男だ。
世間では、公務員といえば安定した仕事という印象が強いらしい。
確かに、給料は毎月決まった日に振り込まれるし、ボーナスもある。
だが、だからといって仕事が楽なわけではない。
特に今の部署に異動してからというもの、俺の生活は仕事を中心に回っていた。
国や県から次々に届く調査依頼。
議会に提出する資料。
各種事業の実績報告。
予算関係の書類。
そして、突然舞い込んでくる至急対応の案件。
それらを処理している間にも、電話は鳴るし、窓口には住民がやってくる。
気づけば定時を迎え、本来進めるはずだった仕事はほとんど手つかず。
結局、静かになった庁舎で残りの業務を片づけることになる。
「……なんのための勤務時間なんだよ」
ぼやいたところで、書類が減るわけではない。
俺はため息をつきながら、再びキーボードを叩き始めた。
* * *
日付が変わろうとしていた。
ようやく一件の調査回答を終えたところで、俺は椅子の背もたれに身体を預けた。
「はぁ……転職でもしようかな」
誰もいない事務室で、思わず本音が漏れる。
公務員を辞めて、普通の会社で働く。
残業が少なくて、土日にはちゃんと休めて、仕事が終われば自分の時間を楽しめる。
そんな職場に移れたら、どれだけ幸せだろう。
「……でもなぁ」
俺は真っ暗になったパソコンの画面に映る自分の顔を見つめた。
三十二歳。
もう若手とは呼べない年齢だ。
大した資格もなければ、これといった専門知識もない。
やってきたのは、調査回答や報告書の作成、予算管理に資料の取りまとめ。
もちろん、それなりに仕事はこなしてきたつもりだ。
だが、民間企業で何ができるのかと聞かれたら、正直、自信がない。
「残業だけが取り柄の、中途半端な三十二歳のおっさんなんて、どこが欲しがるんだよ……」
自嘲気味に笑った。
実際には、残業なんて取り柄でもなんでもない。
ただ、目の前の仕事を放っておけなかっただけだ。
頼まれれば引き受ける。
締め切りが迫れば残る。
誰かが困っていれば、自分の仕事を後回しにして手伝う。
そんなことを繰り返していたら、いつの間にか仕事を抱え込むのが当たり前になっていた。
「……まあ、辞める勇気もないんだけどな」
そう呟いて、再びマウスを握る。
転職について考えるのは、今の仕事が落ち着いてからにしよう。
そう思い続けて、もう何年経っただろうか。
* * *
午前零時三十八分。
「……よし、終わった」
最後の報告書を保存し、俺は大きく息を吐いた。
明日の朝には上司の確認を受けられる状態になった。
もっとも、確認の結果、修正を求められる可能性は十分にある。
「頼むから一発で通ってくれよ……」
祈るような気持ちでパソコンの電源を落とした。
椅子から立ち上がる。
その瞬間だった。
「……ん?」
突然、視界が揺れた。
軽い立ちくらみかと思い、机に手をつく。
しかし、いつまで経っても治まらない。
それどころか、胸の奥に鈍い痛みが広がっていく。
「……なんだ、これ」
息が苦しい。
額から冷たい汗が流れ落ちる。
おかしい。
そう思ったときには、すでに足元がおぼつかなくなっていた。
ガタンッ!
