15、仲良し同い年
「デニー、今日も書類作業が多いんだ。やる気起きねぇよ〜。手伝ってくれ」
ユランは雪亀のデニーの甲羅に大の字になって乗っていた。デニーはそんなこと気にせずノソノソと植物園の中を散歩している。
エスメラルダが不在の間の餌やりはユランが引き継ぐことになった。植物園の鍵をもらったユランは事あるごとに休憩しに来ている。
「君は独り言が大きいね」
「うわっ、いつ入って来たんだよ」
「今だよ」
もう一人の鍵の所有者である第一王子のアルバートは雪猫のアッシュに会いに植物園の扉を開けた。ユランがデニーにだらしなく乗っているのを見て呆れながら、トコトコと奥から走ってきたアッシュを抱き上げる。
エスメラルダが辺境行ってから一月は過ぎた。アルバートはたまに植物園に来ていたが、ユランと遭遇するのは初めてである。自分やエルと興味のある分野が被っており、かつその分野の中で特に秀でた知識や発想を持つ優秀なこの男に対して尊敬しつつも、自分がいたかった立場にこの男がいること思うとアルバートは微妙な気持ちになる。
「なんでアッシュがそんなに懐いてるんだ。俺には触らせてもくれないのに」
「ちゃんと人を選べるなんてアッシュは賢いね」
「お前が良いなら俺だって良いだろ」
「それは無理があるな」
アルバートは定位置である奥のソファへと腰掛ける。デニーは気が済むまで散歩したので、プールの中へズブズブと入っていった。泳げないユランはプールの縁にしがみついて難を逃れる。
スラックスの裾が濡れたことにげんなりしたユランは立ち上がれず、目の前でアッシュといちゃいちゃしているアルバートへ視線を向ける。ふとアルバートもユランを見たので、視線がバチリと絡み合った。
「エルはどうして君と仲が良いんだろうね。こんなに変なのに」
「そりゃエメも変だからだよ。あいつは人の心があんまりない」
「確かに情緒は無い方だと思うけど、君ほどじゃ無いでしょ」
「失礼だ!」
「大丈夫だよ」
「大丈夫だよ?」
どのへんが?とユランは首を傾げる。
そんな可愛くない仕草をする彼から視線を外す。アルバートととしては妙にこざっぱりしているところがあるエルは都合が良いとも言えるし、物足りないとも言える。その絶妙さを好ましく思う人は多いだろう。ロイド団長なんかは夫人に尻に敷かれている憂さ晴らしにエルに手を出している。王家と繋がり深い歴史ある大貴族でなければ、エルは相手にしなかっただろう。夫人だって相手が侯爵家のエルだからと黙認している。ロイド団長のそういう均衡感覚の良さがずっと前から鼻についていた。
阿呆っぽいこの同僚と楽しく過ごしていれば良かったのにとアルバートはため息を吐く。
「次期国王が国民に言って良いことじゃないぞ」
「王になるのはまだずっと先だよ。君だって次期国王に対する態度じゃないだろ」
「俺に特別扱いして欲しいってこと?気持ち悪」
「会話が難しいなぁ」
エルはどうしてこの適当な性格をした男と仲良くしていられるのだろうか。素晴らしい頭脳であることは認めるが、性格に難がありすぎるのでは。
「諦めるなよ。俺はエメがいなくて寂しいんだ。構えるのはお前しかいない」
「寂しいのは僕の方だ」
「婚約者いるくせに何言ってんの?俺は独り身なんだが」
「僕の婚約者はとても優秀で、今は学園生活で忙しくしてるんだよ。それにそういうのは彼女に求めてない」
「何言ってるのか全く理解できん」
「癒しはアッシュとエルだけってこと」
「贅沢者が。でもお前エメのことどうすんの?結婚しちゃったじゃん」
むくりのユランは体を起こした。そうだこいつはエメのことが好きなのに何やっとんだ、と今更ながらに気がついた。俺がエメと研究所に入社してから一番に威嚇しにきたくせに。今でもこいつがエメを贔屓しているのは周りにもバレバレで、関係を匂わせまくって噂をばら撒いているお陰でエメに変な虫がつかないでいる。一匹デカい虫がついてしまったが。そんなこいつは今回の政略結婚は王様の命令だからとあっさり引いたのだろうか。
「まぁ、辺境伯には恋人がいるから。エルを第一夫人、恋人を第二夫人にしたんだよ」
「えっ、じゃあ今は女二人も侍らせてんの?男の鏡か?」
「多分エルが二人を手玉に取ってるけどね」
「うそ、エメったらやるな」
何で結婚相手の男と、その恋人の女をエメが手懐けられるんだ?とユランはわからなかったが、わからない方が良い世界もあることを娼館で学んでいた。色んな世界があるものなのだ。ふとカルロが泣いていたのを思い出す。
「でもエルの結婚なのに式は挙げないと連絡があったんだ。酷いよね。どういう扱いしてるんだか」
「ふぅん。式ってそんなに挙げたいもんか?」
「見栄張るのにちょうどいいでしょ。派手にやらなきゃ」
「あ、そんな感じ?」
ユランは貴族特有の力の誇示の仕方みたいなものはさっぱりわからなかった。てっきり特別な日としての思い出作りに挙げるものだと思っていた。その感覚もユランにはよくわからないが。
でもきっと幸せな行事は良いことだ。
「俺も恋人ほしいな〜。王子様、誰か女の人紹介してくれよ」
「君に紹介できる女性はいないかなぁ」
「諦めるな」
「君はもう少し自分を恥じた方がいいよ」
「恥じらう俺が見たいってこと?気持ち悪」
「もう助けてくれ、アッシュ〜」
「俺をダシにいちゃつくな!」
アッシュの艶やかな毛並みに顔をぐりぐりとするアルバートを見てユランは信じられなかった。アッシュはご満悦な表情である。もしや今はかなりご機嫌なのだろうか。ユランはおそるおそる撫でるために手を伸ばすと「シャー!」と威嚇されてしまった。いつもこうだとしょんぼりする。
アルバートは当たり前のように微笑んだ。
「ユランは性格が悪いからだよ」
「お前だって優しくないだろ」
「君に優しくはないだけ」
「俺だけ特別扱いじゃん。そういうのもっと増やして欲しい」
「なんでそんなに図々しいの」
「謙虚に生きてて良い事あるか?」
「僕みたいに良い人になれるよ」
「お前こそ謙虚になれ」
ユランはエメがいない間はこんなやつに構ってもらわなくちゃいけないのかと悲しくなった。アルバートは綺麗な顔をしているが、柔らかそうではないし可愛くもないし、優しくもない。エメには早く職場復帰してもらわねば。いつになるのだろうか。
「王子様の力でエメを職場に戻してくれよ〜」
「すぐには無理だね。でももう少し待ってれば帰ってくるよ」
「なんでそんな事わかるんだ」
「エルは僕の夢だから。ここにいてもらわないと」
「いきなり重。聞かなきゃ良かった」
「僕の代で不敬罪復活させようかな」
「エメから嫌われてしまえ」
植物園の穏やかな昼は続く。




