17、なんちゃってお色気会話術
「お嬢様、こちらのドレスは例の仕立て屋の?」
「そうよ。バルテミアの隣にあるカルアラ領のね」
「なんて繊細で軽い生地…流石に手織りではないですよね?」
「機械ですって。あの仕立て屋さんの名前からチュール生地と言うそうよ。すごく綺麗」
王都にあるバルテミア家の別荘の一室にて、ミリとエスメラルダは淡い緑色のチュール生地をあしらったドレスを広げて感嘆する。
以前、カルアラ領の仕立て屋を名乗る作業着姿の男がエスメラルダに面会を求めてきたのだ。なんでもその仕立て屋が生産している生地でドレスを作るから着て欲しいと。そして、その技術をぜひ貴族へ広めて欲しいと。
エスメラルダはその男の必死さと見本の布地の素晴らしさをみて即決で快諾したのだった。
完成品のドレスを見て、エスメラルダは正解だったと自分の審美眼を自画自賛する。
「早速、支度をしましょう!」
「そうね!今回はドレスを着る前にネックレスが先なの。ラミ、持ってきて〜」
「はい、ただいま」
ギリアムは扉の前に立ち、衝立の奥でかしましく支度をする三人を眺めながら、この賑やかさも今日で最後かと感慨深くなる。
エスメラルダから今夜のパーティを終えたら護衛任務を解くと伝えられた。バルテミアでの立場が固まり、先の安全の見通しがたった故の判断だろう。エスメラルダの話し相手になれないのは少し寂しい気もするが、それは彼女の心の余裕ができた良い証拠でもある。
王都にいるこの機会に任を解かれるのはありがたい。明日にはすぐに鍛錬をし直さなくてはならない。体が鈍っている気がしてならなかった。
「まぁ、お嬢様。このネックレスでよろしいので?」
「胸元に目が移りそうですわ」
「いいの、いいの。今回はドレスとアクセサリーを見せびらかさなきゃいけないんだから」
「それなら問題ないかと」
「ギリアムに見てもらいましょう」
ドレスとアクセサリーを身につけたエスメラルダが衝立から出てきた。ギリアムが実験台になるのはよくあることである。
ギリアムは現れた彼女の華やかさに目を奪われた。
「どう?このドレス綺麗でしょう」
「とてもお似合いです。春の美しい草原のようです」
ギリアムは珍しい透き通るような生地の淡い翡翠色のドレスに身を包んだエスメラルダと正面から対峙して、ふと首元に細やかな宝石がレースのように連なった豪華なネックレスに目がいく。
その中心からひと雫、流れるように宝石の筋が伸びていて。
ギリアムは失敗したと思った。
視線を上へと戻していく。彼女はしてやったりの表情をしていた。ギリアムは言い訳をする。
「いや、あの、素敵なネックレスだな、と」
「その言い訳をするところまで作戦通りだわ!女性の胸元を見たら誤魔化すためにネックレスのことに触れるでしょう」
「このデザインなら見てしまうのは仕方ないことです!私は悪くないです」
エスメラルダに試されていたギリアムは彼女の胸元を見てしまったことを開き直る。ネックレスが一筋だけドレスで隠れる胸元までずっと伸びているデザインなのだ。目がいくのも仕方がない。
なんでもネックレスも近隣の領地で作られたものだとか。彼女はそれらの広告を兼ねてパーティに行くのである。
「この程度なら、はしたなくは無いわよね」
「ドレスで胸元はほぼ隠れていますし、お嬢様の胸がささやかなので、まぁ…」
「見る人によるかもしれませんが、お嬢様の胸が控えめなので、まぁ…」
「ちょっとまって!私の胸は大きくは無いけど小さくも無いから!普通よ!」
「まぁ元々が華奢ですので…」
「まぁまぁお気になさらず…」
「認めない!普通って言い張るんだから!」
いつでもかしましく仲良しな三人をみて、ギリアムは無事に今夜が終わることを願った。できれば早急に。
「ほらほら、お嬢様、お髪はどのようにされますか?」