椅子が倒れる音が、静かな事務室に響いた。
俺は床に膝をついた。
「……ちょっと、まずいな」
スマートフォンを取り出そうとする。
だが、指先に力が入らない。
画面がぼやける。
心臓が激しく脈打ち、呼吸がどんどん浅くなっていく。
誰かを呼ばなければ。
助けを求めなければ。
そう思うのに、声が出なかった。
やがて身体を支えきれなくなり、俺は冷たい床に倒れ込んだ。
視界の端に、倒れた椅子が映る。
ああ、明日の朝、誰かが見つけたら驚くだろうな。
そんな、どうでもいいことが頭に浮かんだ。
そして、もう一つ。
……そういえば、明日は午前中から会議だったな。
資料、机の上に置いたままだったっけ。
そこまで考えたところで、俺は自分がおかしくなっていることに気づいた。
こんな状態なのに、まだ仕事の心配をしている。
「……はは」
笑おうとしたが、声にならなかった。
視界が暗くなっていく。
何も見えなくなる。
そして俺の意識は、そこで途切れた。
* * *
――チチチ、チチチ。
鳥の鳴き声が聞こえる。
「……ん」
まぶしい。
閉じたまぶたの向こうから、柔らかな光が差し込んでいた。
朝か。
そう思った瞬間、俺は勢いよく身体を起こした。
「やっべ! 何時だ!?」
遅刻する。
今日は朝から会議がある。
資料も準備しなければならない。
慌ててスマートフォンを探そうとして、手が止まった。
「……あれ?」
目の前に広がっていたのは、見覚えのない草原だった。
青々とした草が風に揺れ、少し離れたところには林が広がっている。
遠くには低い山々が連なっていた。
「…………どこだ、ここ」
ゆっくりと周囲を見回す。
庁舎ではない。
自宅でもない。
病院でもなさそうだ。
そもそも、どうして俺はこんな場所で寝ていたのだろう。
「……昨日、何してたっけ」
記憶をたどる。
仕事をしていた。
報告書を仕上げた。
そのあと立ち上がって……。
「…………」
思い出せない。
いや、何かあった気がする。
胸が痛くなって、身体が動かなくなって。
そこから先の記憶がない。
「……救急車で運ばれた?」
それにしたって、病院ではなく草原にいる理由がわからない。
俺は自分の身体を見下ろした。
そして、思わず固まった。
「……は?」
スーツがない。
代わりに着ているのは、見たこともない布製の服だった。
袖口は少しゆったりしていて、腰には革のベルトが巻かれている。
足元には、革製らしい靴。
「なんだよ、この服……」
誰かのいたずらだろうか。
いや、そんなことをする知り合いはいない。
それに、今さら気づいたが身体が妙に軽い。
長年悩まされていた肩の重さも、腰の違和感もない。
俺は恐る恐る両手を見つめた。
「……手、こんなだったか?」
以前よりも肌に張りがある。
手の甲も、指も、どことなく若々しい。
不思議に思って頬に触れる。
すると、いつもより輪郭がすっきりしていることに気づいた。
「……いやいや、どういうことだよ」
少し離れたところに、小さな水たまりがあった。
俺はそこまで歩いていき、しゃがみ込む。
水面を覗き込んだ。
「…………誰?」
そこには、知らない男の顔が映っていた。
二十代前半くらいだろうか。
黒に近い茶色の髪に、灰色の瞳。
少し整った顔立ちの青年が、不思議そうにこちらを見つめている。
俺が口を開けると、青年も口を開けた。
俺が首を傾げると、青年も首を傾げた。
「……俺?」
頬をつねる。
痛い。
夢ではないらしい。
いや、夢の中でも痛みを感じることはあるのだろうか。
「……意味わかんねえ」
俺はその場に座り込んだ。
知らない場所。
知らない服。
知らない顔。
そして、昨日までの自分とは明らかに違う身体。
何が起きているのか、まったく理解できなかった。
* * *
しばらくして、俺は立ち上がった。
ここでじっとしていても仕方がない。
まずは人を探そう。
幸い、少し離れた場所に土の道が見える。
人が通っているなら、どこかの集落につながっているはずだ。
俺は道に沿って歩き始めた。
どれくらい歩いただろう。
やがて、後ろから車輪の軋むような音が聞こえてきた。
振り返ると、一台の荷馬車が近づいてきている。
「……馬車?」
思わず二度見した。
馬が荷台を引いている。
乗っているのは、いかにも農夫といった格好の中年男性だった。
観光地の馬車なら見たことがあるが、これは明らかに生活のための乗り物だ。
男は俺の近くで馬車を止めた。
「おい兄ちゃん、こんなところで何してんだ?」
「あ、すみません。ちょっと道に迷ってしまって……」
「道に迷った? この先はトルキアスしかないぞ」
「トルキアス……?」
聞いたことのない地名だった。
「なんだ、街に行くんじゃないのか?」
「ええと……その街って、ここから遠いですか?」
「歩けばあと二時間くらいだな。乗ってくか?」
「あ、いいんですか?」
「荷台でよけりゃな」
ありがたい申し出だった。
俺は礼を言って荷台に乗せてもらった。
馬車がゆっくりと動き出す。
周囲の景色を眺めながら、俺は何気なく尋ねた。
「あの、ここって何県になるんですか?」
「……ケン?」
「ええ。都道府県というか……」
「なんだそりゃ」
「…………」
妙だ。
まさか日本じゃないのか?
