どうして、それを教えてくれるんですか?
そんな2人の繋いだ手にカイルは背後からチョップを入れたそうに何度か手を振り上げかけるが……やがて諦めたように大きく息を吐く。
「……で? 実際、どういうつもりでついてくるってんだよ。まさかソレしたかったからって訳でもないだろ?」
2人の背後を歩くカイルに振り向かないまま、ステラは「んー」と声をあげる。
「そう、ねえ……貴方達が2階層に辿り着いたっていうのが大きいかしらね?」
「あ?」
「見たでしょ、あそこで溜まってる連中」
「そりゃまあ……見たけどよ。なあ?」
「うん」
カイルに同意を求められたイストファは頷くが、ステラが何を言おうとしているのかまでは分からない。
「あの人達に問題があるって事ですか? その……あの時みたいに」
イストファは1階層で出会った初心者狩りの事を思い出す。
しかし、あの場に居た冒険者達がそうであるならば疲れて帰ってきたイストファは狩られていたはずだ。
「別にアレは問題ないわよ。問題あるのが混ざってる場合もあるけど。そうじゃなくて、なんで連中があそこに溜まっているのかってこと」
「稼げるからって言ってましたけど」
「言い訳ね。連中はビビって挑戦する事を諦めたのよ。2階層は、そういう敵で溢れてるわ」
そういう敵。つまり1階層を突破した冒険者が恐れて諦めるような強い敵ということだろうか、とイストファは思う。
確かにクワガタも……イノシシも、驚くほどに強い敵だった。
あのどちらも、1階層のゴブリンガードを瞬殺できるのではないかという程だ。
けれど、イストファをじっと見下ろしていたステラは違う答えを紡ぐ。
「……第2階層『暴食の樹海』。あそこに居るモンスターは、一匹残らず人喰いのモンスターよ。あの場に紛れ込む弱い人間は、競うように連中のご飯にされるってわけ。勝つか、喰われるか……服従するか。選べるのはそれだけよ」
「服従……? 土下座でもするってのか」
「果物。あったでしょ?」
「ああ、気味悪い育ち方だったがな」
「奥の方行くと、ごく僅かだけどゴールドアップルもあるそうよ?」
「げっ!?」
カイルが驚きと共にあげた声に、イストファは思わず振り向く。
「え? な、なんか凄いのそれ?」
「凄いなんてもんじゃねえぞ!」
カイルは周囲に注目された事に気付くと、小走りでイストファの隣に立ち耳元へと口を寄せる。
「……いいか、ゴールドアップルってのは不老不死の実とも呼ばれてる幻のリンゴだ。実際にゃそんな効果はねえが、あらゆる病気に効果があるとされる……1つで50万イエンはする代物だ」
「実際に万能薬にするには色々加工が必要だけどね。どっちかというと『不老』……つまり若返りとかの効果を期待しての高値ってとこかしらね」
「若返るんですか?」
「お肌に良いのを『若返り』って言ってもいいのならね」
やはりそんな旨い話はないのだろう。もし本当に不老不死の実であるのならば、50万イエンではすまないはずだとイストファは1人納得する。
そして同時に「儲かる」という言葉の意味も理解できた。
「そっか……本物ならもっと高いですもんね」
「そういう事。ま、それはさておき……あの階層をクリアできない連中が、どうやってそういうのを探してると思う?」
「木が多かったですから、隠れる……とか?」
あの階層は道が出来てはいたが、深い木々はそれだけで身を隠すには最適そうだ。
しかし、ステラは当たりとも外れとも言わずに「貴方はどう?」とカイルに問いかける。
「……服従するっつったな。つまり、あの階層特有のルールがあるってわけだ」
「ええ、そうかもね?」
「なら話は簡単だ。戦わずしてあの階層を進む手段……そのカギは果物にしかねえ。あそこに生ってるもんを持ち運ぶか……いや、違うな。暴食……つまり『食う』ってことだ。それが何らかの合図になってるんだな?」
「正確には『食べ続ける』かしらね。あの場にある果物を食べている間は一部を除いてモンスターは襲ってこない。喰われる側から喰う側に回ったからって事かしらね?」
「だが、それじゃダメだ。そういう事だろ?」
「ええ、そうよ。だから、あの場の果物を食べるのはやめときなさい?」
ステラの言葉にカイルは考えるように黙り込み、イストファはステラを見上げる。
「あの、ステラさん」
「なにかしら、イストファ」
「どうして、それを教えてくれるんですか?」
「あら、変かしら?」
「ステラさんなら、失敗から学べって言いそうな気もしたので」
ステラはその言葉に吹き出すように笑うと、「確かにね」と同意する。
「でもね、程度によるわ。死ぬと分かって『失敗しろ』という程非情じゃないつもりよ?」
「死ぬ……? それって、さっきの『一部のモンスター』に殺されるってことですか」
「ええ、そうよ。第2階層の暴食のルールに服従した者は、それに逆らえない。あの階層の果物をあの場で口にした者は……絶対に階層を突破できないように出来てるのよ」
「そんなもの、外に持ち出して売っていいんですか……?」
当然すぎるイストファの疑問に、ステラは「いいのよ?」と答える。
「一度持ち出したら、もう関係ないもの。一度外に出ても効果は消失するわ」
「え、なんで……」
「そういうものなの。ダンジョンのルールを理解しても、その理由なんか理解できると思わない方がいいわよ?」
「だな。神かモンスターか知らねえが、人じゃねえ奴が造ったもんなんだ」
そういうものだ、と言うステラとカイルに……イストファは「そう、なのかな?」と首を傾げる。
しかし納得できずとも「そういうもの」である事だけは、変わりはしない。





