それが生きるって事らしいからな
「こいつぁ、無理だな」
「ですよね……」
フリート武具店のカウンターに置かれたファルシオン……の残骸を調べながら言うフリートに、イストファは肩を落とす。
折角ステラから貰った武器なのに、もう壊してしまった。その事実が、自分の実力不足を痛感するようで辛いのだ。
そして、そんなイストファの心情を感じ取ったのだろうか。フリートは「見てみろ」と言いながらファルシオンの柄を向けてくる。
「どんなモンスター相手にしたかは知らねえがな……こいつは俺の見たところ、一撃で耐久限界までもっていかれてる。分厚い鋼鉄製のファルシオンがだぞ? ちょっと信じられねえパワーだが……逆に言うと、コレだったからお前が無事だったと考える事も出来るな」
言いながら、フリートはイストファを見る。
なんだか真新しくなっている黒鉄製の鎧。明らかに魔石で修復した直後といった感じだ。
何とどう戦ったかということまで聞く気は無いが、ファルシオンの状態から見ても凄まじい戦いだったのであろう事が伺える。
「ったく、今度は何と戦ったんだ?」
「ん、んんー……」
困ったように返すイストファを見て、フリートは頬を掻く。
素直さが取り柄のイストファがこう濁すということは、恐らくは何か……言い難い相手なのだろう。
確かイストファが居たのは第6階層のはず。となると……そこで何かあったのかどうか。
……いや、何かあったのは確実だ。フリートはそれを確信している。
「……ま、いいさ。色々あらぁな」
「はい。色々、ありました」
「別に全部話せとは言わねえよ。言いたくない事だって色々ある」
そんな事を言うフリートに、イストファは少しだけ意外そうな表情を向ける。
「フリートさんも……そうなんですか?」
「おう、色々あるぜ? そりゃもう、山の如しだ」
言いながらフリートはカウンターから離れ、イストファの頭に手をのせる。
「生きる事は恥を重ね、秘密を抱える事である……っていうのは昔の剣聖だかなんだかの言葉だがな」
「秘密を……」
「ちなみにその後に続くのは『その重みを抱えるのか、忘れるのか。前者を強さと呼び、後者を弱さと呼ぶ』……だったか。ま、つまりだ」
そこでニヤリと笑い、フリートはイストファの頭をガシガシと撫でる。
「たっぷり悩んで抱えて、自分の中で糧にしろってこった! それが生きるって事らしいからな!」
「うわわ……は、はい」
髪の毛をすっかりグシャグシャにされてしまったイストファだったが、フリートの言葉にしっかりと頷く。
昔の剣聖が言うような難しげな言葉の全てを理解できたなどとは、イストファは思っていない。
ただ……ノーツの事を忘れる事だけはないだろうと、それだけは確信できた。
ノーツの事を忘れない事。それが本当に自分の強さに繋がるのかは分からない。
けれど……それで弱くなったとしても、忘れてはいけないと思ったのだ。
「……ありがとうございます、フリートさん」
「何がだ」
「心配してくれたんですよね」
「まあな。此処に来る奴の中じゃ、お前は2番目に大事に思ってるよ」
「……えーと、1番って、やっぱり」
「おう。ケイだ」
「もう、お父さん!」
途中からチラチラと店の奥から覗いていたケイが、走り寄ってきてフリートをぺシンと叩く。
「イストファ君の前で何言ってるのよ! 恥ずかしいでしょ!」
「何言ってんだケイ。娘を可愛いと言って何が悪い」
「そんな話じゃなかったでしょ、もう!」
顔を真っ赤にしてフリートをペシペシと叩くケイだが、フリートはどこ吹く風だ。
「ま、ともかくだ。イストファ、次は7階層だろ?」
「はい」
「7階層に到達した奴は一線級って呼ばれる。なんでか分かるか?」
「え、いえ……」
イストファの答えにフリートは咳払いすると、それについて語り出す。
まず、1階層。此処を抜ければ、一定の実力があると認められる。
次に5階層。この階層に辿り着く時点で敵うはずのない敵に心折れずに進む事で、一人前……銅級として認められる。
そして辿り着くのが6階層。この階層においては、総合的な能力が求められる。
単体での実力、チームでの連携、長期の探索における「休む」技術……場所によっては鍵開けや細かい探索の技術も求められるが、それ即ち冒険者として求められる全てであると言っていい。
つまり……6階層をクリアできる冒険者は、何処に行っても活躍できる実力を持っていると認められるということなのだ。それ故に「一線級」と称されるのだ。
……無論、事実上のその迷宮におけるトップチームと同義ではない。そこまで辿り着けるだろうという期待を籠めた言葉でもある。
「なるほど……」
「イストファ君、凄いんだねえ」
「ま、そんなわけだ。お前とあのガキ共はな、これからは今までとは違うトラブルに巻き込まれる可能性もあるぞ」
「そう、なんですか?」
首を傾げるイストファに、フリートは頷いてみせる。
「おう。この街は迷宮都市だ。いつでも色んな奴が出入りする……その中にゃ、腕輪の『色』だけが重要な奴だって当然いるだろうしな」
それを聞いてイストファが思い出したのは……もうすでに捕えられているはずの、あの銀級の冒険者達のことだった。





