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伝統芸能
妻を連れて護国神社に奉納匙かしげを見に来た。
社殿の前に笛や鼓の囃子方を従えた、萬手流第七十六世家元の萬手道雄がいた。
「俺、一度生で匙かしげを見たかったんだ」
私の興奮とは裏腹に妻は全く興味がない様子だった。
萬手道雄は懐から鉄の匙を取り出すと、摺り足でゆっくりと辺りを一周して、我々に匙を見せた。
「夢かぁ現かぁ」
萬手道雄が独特な発声を響かせ、匙の頭に人差し指を乗せると、お囃子は最高潮に達した。
そうして、しっかりと間をとった後、また摺り足で我々に匙を見せた。
社殿の裏からバサバサと沢山のキジバトが飛び立った。
帰り道、妻が重たい口を開いた。
「…あれスプーン曲げよね?」
「いや、伝統芸能匙かしげだよ」
「全然曲がってなかったじゃない。失敗?」
「違うよ。あの僅かに曲げる加減がいいんじゃないか。曲げ過ぎるのは下品だし、匙の頭が捻り切れるのなんて縁起が悪いでしょ」
妻は私の顔を見て首をかしげた。




