私だって年頃です
「は? 私の薬草園?」
「はい。ジョセフ第2王子様より、危険な毒草を育てる場所は潰すべきだ、との意見が出されまして」
「きちんと申請は出して承認されてるはずよ? そもそも王宮内にあるわけでもないし」
錬金術師であるブリギッテの薬草園は、王都内に用意されている。確かに毒草もあるにはあるが、きちんと衛兵も立っている管理は万全なものだ。何も問題はない。
「そんな遊びで国民を危険にさらすのは看過しがたい。なおかつその分の衛兵を他に回す事で王都のさらなる安全も図れるはず……とのことでして」
だからこそ、ブリギッテに伝えに来た文官も緊張で汗を流すありさまだ。
「……それで?」
「会議にかける前にブリギッテ様にも機会を与える、と。その……」
「黒杖合わせで黙らせてみろ、と? 私が負ければ薬草園を潰すのに同意しろ、ということですのね」
「は、はい。ブリギッテ様が勝利すれば薬草園を今後も認める、と……」
「チッ……無駄に政治力を使って。断れば薬草園は確実に潰されますわね」
朝の早い時間、ブリギッテの部屋には護衛の蒼盾騎士が立っていた。
勿論ブリギッテに配慮し女性騎士だが……これはカイルが蒼盾騎士団長であるデュークと交渉した結果でもあった。
カイルを特に気にかけているデュークがたまたま王都に戻ってきていたのは彼の幸運ではあっただろうが、カイルの話にデュークが不穏を感じ取ったからでもあった。
ともかく、四騎士団の中では特に荒事に強い蒼盾騎士が一時的にブリギッテの護衛につくことによって、仮の黒杖騎士であるイストファとミリィはこの時間はまだ部屋である。
「お、お返事は如何様に致しましょうか」
「お受けします、と伝えなさいな。負ける気はないとも」
「は、はい。確かに!」
バタバタと去っていく文官を見送ると、蒼盾騎士は扉を閉めて何か言いたげにブリギッテに視線を向ける。
「……なんですの?」
「受けてもよろしかったのですか?」
「受ける以外に方法はありませんわ」
「デューク団長から、可能な限り御身をお守りするようにと命令を受けてはおりますが……その団長も、すでに王都を出ております」
「分かっていますわ」
「今の副団長は俗物です。ですが、何かあった場合私では抗いきれません」
「それも分かっています。ならばどうしろと言うんですの?」
「……私の意見を言ってもよろしいのであれば」
参考になる事は言っても直接的な意見は言わない。そんな騎士の原則をかたくなに守ろうとする蒼盾騎士にブリギッテは「許しますわ」と答え……蒼盾騎士もまた、それに頭を下げて謝意を表明する。
「では、僭越ながら……黒杖の2人をもっとお傍に置くべきかと」
「あの2人は仮ですわ」
「だとしても、黒杖騎士です。法律上、あの2人はブリギッテ様以外の命令を受ける事はありません」
故に、ジョセフがイストファを無礼打ちしようとしたのは明らかに問題行為だ。
それでも王族の沽券という言葉で押し通そうとしたわけだが……それはともかく。
「……まあ、そうですわね」
「何か気になる点でもございましたか?」
「そういうわけではありませんけど……」
「では、何か?」
首を傾げる蒼盾騎士に、ブリギッテは何故分からないのかと言いたげな視線を向ける。
「……私だって年頃ですのよ?」
「はあ、そうでございますね」
「同じ年頃の男を常に近くに置くとか、照れるじゃありませんの」
言われて、蒼盾騎士はようやくそれに思い至ったというかのような表情をする。
「……失念しておりました。遠征が主任務の騎士団に居ると、その辺りの感覚が摩耗するようです」
「別に気にしてはいませんわ」
「あ、しかしブリギッテ様の黒杖のうちの1人は少女では……?」
「なんか本人は男だって言うんですのよ」
「そう、なのですか?」
「そういう遊びかもしれませんわね。一応制服は女物で用意しましたけれども」
その瞬間、ミリィが部屋で何かを感じたのか跳び起きていたりしたが……それはさておき。
「黒杖合わせは申請から実施まで数日の期間が最低でも空きます。その間に親交を深めるのがよろしいかと思われます」
「まあ、それが無難ですわね。成り行きとはいえ、私の薬草園の命運を預けるのですし」
しかし、とブリギッテは思う。確かにジョセフは黒杖合わせを仕掛けてきた。
だが、それがどう暗殺に繋がるかが分からない。ジョセフだって、蒼盾騎士に……デュークに目をつけられたことは分かっているはずだ。
まさか、ブリギッテの命を狙っているのはジョセフではない?
いや、その可能性を考え始めればキリがない。
ジョセフだとして、デュ―クに目をつけられた状況で……それでも尚、ブリギッテの命を狙うのだとすれば目的は?
ブリギッテが邪魔になった程度の「予想」で危険を冒すだろうか?
「……まさか」
唯一の心当たり。それに思い至り、ブリギッテは同時に「そんなはずがない」とも思う。
アレの事は外部になど一言も漏らしていないはず。だから、有り得ない。
有り得ないが……もし、その有り得ない事が有り得たなら。
だとすると、それは。
「どうされました、ブリギッテ様」
「……なんでもありませんわ」
もしかすると、そういうことなのだろうか?
だとすれば……これは。
ブリギッテは、汗のにじむ手を小さく握り。その様子を、蒼盾騎士は無言で見ていた。





