結構不安定ですね
そして作戦会議を終えたイストファ達は、再び3階層へと降り立っていた。
切り立った崖と、帆船の甲板。寂しげに響く海の音は、何処か恐ろしげでもある。
「……よし、行こう」
イストファの号令に、カイルとドーマも頷く。
まずは目の前の船の甲板に乗り込む。その一歩を踏み出し……覚悟とは裏腹に、イストファ達は何の妨害もなく甲板の上に降り立つ。
なにげにイストファは船に乗るというのはこれが初体験なのだが、喜びに浸れるような状況でもない。
「えっと……次は隣の船、だったよね」
「ああ。アレだな」
カイルの示す先には、今いる船にぴったりと寄り添う別の船。
まるで連結されたかのように無数の船や船の残骸が寄り添うこの階層は、そうやって船を渡っていかねばならない。
しかし当然のように海上の船は揺れ……だからこそイストファは先に渡って、まずはカイルへと手を差し出す。
「はい、カイル」
「……おう」
ちょっと微妙な表情をしながらもカイルはイストファの善意を受け、その手をとる。
カイルも、自分の身体能力関連が壊滅的なのは自覚している。
何かあれば海に……この3階層というダンジョンの海に落ちる事を考えれば、プライドよりも安全をとるのは当然だ。それに何より、イストファからの純粋な善意も嬉しかった。
「よっ……と。安定してるようで、結構不安定ですね」
一方のドーマは危なげなく乗り移り、波に揺れる甲板を軽く足で叩く。
ちなみにドーマも船は初体験だが、別に言う事でもないので黙っている。
「船ってのはそういうもんだ。ま、この船は動かせねえけどな」
カイルが見上げた先をイストファ達も見上げる。
そこにあったのはボロボロになった帆で、一目でまともに航行できる状態ではないことが分かる。
あるいは帆を張り替えれば進む力を手に入れられるのかもしれないが……どのみち、この状況では無理だろうし、そもそもダンジョンの生成した船にそういう機能があるのかは疑問だ。
「よし、次は……」
「確か一度降りて別の船に乗るんだったよね?」
「おう、それだ」
「階段はあっちにありますね」
無数の船が連結されたようになっているとはいえ、全ての船が統一された大きさというわけではない。
比較的小さな船もあれば巨大な船もあり、大きく破損した船とは呼べなくなった船もある。
この中型船の隣にあるのは巨大船であり、甲板を乗り移るということは出来ない……が、冒険者ギルドで買った地図によれば船の中から進めるはずだった。
ギイ、という軋む音の響く船内へと降りれば、そこは荷捌場と思われる場所に繋がっていた。その奥には扉があり……恐らくはあそこから別の船に繋がっているのだろうと予測できた。
「こういう場所じゃ仕方ねえんだろうが、大分地図も適当だからな……」
積まれた木箱を見回しながら、カイルは作戦会議の時に全員で見た地図を思い出す。
2階層までのものと違い注釈の多くなった地図は「大体このような感じ」という地図とはあまり呼べないものだった。
それには別に理由もあるのだが……。
「っ!」
イストファが歩みを止め、2人を庇うように小盾を握る手を伸ばす。
それは止まれ、という合図。思わずカイル達が周囲を見回す中……目の前にあった扉が小さな音をたてて開く。
それは、船の揺れのせいでもなければ立て付けのせいでもない。
肉のない手で扉を開いた、1体の人型の骨のせいであり……何もないはずの眼窩が、イストファ達をまっすぐ見据えていた。
「……くる!」
筋肉など一切ないというのにどうなっているのか、スケルトンはカトラスと呼ばれる曲刀を逆手に構え走り出す。
イストファの短剣と打ち合い鈍い音を響かせると、スケルトンのカトラスは弾かれ船底に軽く突き刺さる。
技量の差というよりは、単純な力の差。スケルトンがカトラスを引き抜く僅かな間にイストファの短剣がその身体を薙ぎ、スケルトンの肋骨が数本砕け散り転がる。
今までであれば、それで当然決着がついていただろうが……今回は違う。
一瞬遅れてカトラスを引き抜いたスケルトンの斬撃をイストファは再び短剣で弾き、困惑したような声をあげる。
「カ、カイル! これどうやったら倒せるの!?」
「……しまった。そういや説明してなかった」
カイルにとっては常識であったのと、ゴースト対策に思考を割くあまりに忘れていたが……スケルトンはスケルトンで厄介な敵だ。
そしてドーマにとっても常識であった為、その常識がイストファにとって常識なのかどうかをつい忘れてしまっていたのだ。だからドーマは慌てたように叫ぶ。
「動けないように……うっ!?」
「うおっ!?」
「ええっ!?」
今まで積まれた箱の陰に潜んでいたのか、崩しながら飛び出しカイルへと斬りかかる1体のスケルトンをドーマがメイスで迎え撃ち、その説明は半端なところで止まってしまう。
混乱しながらもイストファはスケルトンと打ち合い、カトラス持つ手を斬り砕き……振り下ろされる反対の手を小盾で弾き逸らし、更に距離を詰め懐へと潜り込む。
動けないように。動けないようにと言われても、何処を。
「ここ、だあ!」
ほとんど勘でイストファは肋骨と腰骨の間の背骨を斬り飛ばし、手に響く衝撃を感じながらも上下に真っ二つになって落ちたスケルトンを見て。
「う、うわわわわ!?」
上半身だけでガサガサと動くスケルトンの頭蓋骨を蹴り飛ばし、同時にドーマもメイスでスケルトンの頭蓋骨を砕いていた。