ラミはエスメラルダをながめながら鏡台の前へと座らせる。
「えー…高く結い上げるだけにしようかな。ラミがお手入れ頑張ってくれたおかげで綺麗だから」
「このくらいご自分でもできますわよ」
「長いから面倒なの」
ラミはエスメラルダの言う通りに高い位置で髪を結い、整える。銀細工の髪飾りをしようかと思ったが、手をサラサラと流れる絹のようなプラチナブロンドを見て、飾りがないほうが良いと思った。
大きいイヤリングをしているので装飾は十分だろう。
「髪飾りはなくても華やかなので、香油を少しだけつけておきますね」
「はぁい。ミリ、扇子を」
「はい、お嬢様」
準備が終わったエスメラルダはプラチナブロンドを艶めかせながら、白と金の扇子を持ち、レイの元へ向かった。
「レイ様、お待たせいたしました」
レイは普段とは違う礼服を着て玄関で待っていた。黒髪をすっきりと整えているので、レイの珍しい紫水晶のような瞳が際立っていた。
標準的で簡素な礼服だからこそ、レイ自身の美しさがよくわかる。
「エスメラルダ殿、まるでリロエの花のような可憐さと美しさだ」
「ありがとうございます。レイ様も素敵ですわ」
「どうにも慣れないが…。それでは行きましょう」
エスメラルダはレイのエスコートを受けて馬車へ乗り込む。
「緊張なさってます?」
「…少しだけ」
「やるべきことをやったら、ゆっくりパーティを楽しみましょう」
エスメラルダのやることは、身に纏ったジュエリーやドレスなどを見せびらかし、生産地や職人の名を広めること。
レイは多くの人に顔と声を覚えてもらうこと、そしてレイが他の貴族の顔の名前を覚えることが今回のやるべきことである。
エスメラルダは久しぶりの王都でありパーティの参加であるが、緊張は無く、やることをやるという意気込みで馬車へ乗り込んだ。
会場に着いて、国王と隣国のザウール王太子の挨拶が行われる。王太子は小麦色の肌が快活な印象を与える青年で、その分腹黒いのではとエスメラルダは邪推した。
レイはバルテミアのために隣国のこの青年と良い関係を気づかなければならない。
今回の外遊ルートではバルテミアを通らなかったので、まだ何も接点が無い状態である。
まずはご挨拶をして顔を見てもらうところからなので、エスメラルダはレイと一緒に国王とザウール王太子への挨拶の列に並ぶ。
「レイ様、練習通りで良いですからね。なんと受け答えしても、今までのレイ様どおりなら失礼にはならないので自信を持ってくださいね」
「きっと今まで練習相手だったエスメラルダ殿の方が怖いだろうな」
「まぁ、ずいぶんと余裕がありますこと」
レイはリリアに対しては格好付けの気弱だが、もともと領主としての責任感は人一倍あり、エスメラルダの外交勉強へも実直に取り組んでどんどん飲み込んで行った。あとは本番にも強ければ良いとエスメラルダは思っていたが、そんな生意気なことが言えるのなら安心である。
前の方々がはけて、エスメラルダ達の順番になり一歩踏み出すと、国王の隣にふらりとアルバート第一王子が並んだ。
自動的に国王、ザウール王太子、アルバート王子の御三方に挨拶する形になってエスメラルダはちょっと面倒くさくなるが、ここはレイに全任せである。
エスメラルダはレイが落ち着いた形式的挨拶をするのをニコニコとして聞くのみだった。
レイの挨拶が終わると、国王がふと目線をエスメラルダへ向ける。
「ああ、エスメラルダ。この度は私の我儘を引き受けてくれて感謝するよ」
「身に余るお言葉ですわ。この私で良ければ何なりとお申し付けくださいませ」
「頼もしい。バルテミアだけでなく、この国の、どうか我が愚息のことも支えてやっておくれ」
「…痛みいります」
穏やかに目元に皺を寄せて笑う国王の真意がわからず、エスメラルダはひやりとする。アルバートを見やると謎にウインクをしてきてイラっとした。
