それは、いつかの、おとぎ話
むかし、むかしのお話。
荒れ果てた淋しい大地に、
一人の女神さまが舞い降りました。
荒廃した様に女神さまは嘆き、その力を解き放ちます。
何もなかった大地に、
生命を、水を、緑を、花を。
生きるものに、愛を、笑顔を、幸福を。
灰色しかなかった空に光を、
暗色しかなかった海に輝く色彩を。
昨日も、今日も、明日も分からなった人々に、
未来という希望を、過去という思い出を。
小さな身体で、たくさんのものを与え続け、
もてる力の限りを大地の再生にそそいだ女神さまは、
ついに、永い永い眠りにつきました。
そして、眠りについた女神さまの身体は、世界を支える柱となり、
魂は大気にとけて、光となり、今も人々の暮らしを優しく照らしてくれているのです。
「というのが、我が国民が一度は耳にするおとぎ話の一番有名なやつだ」
殿下が子供に聞かせるにはやや冷たい声色で淡々と話してくれたおとぎ話は、きっと綺麗な挿絵付きで語られたら、もっと違った風に聞こえたのかもしれない。
「が、真実は違う。どこからか呼び寄せられた少女に世界の命運を押し付け、その存在を眠りに付いてからも利用し続けてるのがこの世界の在り様だ」
何の感情も見せずに、事実を語る殿下のことばの内容に疑問をもつ。
「し続けているって、今も、ってことですか?」
おとぎ話として語り継がれてるってことは、結構な時間が経っている筈じゃないのかな。
「詳しい経緯は教えてやれないが、少女は未だに世界を支える柱に束縛されている」
殿下はちらりとルカルフィックさんに目を向ける。
その視線に気づきながらもルカルフィックさんは、何も言わずに壁に寄り掛かっている。
「世界の根幹を構成するといわれる柱に深く組み込まれてしまった少女は、何度も何度もこの世界で転生を繰り返しながら、少しずつ拘束を緩めている状況だ」
世界を安定させるために、どこから連れて来られた少女。
元いた所に帰ることもできずに、永い間世界の根幹である柱に囚われているその魂。
ふと、夢に見た光景が脳裏をよぎる。
成約や障害がないのに、約束の場所に辿り着けない彼女。
大事な人を待たせているし、その人と再び巡り会える時をずっと待っている。
お互い強く求め合っているのに、世界の理に阻まれている。
二人して、奇跡のような瞬間をただ待つしかない。
「その人が、ルカルフィックさんの待ち人ですか?」
エリヤからだったろうか、以前きいたことがある。
ルカルフィックさんは、ティオールの初代女王と国を守護するという盟約を結び、数百年に渡って国を見守っているという伝説上の存在だと。
「そうだね。僕が待っているのは、皆が女神とか呼んでいる人だね」
ルカルフィックさんが、とんと自身の左胸あたりに軽く触れると同時に、私の胸元へも目を向ける。
「今、君の胸元には、僕にとって大変不愉快な印が現れているでしょう?」
さっきルカルフィックさんが私の胸元に手をかけたのは、その存在を察知したからだったらしい。
確かに、ちょうど私の心臓の上のあたりに、昨日まではなかった不可思議な紋様が浮き出ている。
その紋様は花と茨を組み合わせたようなもので、ゆっくりとだけれども、範囲を広げて肌を侵食している。
「それが魂を柱に囚われている証だね。欠片だけども、女神の魂に反応した柱を活性化させたバカがいる」
「……魂の欠片?」
「ほんの一欠片だけど、君の魂の片隅に、女神と呼ばれている人間の魂が混在している」
――――あれ? 懐かしい気配に呼ばれてきたけど、この感じは異世界からのお客さん、かな?
一番最初にルカルフィックさんが言っていた、懐かしい気配。
胸元に当てていた手をぎゅっと握りしめる。
「私、あなたの大事な人の生まれ変わりなんかじゃありません」
酷いことを言ってる。
自覚はあるが、言わなけれなならない。
口にしなくても、彼はすでに理解しているのだということも知ってる。
けれども、私は、私のために、ただただ、酷い現実を告げる。
「……知ってるよ」
懐かしいと、感じることがある。
ふいに赤の他人じゃないと思ってしまっていたりするのを認めてる。
好かれている、この人は、私の味方なんだと本能で知っている。
知らない人だけど、知っている人。
一緒にいると心地いい人だけど、ずっと傍にいてくれない不思議な人。
でも、決して、間違えないでほしい。
ちょっとだけ荷物を託されただけの私なんかと、あなたの大事な人を一緒にしないでほしい。
「私は、あなたの望んでいる待ち人ではありません。彼女は、今も桜の木の下で待っています」
「うん、知ってる」
私は、私だけの人を、すでに選んでいる。あなたがたった一人を決めてるように。
掴み取りたい未来の為に、選んだ道がある。
不透明だった道先に、光が差し込んだのは、彼の隣を歩むと決めたから。
「私の中になぜ、彼女の魂が混在しているのか知りません。でも、」
もしも、あの時、事故に遭ったのがエリヤではなくルカルフィックさんだったとしても、
「あなたの手を取るのは、私ではない」
私はルカルフィックさんを選んだりしないし、彼も、私を選んだりはしない。
ルカルフィックさんが望んでいるのは、
「生まれ変わりなんてものじゃなくて、彼女自身を、待ってるんですよね」
私のことばに、ルカルフィックさんは目を見開き、小さく笑みを浮かべる。
彼がどのくらいの時間を彷徨っているのかなんて、私が知るべきではない。
語ってもらっても、正直困る。
たかが十数年生きてるだけの小娘に、ひとつの願いの為に想像もつかないくらい永い時間を生きている彼の想いなんて理解しようがない。
「ここまで酷いことを面と向かって言われたの、ひっさしぶりだな」
「……謝りませんよ。でも、ちゃんとルカルフィックさんが望んだ通りに、」
「ん?」
「私が死んで、根幹にその魂を返す時に、必ず伝えます。あなたが彼女を待っていることを」
――――永い、とても永い時間が流れてしまっても、
「必ず、出会えます。あなたの旅にだって果てはあります。願いの先に、望む未来はあります」
――――あの桜の木の下で交わした約束は、二人を細い糸で結び続けているから。
「世界をまたいで私の所まで来た魂が、あなたの目の前にひょっこり現れたように、いつか彼女自身がちゃんとあなたの所に行きます」
「……面白い、見解だね。そんな甘いこと言ってくれる人、もう僕の傍にいないよ?」
「誰もあなたに明るい未来の話をしないなら、私が耳にタコができるくらい語ってあげます」
だから、
「さっさと、片付けてしまいましょうよ」
「………………あ。なるほど」
声色をわざと明るくして、今までの雰囲気を一掃するように、微笑みかける。
私の意図を正確に察したルカルフィックさんは、儚げな表情を一変して、いつもの飄々とした貌になる。
そうそう、守護者さんはそうでなくっちゃ。
「お互い、色々と事情があるからって言われるの、煩わしいですよね」
「そうだよね。そっちの都合とか、ぶっちゃけ僕ら関係ないよね」
さて、守護者さんも味方に付いた事ですし?
さっさと、滞っている案件をぶっ放して、私は私の望む道を手に入れますか。
和子さんのターンはじまります。
つまりは、ラブよりも、コメなターンのはじまりという……