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金貨1枚で変わる冒険者生活  作者: 天野ハザマ


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その時、思いっきり喜ぼうぜ

 階段を降りた先……第7階層。そこに広がっていたのは、湿地帯とでも呼ぶべき場所であった。

 基本的には草の生い茂った草原。だが視線の先には幾つかの沼か池とでも呼ぶべきものが見え、地面は僅かに湿っている。

 沼地と呼ぶ程ではないが、決して草原というわけではない湿り気を見せる、そんな場所だ。


「此処は……」

「第7階層だ。此処まで来たからにはもう、俺達も一線級の冒険者の仲間入りだぜ……!」


 第2階層「暴食の密林」。手軽な稼ぎを求める者は、この階層で振り落とされた。

 第5階層「試練の迷宮」。確実な死を前に心折れる者は、この階層で選別された。

 ……そして第6階層「追憶の幻影都市」。果ての見えぬ探索と古代都市の物品は、更なる選別を行った。

 そう、此処は第7階層。それら全てを越えた先にある場所。この迷宮都市エルトリアにおいては、充分以上の実力を持つ冒険者の証明でもある。


「は、はは。やったね」

「ああ。だがまあ……喜ぶのは次回だな」

「ですね」

「ええ」


 カイルの言葉にドーマとミリィも同意し、イストファは不思議そうな表情を浮かべる。

 だが、3人にとっては不思議でも何でもない。


「お前をとりあえず宿に送り届けて、また後日此処に来たら。その時、思いっきり喜ぼうぜ」


 それを聞いてイストファは嬉しそうな、ちょっと申し訳なさそうな複雑な表情になる。

 そんなイストファの額をカイルはつつき、「バーカ」と笑う。


「妙な顔するんじゃねえよ。俺達はパーティで、親友だ。喜びは万全の状態で分かち合ってこそ、だろ」

「……うん、そうだね」

「おう、そういうことだ。登録の宝珠に触れて、さっさと帰ろうぜ」


 言いながらカイルが振り向いた先には、輝く第7階層の登録の宝珠。

 全員で順番に触れ、カイルの帰還の宝珠で地上へと帰還する。

 そうして、全員が地上に帰還し……「あら」という声にカイルが「げっ」という声をあげる。


「帰ってきたのね。どうだった? 確か……第6階層だったかしら」


 そう、そこに居たのはステラだ。相変わらず悠然とした雰囲気を漂わせたステラに、イストファは静かにブイサインを作ってみせる。

 そしてそれだけで全てを察したのだろう、ステラはその雰囲気を優しげなものへと変えていく。

 イストファに近づくと、ドーマの手からヒョイと奪い抱きかかえる。


「えっ、ちょ……」

「ごめんなさいね。私の弟子だもの、今日のところは貰っていくわね?」


 そう言ってドーマにウインクするステラだが、あっという間に奪われたドーマは思わずポカンとしてしまう。

 ドーマ自身かなり強くなったはずだが……奪われた感覚が全く無かったのだ。


「お前、またこの……クソ、速ぇ!」


 優雅に歩いているのに、しかもイストファを抱えているのに凄まじい速度で遠ざかっていくステラにカイルが声をあげるが、そうしている間にもステラの姿は小さくなっていく。


「あ、の、野郎はぁ……!」

「仕方ありませんよ、カイル。一応師匠なんですから」

「俺等はパーティだろうが!」

「あ、あはは……」


 カイルをなだめるドーマとミリィ。

 そんな三人を置き去りにしたまま、イストファはステラに抱きかかえられ……ほんの少しの時間の後には、宿の部屋についてしまっていた。

 壊れた鎧とチェインメイルを外し、ボフッとベッドに放り投げられたイストファは、そのままベッドの脇に座ったステラを見上げる。

 

 ……考えてみれば、6階層の攻略の間はステラに会っていなかった。

 何週間も何か月も……というわけではないが、随分と濃い時間で、だからこそ何だか懐かしいようにも感じていた。

 だから、だろうか。何を話していいか分からなくて、イストファは「えーと……」とあいまいな声をあげる。


「……カイル達、置いてきちゃいましたね」

「どうせすぐ乗り込んでくるわよ」

「そうですね」

「それより、もっと言う事があるんじゃない?」

「言う事……」


 何かあっただろうか。

 考えて……イストファは、「それ」を思いつく。

 それを言うには、ちょっとくすぐったいような、恥ずかしいような。

 それでも、なんだか期待した風のステラの表情に追い立てられるようにして、イストファは口を開く。


「……ただいま、です。ステラさん」

「ええ、お帰りイストファ」


 それで正解だったのだろう、嬉しそうに笑うステラにイストファもつられて笑う。


「どうだった、6階層は。今までとは全部違うから大変だったでしょう?」

「あ、やっぱりステラさんはもう突破してたんですね」

「当然でしょ?」


 エルトリアのダンジョンの攻略開始日は同じのはずなのに、ステラはもうとっくに先に進んでいる。

 当然の事とは知りつつも、イストファは思わず苦笑してしまう。


「……遠いなあ」

「そりゃまあ、君の師匠だもの。ちょっとくらい気張ってみせるわ?」

「一体何階層まで辿り着いてるんですか?」


 イストファのそんな質問にステラは「んー……」と迷うように唇に指を当てると、やがて悪戯っぽい笑みを向ける。


「……ヒミツ。気が向いたら教えてあげるわ」


 そう言いながら、壊れたファルシオンと……明らかに装飾の変わった短剣へと一瞬視線を向けて、再びイストファへと視線を戻す。


「それより、イストファの話を聞かせて? どうにも、色々あった風だけど」

「はい。色々……ありました」


 そしてイストファは語り出す。

 6階層で出会ったノーツという少年との出会いと、別れを。

 それが終わるまで静かに聞いていたステラは、静かにイストファの頭を撫でて「そっか」とだけ呟く。

 正しいとも、間違っていたとも……何も、言いはしなかった。


 ……ただ、その日の夜。イストファは夢を見た。

 何処かも分からぬ場所で冒険する5人。決して有り得ない……そんな、幸せな夢。

 起きればイストファの記憶にも残らないような、そんな儚い幻影だった。

追憶の幻影都市編、完。

如何でしたでしょうか?


なお以前お知らせしましたが、コミカライズは1/26からガンガンONLINE様にて公開です。

ツギクルブックス様から発売中の書籍と合わせ、お楽しみくださいませ!

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