そう考えたものの、話している言葉は普通に理解できている。
海外にしては不自然だった。
俺が混乱していると、男は笑いながら言った。
「兄ちゃん、ずいぶん変わったこと聞くな。ここはイゼルニア王国だよ」
「……王国?」
「ああ。まあ、俺みたいな農民には王様なんて縁遠いけどな!」
男は豪快に笑った。
対する俺は、笑うどころではなかった。
王国。
聞いたことのない地名。
馬車。
見知らぬ服装。
そして、若返った自分の身体。
頭の中で、いくつもの疑問がつながり始める。
まさか。
いや、そんなことがあるわけない。
でも。
「……すみません。もう一つ聞いてもいいですか?」
「おう、なんだ?」
「この世界って……魔法とか、あったりします?」
男はぽかんとした表情を浮かべた。
「……は?」
「いや、その……火を出したり、水を出したりとか」
「そりゃ、あるに決まってるだろ」
「……マジですか?」
「なんだ兄ちゃん。魔法も知らねえのか?」
男は呆れたように笑った。
「飯を作るにも、風呂を沸かすにも魔法を使うだろうが。そんなの子どもでも知ってるぞ」
「…………」
その言葉に、俺は固まった。
王国。
馬車。
見知らぬ身体。
そして、魔法が当たり前に存在する世界。
ここまでそろえば、さすがに理解できる。
「……まさか」
俺は自分の両手を見つめた。
若返った身体。
知らない土地。
昨日までの記憶は、庁舎で倒れたところで途切れている。
「……ってことは、俺……」
死んだのか?
いや、待て。
そんなことより。
「異世界……?」
自然と頬が緩む。
「異世界に……来たのか!?」
「お、おい兄ちゃん?」
「よっしゃあああああ!!」
思わず荷台の上で立ち上がった。
「やった! やったぞ!!」
「おい! 危ねえから座れ!」
「あっ、すみません!」
慌てて腰を下ろす。
だが、興奮は収まらなかった。
異世界。
剣と魔法の世界。
子どもの頃からゲームや漫画で見てきた、あの世界だ。
しかも、この身体は明らかに若返っている。
ということは、俺は人生をやり直せるのかもしれない。
「……ははっ」
笑いが止まらなかった。
もう、朝から晩まで報告書を作らなくていい。
締め切りに追われなくていい。
上司から突然仕事を振られることもない。
何より――。
「やっと残業から解放されるぅぅぅ!!」
俺の叫び声が、のどかな街道に響き渡った。
「……兄ちゃん、さっきから何を言ってるんだ?」
「すみません! ちょっと人生最高の日なもので!」
「……変わった兄ちゃんだなぁ」
男は困ったように笑い、再び馬車を走らせた。
俺は荷台に寝転がり、青空を見上げる。
今度こそ、自由に生きよう。
仕事に追われる人生とは、おさらばだ。
そして、できることなら。
「……冒険者、やってみたいな」
そんな新しい夢が、胸の奥に芽生えていた。
* * *
馬車に揺られること、およそ一時間。
遠くに大きな城壁が見えてきた。
「あれがトルキアスだ」
男が前方を指さす。
城壁の向こうには、いくつもの尖った屋根が見える。
街の入り口には人々が行き交い、荷馬車や商人の姿もあった。
「すげえ……」
思わず声が漏れた。
まるでファンタジーゲームの中に入り込んだような光景だった。
いや、実際にそうなのかもしれない。
俺は今まで、休日にゲームや漫画を楽しむのが好きだった。
特に、冒険者が未知の世界を旅する物語には昔から憧れていた。
ただ、現実ではそんなことができるはずもない。
だからこそ、ゲームの中で冒険することを楽しんでいた。
それが今、目の前にある。
「……冒険者か」
自然と、その言葉が口から出た。
この世界には魔法がある。
ならば、きっと魔物もいるのだろう。
冒険者ギルドだって存在するかもしれない。
もしそうなら。
俺も、冒険者になれるだろうか。
剣を握り、仲間と旅をして、未知の土地を探索する。
そんな人生を送れるのだろうか。
「……よし」
俺は小さく拳を握った。
まずは生活するための情報を集めよう。
それから、冒険者ギルドを探す。
今の俺に何ができるのかはわからない。
だが、挑戦するだけなら自由だ。
馬車が城門へと近づいていく。
俺は高鳴る胸を押さえながら、これから始まる生活に思いを巡らせた。
もう一度、人生を始められるのなら。
今度こそ、自分のために生きてみたい。
そんなことを考えながら、俺は初めて異世界の街へと足を踏み入れた。
――第1話 完――
お読みいただきありがとうございました!
次回はいつになるかわかりませんが、気長に待ってもらえたらうれしいです!