それではと退席をするとき、エスメラルダは最後にザウール王太子を見やるとパチリと視線が合ったので、顔を覚えてもらおうと笑みを送って挨拶は終了した。
「エスメラルダ殿は国王から気に入られている」
「ただのコマとしか見られてないですよ」
「でもアルバート殿下もいらした」
「同級生で仲が良いだけですわ。それより飲み物をとったら、挨拶回りに行きますからね。気合い入れてください」
「望むところだ」
それからエスメラルダは知り合いの貴族へ次々とレイを紹介していった。まずは夫妻で来ている方々から済ませていく。
臆することなく挨拶をするレイを見て、順調だとエスメラルダは安心した。
エスメラルダのお色気デザインのネックレス作戦も八割の的中率でなかなかと言ったところである。
「こんなに女性の身につけているものはよく見られるなんて」
「そうですよ。レイ様もご婦人のお召し物はどんどん見て褒めて、優れているものはどこのものか聞いてきてくださいね」
「…意外と楽しいかもしれない」
「それは良いことです」
一通りの挨拶を終えて、レイは一人で社交をしに、エスメラルダは休憩をしに軽食を取って壁の方へ別れた。久しぶりの社交で若干気疲れしているが、レイはむしろ元気そうで緊張もないようである。
これはお役御免になる日もそう遠く無いとエスメラルダは確信した。
「エル」
「…アルバート殿下。ごきげんよう」
正装に身を包んだアルバートはエスメラルダが一人になった所をすかさず近寄っていく。
「挨拶の時はあまり話せなかったからね」
「だからあえて挨拶の時に現れたのでは?私の時だけ」
「あは。バレてる?」
「全員にバレてますよ。わざとらしい特別扱いはまだ継続なんですね」
エスメラルダが、王族が腹黒いという偏見を持っているのはこの目の前の男のせいだった。見かけは誠実そうだが話すと飄々として掴みどころなく、でもわかりやすく腹黒いと思わせて実は更に企み事をしている、この男。
「僕と仲が良い方が何かと便利でしょう」
「それはそうですけど、レイ様の前でだといつもより多く意味が含まれる気がします」
「いつもと変わらないさ。それより今日はなんだかドレスがふわふわの妖精って感じだね」
「もう少し気の利いた褒め言葉ありませんでした?」
「胸にしか目がいかないや」
「ああ、もう全然ダメ」
こんなポンコツ王子だっただろうかとエスメラルダはアルバートを見る。アルバートはニコニコと以前と変わらない。久しぶりに会えたから嬉しそうではあるけれど。
「僕の色のドレスでしょ?」
「私の色でもありますけど?」
「君の瞳は深緑じゃないか。淡い緑は僕の色だよ」
アルバートはするりとエルの左手をとり、持ち上げる。
「指輪かと思ったらブレスレットの一部が輪になって指に繋がっているんだね。手枷みたいなデザインだ」
「ハンドチェーンというものです」
「指輪はもらってないの?」
「レイ様があげるべき人はリリアさんですし。私はのちのち離婚しますから」
「国王からの命令なのに?」
エスメラルダは今まで何度も見たことがあるアルバートの探るような目には慣れていた。こういう時は不安がっている時なのだ。
「それでも。上手くいくでしょ?」
アルバートは顔を緩ませて笑い、エスメラルダの薬指に口づけた。そしてその指をするりと親指で撫でる。
「嫁いでからも相変わらずで嬉しいよ。明日は王都にいる?アッシュが少し元気が無いようだから見て欲しいな」
「そうなの?ユランからは何も報告なかったけど」
「アッシュはユランが嫌いで触らせもしないから」
「相性悪かったか…明日見に行きますわ」
「いつものお昼の時間においでよ。僕も気になるから一緒にみたい」
「わかりました」
「それじゃあ、またね」
そうしてレイとエスメラルダの王都での社交は問題なく終えることができた。




